第2話 変わり始めた日常


 僕の生きてる世界には魔物という者が存在しており人間と敵対している関係にある。

 そして魔物の長であり超越した力を持つ魔神を倒すために特別な力を持って生まれたのが勇者と呼ばれる人間である。

 その力は圧倒的で魔神を倒せる唯一の存在とされており、人類の希望そして英雄のシンボルでもあった。

 その勇者がこの小さな街に来るというのだからそれは名誉な事だと総出で歓迎するのだろう━━。



「ふぁぁ......もう行くの母さん」



寝起きではっきりとしない意識のまま玄関を出ようとしている母さんに尋ねた━━。



「うん、仕込みがあるからね。多分今日は夜までかかると思うからフェルは家でゆっくり休んでて良いからね」



 母さんはぎゅっと僕を抱きしめた。

 母さんはいつも暖かい......でもそれは半分僕が抱きしめられた時に照れて身体が熱くなっているせいだと思うと恥ずかしくてツンとした態度を取ってしまう━━。



「や、やめてよ恥ずかしい。じゃあいってらっしゃい」


「ふふっ、行ってきます」



 母さんを見送った後、僕も支度終えて母さんのプレゼントを買いに街へ向かった━━。



「母さんは美人なのに服も適当でキラキラした物も身につけてないんだよなぁ。奮発してオシャレなアクセサリーにしよう!」



 アクセサリーショップに到着し店内に入ろうとすると後ろから聞き覚えのある声が僕の足を止める━━。



「ん? フェル? こんなところで何してるの?」


「あ、リーゼ姉ちゃん! そっちこそこんなところで何してるの?」


「私は今日勇者様が来るからそのための買い出しだよ。それにしてもフェルがアクセサリーショップに入るなんて子供のくせにませてるなぁコノコノぉ〜」


「子供じゃないよ! 僕はもう9歳なんだ! それにリーゼ姉ちゃんだって見た目は大人っぽいけど僕のたった3つしか離れてないじゃないか」



 リーゼ姉ちゃんは僕の3つ上で12歳だがその年齢にしてはスラっとした身長と大人顔負けのスタイルで街でも評判の美少女。

 だけどいつも僕を揶揄ってくるからたまに見返したくなる時もあるけど僕より背が大きいのでケンカしても勝ち目はないのが悔しい……。



「3つ"も"なのよ? 私のこと大好きのくせにいつもムキになって可愛い♡」


「む、ムキになんてなってないやい! それより僕はこの店に用があるからまたねっ!」


「ほぉー、その店で何を買うんだい少年?」


「お母さんにプレゼント買おうと思ってさ。母さんこういうキラキラした物持ってないし」


「おおー親孝行だねぇ! 私もプレゼント選ぶの手伝ってあげる。女の意見も必要でしょ?」


「それもそっか! よろしくお願いします」


 僕たちは店内に入り母さんに似合いそうなペンダントを2人で選んで買った。

 それは吸い込まれるような輝きを放つコバルトブルーの宝石が配置されたものだった━━。



「ありがとうリーゼ姉ちゃん! おかげでいいモノが買えたよ!」


「ふふっ、喜んでくれると良いね! じゃあ私は買い物に戻るからまた!」


 リーゼ姉ちゃんと別れた僕は速攻で家に帰って母さんの帰りを待った。


 家に着いてしばらくすると外が騒がしくなっていたので僕は窓から外の様子を伺う。

 そこには燃えるように輝く赤い鎧を見に纏い、金色の髪を靡かせた男の僕でも見惚れるくらいの顔立ちをしているお兄さんだった━━。

 その人に続き黒いロングコートにフードを被った男の人と凛とした表情で腰にに剣を下げている綺麗な女の人、背中に白く輝く弓を背負った優しそうな女性が一緒に歩いていた。

 そして金髪の青年を取り巻く街の女性達がたくさん居た。


 その様子からおそらくそのお兄さんが勇者様なのだろう━━。



「凄いなぁ、勇者様ってあんなにかっこいいんだ!」


 勇者一行はみんなに手を振りながらリーゼ姉ちゃんの家族が経営する宿屋へと入っていった━━。



*      *      *



「母さん遅いなぁ」


  その夜はいくら家で待ってても母さんは帰ってこなかった。

 もしかしたら勇者様は大喰らいで夕飯を作りまくってるのかな?

