第3話 残酷な仕打ち

 

 母さんと共に現れた勇者は氷のような笑顔で僕に微笑む━━。



「フェルも挨拶しなさい」


「こ、こんばんは」



 初めて眼前で目の当たりにする勇者に僕は足がすくんでしまっていた。

 同じ人間とは思えない整った顔に高い身長、そして他を圧倒する凄まじいオーラに僕は目を逸らすことができなかった。


 しかしその整った顔の奥にある不気味さが僕の中で何か嫌な予感がした━━。



「フェル、勇者様は今日ウチに泊まるからね」


「え......? 宿屋に泊まるんじゃないの?」



 僕が驚いていると勇者は口を開いて僕に告げる━━。



「それなんだけど僕の部屋ちょっとしたボヤ騒ぎで使えなくなってね、そしたら君のお母さんのエレナが泊めてくれるって言うから来たんだ」



 爽やかな笑顔で僕に話す勇者。

 だけど何かその笑顔の裏で企んでいる様な気がしてならなかった。


 でもそれより母さんのことを今エレナって......。



「そういうこと。勇者様のおもてなしは私がするからフェルは寝てていいわよ」


「わかったよ母さん。ごゆっくりどうぞ」



 僕は不安になりながら自分の部屋へ戻っていった━━。



 ニヤァ......。



*       *       *




 ガタッ......ガタッ......ガタッ......。


「んん......何の音だ?」


 僕は揺れる音に目を覚まし、音がする方向に集中した。

 すると音は母さんの寝ている部屋から聞こえる━━。



「......もしかして泥棒!?」



 そう思い僕は部屋にあった木の棒を持ってなるべく音を立てずに部屋のドアにたどり着く。

 ドアは少し開いており中が月の明かりで少し見えた。

耳を澄ますと女の人の変な声と男の声が聞こえた━━。



「泥棒め.......母さんを傷つけたら承知しないぞ......!」



 僕は母さんを泥棒から守るため意を決し、バレないようにそーっと中に入る。



 だがそこには僕の予想とは裏腹に衝撃的な光景が広がっていた━━。




「おい.......子供が隣の部屋で寝ているのにそんなに激しくていいのか?」


「んっ......今はその話はやめてくださいませ......ああっ......」



 母は蕩けた顔で勇者様の上に跨っていた。

 それは子供の僕でも何をしているのか分かる程強烈に目に焼きつくモノで、同時にさっきの音の正体は2人が起こしているものだったと悟った━━。



(そ、そんな...何で勇者様と母さんが......どうして!?)



 僕と今まで一緒に過ごした中で見たことのない母の乱れた表情とそれを見下す様に見つめる勇者対照的な表情、そして2人がしている行為・・にその場から動けなくなった━━。



「エレナには......て......貰うぞ......」


「は......い......もちろんです......」


「あの子も......に......簡単に......られるなんてな」


「ふふっ......より私の姿を見てくださいませ......」



 ドアから遠いので声がよく聞こえないが母さんが、その後に放った最後のセリフはっきりと聞こえた━━。



「あの子より......私は勇者様の方が大切です♡」



 それは2度と忘れることができない言葉だった━━。


 勇者の上で一心不乱になっている母の姿と、母が勇者に放った言葉に耐えられなくなり僕は部屋に戻った。


 でもその夜僕は布団の中で震えることしかできなかった......。



「これは夢だ......何かの悪い夢なんだ......! 母さんが勇者様とあんなこと.......僕よりも勇者様の事を......っ......」



 夢だと思い込んでも頭の中で繰り返される先程の光景━━。

 人類の希望である勇者が母としていた事実、そして勇者の上で乱れている母が放った言葉がどうしても頭から離れず気持ち悪さと悲しさ、虚しさが心の中でグルグルと掻き乱して眠ることができなかった。


 母さんはもう......あの日笑顔をくれた1週間前の僕の母さんじゃないんだ......。



*      *      *



あの後僕は知らぬ間に寝てしまっていたようで、目が覚めてリビングに行くと母がテーブルに座って待っていた━━。



「おはようフェル」



 母さんはとても優しい表情で僕を迎えてくれた。


 そうか! 昨日の事は夢だったんだ! よかった......! 僕はまた母さんと一緒過ごせる!



「うん! おはよう母さん」


 僕は母さんにに抱きつこうするがその前に母さんはニッコリとした表情で口を開いた━━。



「フェル......大事な話があるの」


 胸がギュッと締め付けられるような嫌な予感がした......。



「な......なに?」


「私......勇者様のパーティについて行くことになったの」


「え......? ちょっと待ってよ母さん! 勇者様に着いてくって......僕はどうすればいいの?」


「あなたはもう何でもできるから私がいなくても大丈夫でしよ? それに勇者様は......私を必要としてくれているの」


「そんな......! 僕だって母さんが必要だよ! 何処にも行かないでよ!」


「じゃあ私行くから......」


 母さんは外に出て歩き出す。

 僕は必死にそれを追いかけて母さんが着ている服の袖を掴んだ━━。



「待ってよ母さん! どうしちゃったの? 勇者様がきてからおかしいよ!」


「うるさい! 私は勇者様のモノなの! アンタみたいな小汚い子供の面倒なんてもう懲り懲りよ!」


 パシンッ━━!


