第21話 アルハジルの裏

 ――自由都市アルハジル。

 それは東方大陸にある大都市の一つであり、輸出品を取り扱う近隣の港町にとっては流通の要所となる街でもあった。


 その全容は城塞都市だ。

 上空から見て楕円形の城壁に覆われており、ほぼ全方にから壁外へと向かうレールが敷かれている。様々な物資の他の街へと送り届けるためだ。その逆も然りである。

 物と人が集まれば、莫大な金も集まってくる。

 当然ながら、アルハジルはとても発展していた。

 強固な城壁のみならず、自衛のための衛兵団。整えられた公道に、都市内の鉄道網などの各施設、充実したホテルや多々なる店舗。さらには数階建ての巨大な建屋に収束された共同店舗――『百貨店』などもある。


 アルハジルに来れば手に入らないモノはない。

 そう言われるほどの大都市だった。


 しかし、そこまで都市が発展すれば、問題も発生する。

 日が強く輝けば、影は必ず生まれるものだった。

 奇しくも、ライドたちが訪れた南方大陸の大都市ジルコアのように。

 スラム街ほど荒廃せずとも、裏街と呼ばれる地区がアルハジルにも存在していた。

 裏の住人が支配する場所である。


 そこではあらゆるモノが売買されていた。

 盗品から薬物。獲られた魔獣。

 そして人間さえもだ。


「………」


 コツコツコツ、と。

 その時、廊下に足音が響く。

 足音は三つ。三人の男だ。全員が三十代半ばほどだった。

 一人は丸いサングラスをかけ、白い紳士服を着た黒髪の男である。

 腰には長刀を下げていた。

 残り二人は護衛なのか、腰に剣を差し、革鎧を装着している。

 武装こそ平凡だが、歩く姿からして二人とも相当な実力者のようだ。そもそも紳士服の男も只者ではない。あえて凡庸を装っているようにも見える。

 ややあって、三人はとある部屋に到着した。

 護衛の一人がドアを開けて、紳士服の男が部屋に入る。護衛たちもその後に続いた。

 室内はシンプルな構造だった。書棚にローテーブルと、向かい合わせのソファー。奥には執務席がある。どうやら紳士服の男の執務室のようだ。


「……まずいな」


 紳士服の男は長刀をソファーに立て掛けた。

 そして自身もドスンとソファーに腰を降ろして嘆息する。

 男の名はジャラ。この裏街の住人だった。


「オークションも近いっていうのに、いまいち目玉がねえ」


 ジャラは渋面を浮かべた。

 月に一度、裏街では闇オークションが行われていた。

 裏街の実力者たちが交代で主催するオークションだった。

 そこには裏表の関係なく、アルハジルの権力者が集まってくる。

 裏街の住人としては、自分の有能さをアピールする絶好の機会でもあった。


「くそ。あれだけ走り回ってあの程度の宝具ばっかかよ」


 つい先程視察した倉庫を思い出し、ジャラは舌打ちする。

 ――宝具。古代の魔法式を組み込まれた武器や道具の総称。遺跡などで発掘され、現代の技術では再現できない神秘の道具だ。

 当然、貴重なモノなので表の世界のみならず裏でも取引されている。

 裏オークションにおいては目玉商品となることが多かった。ほとんどが裏に回って来たいわくつきの盗品でもあるため、稀少性がより高い宝具が出品されるからだ。

 しかし、今回の裏オークションの主催であるジャラは、数ヶ月も前から目玉となる宝具を探し回っていたのだが、結局、これといったモノを確保できなかった。


「どうしましょうか。ボス」


 ソファーの後ろに移動した護衛たち。その内の一人がジャラに尋ねた。


「今回も奴隷を目玉にしますか?」


「……ああ。先月は地人ドワーフの女で異様に盛り上がったな」


 ジャラはあごに手をやった。

 成人だったらしいが、少女のような女だった。

 地人ドワーフは基本的に幼く見える女が多い。成人でも低身長である地人の特徴でもある。

 あの女の場合は見た目も良かったが、それ以上に演出が良かったのだろう。

 白いドレスを纏わせた儚げな容姿に、物々しい隷属の首輪が背徳的であり、異様な熱気を掻き立てたのだ。『永遠の少女』という商品名も効果的だった。


「上手いやり方だったとは思うが、ここでやると二番煎じか」


 そこでジャラは瞑目する。そうして十数秒が経ち、


「……それでも目玉になりそうな女は確保しておくべきか。正直、今のリストじゃあ前回に比べて弱すぎる。ここは二番煎じもやむを得ねえ」


 ジャラは護衛の一人に目をやった。


「うす。了解っス。インパクトがあってしかも見た目が極上なガキを確保しておくっス」


「頼むぜ。まあ、別にガキじゃなくてもいいんだが」


 少しばかり苦笑を浮かべて、


「そこも任せる。お前のセンスで見繕ってくれ」


 ジャラが片手を上げてそう告げると、その護衛は「うす。そんじゃあ失礼するっス」と返して部屋を出て行った。一方、ジャラは両腕を背もたれに置き、顔を上げて、


「……とは言え、女の方はやっぱ保険扱いだな」


「……はい」残った護衛が頷いた。「目玉が二番煎じだけではジャラファミリーの名が舐められます。ボス。俺に提案があります」


「なんだ?」ジャラは首を傾けて護衛に目をやった。「いいアイディアがあんのか?」


 護衛は再び「はい」と頷く。


「冒険者ギルドの受付嬢が俺の情婦です。そこから情報を横流しさせようと思います」


「……ほう」


 ジャラは双眸を細めた。護衛は言葉を続ける。


「宝具は武器であることが多く、所有している冒険者も数多くいます。流石にアルハジルを拠点にしている冒険者に手を出すのは悪手ですが……」


「分かったぜ。なるほどな」


 ジャラはニヤリと笑った。


「要は流れ者から盗んじまおうって話か」


「はい」護衛は頷く。


「都合のいい相手なら必ずいるはずです。稀少で実戦的な宝具も多いはず。上級の冒険者が相手では強奪は難しくとも、ただ窃盗するだけならば可能かと」


「そうだな。しかも所有者が名のある冒険者なら『かの誰誰が使ってた~』って感じの謳い文句まで付けられる訳だ」


 ジャラは乗り気になる。


「いいアイディアだ。採用するぜ。やり方はお前に任せる。もちろん、成功したらお前には特別ボーナスだ」


「はい。ありがとうございます。ボス」


 護衛は頭を上げた。


「では早速」


 そう告げて、その護衛も立ち去っていた。

 ジャラに護衛はいなくなった。

 だが、それはどうでもいいことだ。あの二人はあくまで腹心の部下。そもそもジャラに護衛などいらないのだから。


「さて」


 ジャラは嘆息した。


「二つとも上手く行ってくれりゃあいいんだが」


 若干の懸念を抱きつつ呟く。

 だが、ジャラのそんな懸念は杞憂に終わる。


 わずか三日後に吉報が届くからだ。

 極上の少女と、極めて希少な宝具。

 その両方が入手できたという吉報が。


 そして、それらの商品はこう名付けられる。


 少女は『妖精』。

 宝具は『勇者の剣』、と。




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