 そんなことを思っていると僕はリビングのテーブルで寝てしまった━━。



 ガチャッ......。



「んんっ......帰ってきたのかな」



 僕が目を覚ますと母さんが帰ってきておりダイニングのイスに腰掛けてボーッとしていた━━。



「あ、母さんおかえり!」


「うん、ただいま」


 心ここに在らずの様な返事をした母さんを僕は少し心配になった。



「母さんどうした? 勇者様のおもてなしで疲れちゃった?」


「う、ううん大丈夫。明日も明後日も勇者様のお世話で遅くなると思うから家の事よろしくね」



 いつもの優しい表情は無く無表情で僕を見つめる母さんに少し違和感を覚える━━。



「う、うんわかった。勇者様はどれくらいいるのかな?」


「1週間くらい居るからその間は母さん夜遅くまで家に帰れないと思う」


「わかった。せっかく勇者様がこんな小さな街に来てくれたんだもんこの街でいい思い出作ってもらわないとね!」


「そうね......じゃあシャワー浴びて寝るからおやすみ」


「うん、でもあんまり無理しないでね、僕家の事完璧にこなして母さんの帰り待ってるから。おやすみ......」


 胸が何故かザワザワする感覚を振り切る様に母さんに労いの言葉を掛けて寝室のベットに入った。

 あのプレゼントいつ渡そうかな......。



*      *      *



 次の日僕が起きた頃には母さんはすでに家を出ていた━━。

 

「母さんもあの勇者様のために頑張ってるんだ、僕も仕事と家の事頑張らないと!」



 心に気合を入れて職場へ到着するとそこではブレナンおじさんがいろんな人に仕事の指示を出していた。



「おはよう小僧! 今日は森の方で大人達と一緒に素材をいくつか取ってきて欲しいんだが頼めるか?」


「わかりました! 頑張ります!」


 森には少し危ないモンスターもいるが、大人一緒なので問題ないと思い同行することにした。


 だが案の定モンスターが居て対処していたが死角から襲ってきた一体の小さな魔獣に腕を噛まれてしまった━━。



 「痛っ!」


 ガルルルル......グサッ......!



 魔獣が噛んでいる間に1人の大人が魔獣に槍を刺して倒してくれた。



「大丈夫かフェル!!」


「いたたた......大丈夫です!」


 かなり痛かったので引き攣った笑顔で対応する。

 噛まれたところは血が出て肌は紫色になっていたが止血と消毒をしてもらい痛みに我慢しながら採取を続け、目標に到達したため街へと帰ってきた━━。



「小僧怪我は大丈夫か!」



 僕が帰ってくるとブレナンおじさんが心配した表情で一目散に向かってきてくれた。



「大丈夫だよ! あのお兄さんが魔獣をやっつけてくれて手当てもしてくれたんだ!」


「そうか......お前が本当に無事で良かった!」



ブレナンおじさんは少し泣いていた━━。



「今日はもう帰っていい。家でエレナにたくさん甘えるんだぞ」


「だ、大丈夫だよそんなことしなくても! じゃあお先に失礼します」



 僕は家に帰り家の事をこなしたあと母さんの帰りを待っていた━━。



「ただいま、フェルまだ起きてたの?」


 母さんは昨日より遅く帰ってきた。



「おかえり母さん。お腹空いてるかなと思ってちょっとしたおやつ作ってたんだ」



 テーブルに母さんの好きなアップルパイを並べるが......。



「そう、でもいらないわ」



 そっけない返事で返されてしまい僕は戸惑ってしまう。



 喜んでくれると思ったんだけどな......。



「そ、そっか疲れてるんだもんね。ごめんなさい......いたっ!」


 パリーン!


 テーブルに置いたアップルパイを片付けようとした時、噛まれた腕に痛みが走り皿を落としてしまった



「フェル! なんてことするのっ!」



 バチンッ━━!



「いっ......!」



 母さんは僕の頬を思いっきりビンタした。


 僕は叩かれた痛みよりも生まれて初めてビンタをされたことに心を痛めた━━。



「ごめんなさい......すぐ片付けるから......」


「はっ......! ごめんなさいフェル! 叩くつもりはなかったの本当にごめんなさい」



 母さんは思い出した様に僕に謝罪して抱きしめた━━。



「大丈夫だよ......落とした僕が悪いんだし気にしないで」


「ごめんね......じゃあ母さん明日も早いから寝るわね」


 母さんはバツが悪そうにリビングから出ていった。


「大丈夫。母さんはきっと疲れて余裕がないだけなんだ! 勇者様が街から出れば母さんは元の母さんになる......。でも.......腕の怪我の事何も見てくれなかったな......」



 そして次の日も母さんは朝からおらず帰ってくるのは夜遅く、その次の日も早く帰ってくることはなかった━━。


 ただ僕自身も仕事と家事で疲れて先に寝ていたのでここ3日間顔を合わせることは無くなっていた。




 そして勇者様が旅立つ予定とされる前の日の夜......。


「ただいま、フェル起きてる?」


 眠っていた僕は玄関から僕を呼ぶ声が聞こえ目を覚まして向かうとそこには母ともう1人━━、



「こんばんは、君がフェルくんだね」



 あの勇者だった......。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る