第19話 その頃のライドは③

 その時。

 二人の美女が対面していた。


 南方大陸の大都市の一つ。ジルコア。

 その街の一角であるスラム街。人気もない廃墟のような建屋の一室でのことだ。

 互いにボロボロの椅子に座って、彼女たちは見つめ合っている。

 二人とも無言。ただただ沈黙が続く。

 そして、


「……姉さま」


 ようやく美女の一人――ライドの同行者であるロゼッタ=フラメッセが口を開いた。


「どうしてこんなことになっているの?」


 そう尋ねた。

 なお、ここにはライドたちもここにいた。

 ライドはロゼッタの後ろの方に立ち、タウラスは背中を壁に預けて佇んでいる。レオは部屋の片隅に積まれた荷箱の上に腰をかけていた。ミニバチモフは彼女の肩の上だ。そして三人から離れた場所には少し困惑した様子の十歳ほどの少年の姿もあった。


「……えっと、そのな……」


 ロゼッタに「姉さま」と呼ばれた美女は、なんとも気まずそうだった。

 年齢はロゼッタより四つ上で二十六歳。肩に掛からない程度の深緑色の短い髪。瞳の色も同色だ。髪はよく見るとウェーブがかかっている。ライドとレオが初めて遭遇した時は凛々しい印象が強かったのだが、ロゼッタの前で縮こまる姿はどこか小動物を思わせる。険しく眉を立ててなければ、本来は柔和な顔立ちのようだ。

 彼女は黒い騎士服を纏い、椅子の傍らにはもう一脚、椅子を用意し、長大なメイスを立て掛けていた。宝具でも魔石具でもないが、彼女の特注の武具だった。『アンブレラ』と名付けた頑強さに特化させた武器らしい。タウラスであっても少し重いと感じるほどの超重量の武具である。