 母から再びビンタを喰らった上に氷の様な冷たい顔で僕を罵倒する母さんにその場で動けなくなった━━。


「分かった? 私はこれから勇者様と行くからアンタは1人で生きていきなさい」


「そんな......待ってよ母さん! そうだ母さんにプレゼントがあるんだ! 僕いい子にする! もっと仕事を頑張るし母さんに抱きしめてもらってももう恥ずかしがらないから僕の元に戻ってきてよ......!」



 これを渡せば母さんは元の母さんに戻るかもしれないと思いリーゼ姉ちゃんと買ったペンダントを母さんに渡そうと必死に縋り付くが、母はまるでゴミでも見るかのように軽蔑の眼差しを僕に向ける━━。



「はぁ!? こんな石ころ要らないから! 勇者様のプレゼントに比べたらこんなゴミ要らない」



 そんな期待を壊す様に母さんは僕が渡したプレゼントを放り投げて捨てた━━。



「そんな.......リーゼ姉ちゃんと選んだペンダント......なんでこんなことを......っ......!」


 僕は壊れたペンダントのかけらを必死に集めた。


 僕が頼りないから母さんは勇者様の元へ行くんだ......! 僕が弱いから母さんは離れるんだ......でも嫌だ......行かないで母さん!



「何を騒いでるんですかエレナ」



 聞き覚えのある冷たく優しい言葉遣いの主は勇者だった━━。


「あぁ勇者様......迎えにきてくださったのですね?」



 先程の声とは真逆の猫撫で声だ勇者と話す母さんに僕は絶望を受ける。



「もちろん、僕の妻となるエレナだからね。別れの挨拶は済んだかい?」


「ええ、もう済みました。子汚いペンダントを渡そうとしたので思わず捨てましたけど」


「それはそれは。僕がこの後もっといいものをあげるからね。悪いけど少年、君の母は僕が貰っていくよ」


 勇者は勝ち誇ったように僕を見下す。

 その顔に怒りが込み上げた僕は勇者に殴りかかる


「かあ.....さんを......僕の母さんを元に戻せぇぇっ!」



 ボコッ━━!


「ぐっ......」


 勇者は簡単に避け、僕の腹に一発パンチを入れた。

 そしてバタリと倒れる僕の頭を足で踏んづけてニコニコの笑顔で━━、



「お前の母親は俺のモノなんだよ、エレナは自分の意思で俺の嫁になるんだ。昨日もお前みたいなクズでノロマなガキはお荷物って散々昨日ベッドで喘いでたぜぇ?」


 

 頭で繰り返される昨日の光景......やっぱり昨日のは夢じゃなかったんだ......! でも僕は......僕は......!


「うるさい......それでも僕は母さんを取り戻すんだっ!」


「無理に決まってんだろ? エレナは俺の虜だ。そうだエレナ決別にコイツを殺せ、今ここには俺たち以外誰も居ないから盗賊に襲われたってことにもできるだろ」


 

 勇者は母さんにナイフを渡すと母さんは無表情で僕にナイフ向ける━━。



「はい勇者様......。さようなら......無意味で無価値なフェル」



 母さんは僕に向かって思い切りナイフを振り下ろした━━。



「母さん......母さんやめてぇぇぇぇぇっ!!!」




 グサッ......。





「何をしている......エレナ......!」


「ブレナン......おじさん......?」



 僕の目の前に写っていたのはナイフを素手で受け止めて血を流すブレナンおじさんだった━━。



「あらら、せっかくいいところだったのに水さしてくれちゃって」


「貴様ぁ......紛いなりにも勇者なのだろう? こんな事していいと思ってるのかっ!」


「いいに決まってるだろ勇者なんだから。勇者の行いを邪魔したバツとしてお前には死んで貰う━━」



 勇者は背中に背負った剣を持ち━━、



 ザシュ......!



「っ......!」



 残酷な音とともに目に映ったのは心臓に剣を刺され血を流しているブレナンおじさんだった━━。



*       *       *



「おじさん......?」



 おじさんは剣を引き抜かれ大量の血を流しながら倒れ込んでしまった━━。



「ブレナンおじさん......おじさんっ!」



 僕は勇者の足を跳ね除けておじさんに縋り付くが、おじさんの呼吸はだんだん弱くなっていった━━。



「あらあら。勇者様に勝てるわけないのに無謀な人ね」


「さて行こうかエレナ。この2人は街の連中にはさっき言ったように盗賊にやられたとでも言っておこう。しかし命拾いしたなガキ、そのおじさんに免じて今回は助けてやるよ」


「お優しいですね勇者様は。さあ行きましょう」


くそっ.......! くそくそくそくそぉぉっ! こんな奴が勇者だなんて......絶対に許せない......!


