第20話 最初の目的地
その日。
七台の幌馬車が隊列を成して街道を進んでいた。
海外からの荷を積んだ商隊である。
周囲には護衛者である冒険者たちの姿もある。大剣を携えた青年と、精霊魔法師の少年の二人だ。彼らは五人組のC級パーティーであり、先頭には残りの三人がいる。彼らは徒歩で追従しているため、商隊はゆっくりと進む。
青い空には雄大な雲がかかり、遥か向こうには山が連なっていた。
気温は比較的に穏やかだった。常冬の北方大陸を除いて、他の大陸には各地による差異こそあるが、四季はある。
現在は八月初旬。夏だった。しかしながら、東方大陸は他の大陸よりも四季の寒暖差が低く、真夏と感じるほどではなかった。
とは言え、徒歩はきついのだろう。殿の二人は少し汗を滲ませていた。
「……しかし」
その時、一人の女性が口を開いた。
最後方の馬車に乗るアロである。
その馬車には、ティアたちも同乗していた。
ティア、レイ、シャロン、サヤが馬車の荷台でそれぞれ腰を降ろしている。
アロは荷台の縁に左腕を乗せて、後方を眺めていた。
ちなみに、バチモフは護衛の冒険者たちと一緒に歩いていた。バチモフ的には馬車に乗るよりも、自分の脚で歩く方が性に合っているらしい。
御者を除けば、この幌馬車にはティアたちしか乗っていなかった。
次の街への移動のついでに、ティアたちも格安で護衛を引き受けたのである。
時間制で今の徒歩組と交代する予定だった。
「意外だったな」
ともあれ、今は休憩中。
アロは言葉を続ける。ティアたちは彼女に注目した。
「港町なら鉄道もあるものとばかり思っていた」
アロは人生の大半を故郷の森の中で過ごしていた。
そのため、文明の利器にはかなり疎い。
鉄道とは、あちらこちらに敷かれているモノだと思っていた。
「大きな街同士ならありますよ」
と、サヤが答える。
「ただ、鉄道はとても便利ですが、新たに開通することも、それを維持するのにもかなりのコストがかかりますから」
「うん。そうだな」シャロンが頷く。
「東方大陸の魔獣は気が荒いんだ。汽車にも襲い掛かってくる奴もいるぞ」
「汽車を襲うのか?」
アロが驚いた顔をした。シャロンの方を見やり、
「汽車なんて、見た目だけならドラゴンと大差ないだろう?」
小首を傾げてそう尋ねる。
汽車よりも巨大な魔獣など、ドラゴンも含めて数えるほどしかいないはずだ。
盗賊ならいざ知らず、魔獣が好んで襲ってくるとは思えなかった。
「いや、それでも襲ってくる奴はいるよ」
と、頭の後ろに両手をやってレイが言う。
「汽車はある意味、騒音を立てまくってるからね。威嚇されてるって思うらしいよ。それで逃げ出す奴ならいいんだけど、気性が荒いと襲ってくるんだ。魔獣の好物の魔石を積んでる車輛も多いしね。特に北方大陸なんて気性がえげつない魔獣ばっかだから、街同士で鉄道なんて敷けなくて、大都市の街中にしか鉄道がないってとこもあるし」
ふと思い出すように、レイは指先を頬に当てた。
「逆に西方大陸は魔獣が大人しい方だからか、鉄道網は充実した感じだったかな」
「そうなのか……」
アロは目を瞬かせた。
腕を組んで、世界は広いなとしみじみと感じていた。
「結局、鉄道は魔獣の生息地を極力避けた場所にしか敷けないんです。けど、逆説的に言えば完全に開拓した場所なら鉄道は大体敷かれているんです」
サヤがそう告げる。と、
「……うん。だからこそ私たちがまず目指す場所は」
その時、実質、このメンバーのリーダーであるティアが口を開いた。
「鉄道のある次の街に向かう。そしてその駅から『アルハジル』に向かうこと」
――大都市・アルハジル。
この近隣では最大クラスの都市だった。物と人が集まり、様々な街へと鉄道を敷いている。港町の輸入品、輸出品の中継地点として位置づけられる大都市である。
城塞都市でもあり、どの国にも属さない自由貿易の独立都市でもあるそうだ。
「はい」サヤがティアの方に目をやって頷く。「人と物が集まれば情報も集まります。そこならゼンキとマサムネの居場所も分かる可能性が高いと思います」
そう告げるサヤに全員が注目した。
一拍おいて、
「うん。そうだね」
代表するようにレイが首肯する。
「むしろそのゼンキさんたち? 物資の中継地点でもあるのなら、その人たちもその街にいる可能性だってあるよね」
サヤが「はい」と頷いた。
「うん。その可能性は高い。港町を渡り歩くよりは可能性はある」
ティアも同意する。と、サヤは表情を真剣なモノに改めて姿勢を正した。
そして、
「……申し訳ありません。ティアさま。皆さまも」
サヤは三つ指をついて謝罪する。
深々と頭を下げたまま、
「私の我儘を聞いていただくことになって……」
そう言葉を続けた。すると、
「ああ~、気にする必要はないよ」
朗らかな笑顔と共に、レイがパタパタと手を振る。
「なにせライドはまだ南方大陸だしね。どんなに早くてもシロックで合流するには半年ぐらいはかかるよ。なら、その前に片付けれる問題は片付けたほうがいいしね」
「うん。そう」
ティアも、サヤを見て頷く。
「そもそも、私はライドからあなたとシャロンのことを任されてる。それはあなたたちのアフターケアも含めてだと私は考えている」
「……ティアさま。レイさま」
サヤは顔を上げると、申し訳さなさそうに眉根を寄せた。
続けて、
「私も別に構わないぞ」
腕を組んだまま、アロがそう告げる。
「色々と興味深い。主人と再会する前に見聞をもっと広めておきたいしな」
「わっちもだぞ」
最後にシャロンが満面の笑みを見せた。
「あんまり早く帰ると父ちゃんたちに色々と説教されそうだしな。何よりもだ!」
そこで立ち上がると、グルグルと片腕を回して、
「サヤは友達だしな! 友達は助けなきゃな!」
元気一杯にそう告げる。
サヤは少しだけ嬉しそうに破顔した。
「……ありがとう。シャロンちゃん。アロさんも」
「まあ、ともあれだよ!」
ニカっとレイが笑った。
「まず向かう先はアルハジルだよ! そんでゼンキさんたちともどうにか合流して、ちゃっちゃっとサヤの問題も解決しよう!」
シャロンにも劣らない活発さでそう告げるレイだった。
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