拝啓クズ勇者様。今から報復に向かいます

くじけ

第1話 ありふれた生活


 ウルティオという小さな田舎街に生まれた少年"フェル"は美人で優しい母"エレナ"と2人で暮らしていた。

 母から愛情を一身に受けて育てられたフェルは家族思いの優しい少年に育った。

 フェルの父親はフェルが生まれた時には既におらず母と2人の生活だったのでお金はあまりなかったが楽しい毎日だった。

 そして6歳の頃から街で仕事をしてお金を稼ぎ少しでも母が楽になるように朝から一生懸命働いた。

 3年が過ぎ9歳になった少年は今日も夕方まで働き、職場から家に帰ろうとしていた……




*      *      *




「ふぅ、今日も疲れたぁ」


今日の仕事は街を囲っているレンガの壁の補修作業を朝から行なっていた。

 レンガの土がついた半袖の服が汗でびっしょり濡れて肌に気持ち悪さを感じながら乾いた布で吹き出た汗を拭う

 

「小僧! 今日もお疲れさん!」


「小僧じゃないですよ! いい加減名前を覚えてくださいブレナンおじさん!」


「がははは! すまんすまん!」


 大柄な体と大きな笑い声で小僧呼ばわりするのは僕を雇ってくれているブレナンおじさん。

 この街を取り仕切る組合の長で領主やギルドから受けた仕事を住人達に振り分けている


「ほれ、今日の報酬だ。エレナに今日は集会場で報告することがあるから来るように伝えといてくれ! よろしくな!」


「わかりました! あれ? 今日いつもより多いんだけどどうしてですか?」


「そりゃ小僧が小さな体で大人並みに頑張ってくれてるからに決まってるだろ? エレナに何かプレゼントでもしてやれ」


「ありがとうおじさん! 明日プレゼント買おうかな」


 ガタイが良くて顔も怖いけどとても優しいおじさん。

 僕はこの人が大好きだけど相変わらず名前で呼んでくれないのだけは嫌だなぁ思っている


「そうだ小僧!」


「?」


「ジョークを忘れずにな!」


「また出た! なんですかそれ?」


「がっはっはっ! どんな時でもジョークを言える余裕がある男がモテるってことよ!」


「モテる? 僕は今は母さんと幼馴染のリーゼがいればそれで良いのでジョークなんて言えなくていいかな。ではまた!」


「がっはっは! そうかそうか! またな小僧!」


 これ以上居ると話が長くなって母さんに怒られると思い僕は急いで家に帰った


「ただいまー」


「おかえりー。ちょうど夕飯出来るよー」


「ひゃっほーい! 今日のメニューはなにかなー?」


 キッチンから美味しそうな匂いが漂い鼻をくすぐる


「今日は奮発してフェルの好きなケルウスのステーキよ♪」


 ニコニコの笑顔で母さんは僕の方に振り向き盛り付けられた皿をテーブルに置く


「やったー! ありがとうお母さん! 僕明日もお仕事頑張るね!」


 僕はステーキを口一杯に頬張る。

 仕事で疲れた体には染み渡る美味さでほっぺが落ちそうになる。


「おいひぃ! おかあはんも早くたべようよ!」


「フェル、口に頬張りながら喋るんじゃありません」


 母さんは大きな目を笑顔で細め優しい表情で僕を叱るが怒られているはず僕の心は何故か温かい気持ちになる。

 一生懸命仕事をして家に帰り母さんとおしゃべりしながら食事をする時間が僕は大好きだった

 

夕飯を食べ終わり僕は職場でブレナンさんに言われたことを母さんに伝えた


「そう言えばブレナンおじさんがこのあと集会所に来て欲しいって言ってたよ」


「わかった。じゃあ行ってくるね」


「うん! 後片付けはやっておくから行ってらっしゃい」


「ありがとうフェル」


 そう言って母さんは家を出た



 ━━━数時間後━━━



「ただいまー」


「母さんおかえり! 集まりはなんだったの?」


「どうやら明日この街に勇者様一行が羽休めに来るみたいなの。それで隣のリーゼちゃんの両親が経営してる宿屋に泊まるからその時に料理を手伝って欲しいって言われたのよ」


 リーゼとは僕の隣の家に住む幼馴染である。

 リーゼは僕の3歳上で年が近く昔からよく一緒に遊んでおり親同士も仲が良い関係だった。

 母さんは料理が得意なのと仲が良いと言う事なのでブレナンおじさんから頼まれたのだろう


「そうなんだ! それって凄い事だよね! 勇者様ってどんな人なんだろう? きっと立派な人なんだろうね! 見てみたいなぁ」


「そうねぇ、でもフェルも母さんから見たら充分立派だよ? 毎日母さんのために働いてくれて家の事もやってくれてとっても感謝してる」


 母さんは包み込むような優しい表情で僕を見つめるけど僕はそれが恥ずかくなって思わず目を逸らす


「えへへ、ありがと……僕も早く大人になって勉強と回復魔法を鍛えて立派なお医者さんを目指すよ!」


「フェルの昔からの夢だもんね! 母さん応援してる!」


 母さんは僕の頭を大きな胸にうずめて優しく抱きしめる


「か、母さん恥ずかしいって!」


 僕は思わず抱きしめる腕を剥がして母から離れる


「何言ってるの? フェルは赤ちゃんの頃よく胸に抱かれてたじゃない」


「それは昔の話でしよ!? もう9歳で僕は一端の大人なんだからね!」


 恥ずかしさから強がって大人ぶる僕に母は微笑んだ


「ふふっ、17でフェルを産んでからもう9年かぁ。でもね母さんからしたらフェルはまだ子供なのだから少しは甘えていいのよ?」


「だ、大丈夫だって! じゃあ僕明日も早いから寝るね!」


 僕は逃げるように寝室へと向かった。


「明日はどんなプレゼント買いに行こうかな...」


 この日にもっと母さんに甘えておけばよかったと死ぬほど後悔することになるとこの時は微塵も思っていなかった......

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