「ゴホッゴホッゴホッ......小僧......大丈夫......か?」


「おじさん! 僕は大丈夫だよ! すぐにお医者様呼ぶから待ってて!」


「いや......いい......。多分俺はもう持たない......エレナを取り戻せなくてすまん」


「おじさんもう喋らないでいいから! 僕が助ける! だからお願い死なないで......おじさんまでいなくなったら僕は......」



 僕の目から大粒の涙が溢れる━━。



「小僧よく聞け......。この事は勇者にやられたって絶対に言うな......下手をするとお前が死刑になる」



 そう、この世界では勇者に対して悪評を広めたり暴力を振るうなど、勇者にとって不利益になる事は国の定めで死刑になることになっている。


「そんな......! でも勇者は間違いなくおじさんを刺したじゃないか......!」


「いいんだ......。お前を守れただけ良かった......お前の母親はもう......だがお前は幸せになれ......お前はいい男だ......」



 いつもの大きな声が嘘のようにおじさんの声は弱々しくなっていく━━。



「分かった! 母さんが居なくても僕幸せになる! だからおじさんしっかり意識を持って! 僕を1人にしないで!」

 


必死に喋りかけるがおじさんは最後の言葉を振り絞るように━━、


「いいか......どんなに辛い時でもジョークを忘れるなよ......フェル......」


「いやだ.....目を開けてよおじさん......おじさぁぁぁぁん!」



 初めて僕の名前を呼んでくれたおじさんの目は閉じられ2度と開く事はなかった━━。



「ジョークなんて......言えるわけないよ......!」




*      *      *



 おじさんの葬儀は勇者がこの街を出て行ったその日に執り行われた。

 勇者たちは盗賊を追い詰めたが、後一歩のところで逃してしまい道中でブレナンおじさんと僕が傷を受けていたと街の人たちに説明をして出て行った。


 本当は勇者たちが殺したのにと思ったが本当のことは言えなかった......おじさんに守ってもらった命を処刑によって失うわけにはいかないからだ。


 そして母さんはその後僕と顔を合わせることなく勇者たちの元へ行ってしまい帰ってくることはなかった━━。



 「フェルくん......この度はブレナンさんのこと残念だったね......」



 言葉をかけてくれたのはリーゼ姉ちゃんのお父さんだった━━。



「はい......僕がもっと強ければ......!」


「仕方ないよ......君はまだ9歳だ。盗賊になんて勝てるわけない」


「ほん......そうですね......」


「それで......お母さんはどこにいるんだい?」


「母......」


 母さんはアイツと一緒に行ってしまった......僕はもう天涯孤独だ......。



「母は......勇者と一緒に行ってしまいました」


「何だって!? 実はこの街の若くい娘の何人かは何故か勇者の元について行ってしまったが......まさかフェル君のお母さんもだったとは!」



 どうやら勇者が去った後何人かの女性が勇者のパーティについて行ってしまったらしい。

 だが勇者の役に立てるなら名誉なことだと誰も後を追うものはいなかった━━。



「そう......ですか......」



 僕は2人を失った悲しみに打ちひしがれて何も言うことはできなかった━━。



「フェル......」


「リーゼ姉ちゃん......僕ひとりぼっちになっちゃった......」


「そんな事ない......お姉ちゃんがおばさんの分までフェルを包んであげる。だからもっと泣いていいんだよ?」



 リーゼ姉ちゃんの優しい言葉に今まで堪えていたモノが溢れ出す━━。



「うわぁぁぁぁん! 僕......誰もいなくなっちゃった.......! 母さんもブレナンおじさんも......! 僕のせいで......僕のせいで!」


「フェルは何も悪くないよ.......悪くない。だから元気出して......」



 優しく抱きしめてくれるリーゼ姉ちゃん胸で僕は泣き続ける━━。


「フェルには私がいるから......! これから一緒に暮らそう」


「そうだね。フェル君なら僕たち夫婦も大歓迎だよ」


「い......いんですか?」


「もちろん! だからフェルは1人じゃないよ。今日から私の家族っ!」



 リーゼ姉ちゃんは優しくも強い言葉で僕が一番かけてほしい言葉を言ってくれた━━。



「ありがとう......本当にありがとう......!」


「それと......これ私が貰ってもいい?」



 それは母さんによって壊されたペンダントだった━━。



「う、うん。母さんに渡せなかったしリーゼ姉ちゃんにあげるよ。壊れちゃってるけど......」


「ありがとう。壊れてても初めてフェルから貰ったプレゼント大事にするね!」


 ニコニコと微笑むリーゼ姉ちゃんに僕は改めて恋をした━━。

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