 そんな武具を使いこなす彼女の名はセリア=フラメッセ。ロゼッタの姉だった。


「どうして姉さまがこんなところにいるの?」


「……その、ロゼ」


 眉根を寄せるセリア。

 唐突な妹との再会に彼女も困惑しているようだった。


「ロゼこそどうしてここに? もしかして帰郷の途中なのか?」


 そう尋ねる。

 すると、ロゼッタは溜息をついて、


「……いや、私の前でまで『騎士モード』にならなくてもいいんだけど……」


 と、呟きつつ、姉の後ろの少年に目をやった。


「もしかして、あの子――ううん。あの方って……」


「……ああ、そういうことだ」


 セリアがそう答えると、


「……ふ~ん。姉妹か」


 不意にレオが口を開いた。

 それからロゼッタとセリアが交互に見やると、「にひ」と笑い、


「これまた随分と格差があんな。ロゼッタ」


「……うっさいわね」


 ロゼッタがレオをジト目で睨みつける。

 セリアとロゼッタ。

 身長こそ二人とも同じぐらいなのだが、そのスタイルは実に対照的だった。

 スレンダーなロゼッタに対し、セリアは抜群のプロポーションの持ち主なのである。

 それはもう昔からよく比較されていたものだ。ロゼッタとしては姉の胸を少し分けてくれないだろうかと思ったことがないと言えば嘘になる。


「それと顔もあんま似てねえな。腹違いか?」


 続けて、中々に気まずい質問をレオは平然と尋ねる。

 異父や異母姉妹はスラム街出身の彼女にとっては身近なモノだったゆえの気軽さだ。

 それに対し、


「……勘が鋭いな。少女」


 セリアが、レオの方を見て答える。


「確かに私とロゼに血の繋がりはない。私はフラメッセ家の養女だからな」


 一拍おいて、今度はロゼッタを見やる。


「ロゼこそが正統なるフラメッセ家の後継者なのだ。父上も母上も心配しておられる。帰郷なら喜ばしいことなのだが……」


「フラメッセ家の後継なら姉さまでいいじゃない」


 セリアの言葉に、ロゼッタが面倒そうな顔で返した。


「養女だろうが才能はあるんだから。実質的に次期大神官なんだし。それに父さまはともかく母さまは私の心配なんてしてないでしょう? あの大神官さまは」


「……ロゼ。そんなことは」


 と、セリアは言いかけるが、ロゼッタを見つめて彼女は不意に眉をひそめた。

 まじまじとロゼッタの顔を見つめてから、ポンと自分の両頬を叩く。

 一呼吸間を空けて、


「……ロゼちゃん・・・・・


 セリアは、口調と仕草を別のものに変えた。

 面持ちもとても優しいものになる。

 ロゼッタの言う『騎士モード』を解いたのである。

 それはセリアが厳しい騎士団で過ごすための一種の自己暗示のようなモノだった。

 口調から思考に至るまで男勝りの騎士のモノに変えることが出来るのだが、本来のセリアはとても穏やかで優しい女性だった。

 それこそ妹の心の異変にすぐさま気付くほどに。


「……何かあったの?」


 凛々しい騎士の様子から一転。心配げな様子で尋ねるセリア。


「………え?」


 むしろロゼッタの方が驚いて目を瞬かせていた。

 その時、今まで沈黙して姉妹の様子を窺っていたライドがタウラスに目をやった。

 タウラスもライドの視線に気付き、「……うむ」と頷いた。


「ロゼッタ。セリアさん」


 そして、ライドは姉妹に声を掛ける。


「オレたちは少し席を外すよ。隣の部屋にいる。そっちの少年も――」


 ライドはセリアの後ろにいる少年を見やる。


「素性は分からないが、彼はきっと何か事情を抱えているんだろう? 今はオレたちが面倒を見る。だから少しだけロゼッタの話相手になってやってくれないか」


 そう願った。


「ラ、ライドさん?」


 ロゼッタはライドの方を見て目を丸くした。

 セリアもライドの方を見やる。


「……ロゼちゃんは大切だけど……」


 少し迷いを見せた。すると、


「セリア」


 少年の方からもセリアに声を掛けてくる。


「僕なら大丈夫だ。セリアの妹君の仲間なら信用できる。それに――」


 そこでレオの方に目をやった。


「彼女にはすでに一度助けてもらっているんだ。だから」


 少年はセリアの顔を見つめた。


「妹君にも何か事情があるみたいだ。聞いてあげて欲しい」


「……はい」


 セリアは椅子から立ち上がると、片膝をつき、少年に頭を垂れた。


「私たち姉妹へのお心遣い、感謝いたします」


「……はは。あんまり気負わないで」


 少年は気恥ずかしそうに笑った。


「それより今は妹君のことを気にかけてあげて」


「……はい」


 セリアは頷いた。

 少年は「うん」と頷いた後、ライドの方を見やり、


「それじゃあ隣の部屋に」


「……ああ」


 聡明な少年だな。

 ライドは頷きながら、そう思った。

 そして、


「彼の厚意に甘えよう。ロゼッタ」


 ライドは未だ困惑しているロゼッタに声を掛けた。


「家族だからこそ話せることもある。素直に吐き出せる感情もある。オレたちは隣で待っているから、今日はお姉さんとゆっくり話すんだ」


「……ラ、ライドさん」


 ロゼッタは躊躇するような声を上げた。

 そんな中、ライドは動き出す。タウラスと少年も後に続いた。

 ただレオだけは、


「ダーリン。まだ体がだるい。抱っこしてくれ」


 荷箱に腰をかけたまま、両手を伸ばしていた。

 ライドは「……お前は」と呟いて嘆息する。だが、レオが一度死にかけて本調子でないのも事実であるため、仕方がなくミニバチモフごと彼女を小脇に抱えた。

 レオは「にひひ」と笑って、ライドに身を任せている。


(……レオもレオだな)


 ライドはもう一度小さく嘆息した。

 付き合いが長くなるほどに内心がよく分からなくなる少女だった。

 まあ、それはともかく。

 そのままライドたちは部屋を退室した。

 残されたのは、セリアとロゼッタの姉妹だけだ。

 しばし二人は椅子に座って見つめ合っていた。

 ややあって、


「……ロゼちゃん」


 優しい声でセリアは妹の名を呼んだ。

 それから両腕を広げて、


「……おいで。貴女に何かあったのか。お姉ちゃんに聞かせて」


「……姉、さま」


 ロゼッタは姉の前でクシャクシャと表情を崩した。

 そして立ち上がり、妹は姉にしがみついた。


「……私は、私の……せ、師匠せんせいが――」


「……ゆっくりでいいから」


 セリアは優しく妹の頭を撫でた。


「少しずつ話して。ロゼちゃん……」


「……ううゥ、うああああ……」


 そうして。

 ロゼッタの嗚咽が、廃墟のような部屋に響いた。


 一方。

 ライドたちは隣の部屋に移動した。

 先程と同じような構図の部屋だ。同じ種類の荷箱もある。

 ライドはレオを荷箱に乗せて、同行してくれた少年へと目をやった。

 タウラスとレオ。ミニバチモフさえも少年に注目する。

 これほど注目されても、少年は気丈な眼差しで立っていた。


「……さて」


 ライドが口を開く。


「手持無沙汰もなんだ。先に聞かせてくれないか。君が何者なのか」


 直球に尋ねる。

 聞けば引けない状況になるかも知れない。

 しかし、すでにロゼッタの姉が関わっている以上、無視する訳にもいかなかった。

 ロゼッタは成り行きの同行者ではあるが、共に魔王領から生還した仲間でもあるのだ。

 とても無関係だと言って切り捨てられるような間柄ではなかった。

 まあ、レオだけは薄情に切り捨てそうな気もするが。

 ともあれ。


「……はい」


 少年は頷いた。


「まず言っておきます。話を聞いても、あなたたちは何も聞かなかった。何も知らない。そういうことにして頂いても構いません」


 少年はライドたちを気遣いつつ、そう切り出した。

 そして、


「まずは自己紹介を。僕の名前はシンホルク=ルメルダ」


 一拍おいて、少年――シンホルクは名乗る。


「ルメルダ神聖帝国の第九王子である者です」


 ――と。


 こうして新たな騒動の予感を抱きつつ。

 ライド=ブルックスの旅路は続くのである。






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