第15話 強化合宿訓練(魔王スパルタ編)

 翌日の朝。

 リタたちが暫定拠点とした街。名をエウリード。

 その近隣にある見晴らしのよい草原にて訓練は行われた。

 だがしかし、それはとても訓練とは呼べるようなモノではなかった。


「――うおおッ!」


 空は晴天。草原には裂帛の声が轟く。

 ジョセフの声だ。神聖魔法に氣の力。持ちうるすべての強化を施して、猛烈な連撃を繰り出している。煌めく剣の軌跡は息つく暇もない。

 だが、それは悉く空を切る。

 対峙するロザリンが容易く回避しているからだ。


「――ぬゥんッ!」


 ジョセフはその場で回転した。赤い外套がロザリンの視界を覆う。ジョセフはそのまま強く踏み込み、ロザリンの首めがけて横薙ぎを放った!

 相手は幼い少女。騎士の鑑たることを信条にするジョセフらしからぬ一撃だが、今はやむをえなかった。なにせこの相手は格が違うのだ。

 ――ギンッ!

 硬質的な音が響く。

 ジョセフは息を呑む。対し、ロザリンは不敵な笑みだ。


「知らぬのか?」


 首筋を紫に輝く竜鱗で覆い、動きもせず斬撃を止めたロザリンが言う。


「真の王者に断頭など通じぬ」


 ジョセフの剣は竜鱗をわずかに砕くことも出来ず、彼女の首筋で止まっていた。


「――ジョセフ!」


 その時、背後から声が届いた。ライラの声だ。

 ジョセフは声を確認することなく、後ろに跳んだ。入れ替わり、ライラが跳躍してロザリンに襲い掛かる。黒い金棒をロザリンの頭上に振り下ろしたのだ。

 しかし、


「……ふん」


 ロザリンはこれも回避しない。衝撃で両足こそ大地を砕いたが、真っ向から竜角で金棒を受け止めた。ライラは「――くッ!」と歯を軋ませた。


「ましてや妾の竜人角ドラゴホーンを傷つけるなど無謀じゃな。もし出来る者がいるとするのならば、それは我が愛しきヌシさまだけじゃ」


「誰だよ! そいつは!」


 苦し紛れに叫ぶライラに、ロザリンは答えずに拳を叩きつけた。

 小さな拳がライラの鍛え抜かれた腹筋に突き刺さる。ライラは大きく目を見開いて吹き飛ばされた。同時に再び間合いを詰めようとしていたジョセフを前蹴りで弾き飛ばした。

 近接戦の二人を遠ざけたロザリンは、狙いを遠距離に変える。

 離れた場所で強力な魔法を準備しているジュリだ。

 ロザリンは砲弾のような速さでジュリの方に向かう――と、

 ――キンッ!

 突如、光の結界がジュリを覆った。ロザリンは一瞬だけ別の方向に視線を向ける。


「……カリンか」


 そこには錫杖をかざして怯えた様子の神官の少女がいた。

 眷属候補のカリンである。


「タイミングはよい。じゃが」


 ロザリンは結界に構わずそのまま突進した。二層に張られた結界は接触しただけでガラス細工のように砕け散った。カリンが「うそ」と青ざめていた。


「数も強度も足りんな。妾を一瞬でも止めたくば五層程度は同時に構築せよ」


 もっと精進せぬか、と呟く。

 直感で選んだ娘ではあるが、何やらカリンからは奇妙な『運命力』のようなモノを感じていた。ロザリンとしては、彼女にはもっと高みに至ることを望んでいた。


(なにせ、そちは妾が見初めた寵姫候補なのじゃからな)


 ふっと笑いつつ、ロザリンはさらに加速する。

 ジュリはもう目の前だ。横殴りの拳を繰り出す。

 ――が。


(ほう!)


 ロザリンは少し驚いた。ジュリが後方に回転しながら拳を回避したからだ。

 何度も回転して後退する。精霊魔法師とは思えない身軽さだった。


(流石はヌシさまの弟子。すでに精霊に認められた寵姫は違うか)


 内心で感心する。

 その一瞬の間隙をついてジュリが魔法を解放した。


「――地懐崩焔フレム=グラドアッ!」


 大きく後方に跳躍しながら、竜骨の杖をロザリンに向けてジュリがそう唱える。

 直後、ロザリンの足元の大地が広く砕け、瞬く間に溶岩流が溢れ出した。

 赤い光がロザリンの姿を照らす。まるで地獄の窯のようだった。


 第六階位のフレム系精霊魔法。

 現在のジュリが放てる最大威力の攻撃魔法である。


 正直に言って人間相手に放っていい魔法ではないが、ジュリは――いや、星照らす光ライジングサンのメンバーは、もはやロザリンを人間のレベルとは思っていなかった。

 全員が手加減などおこがましいと感じるほどのレベル差を実感していた。

 事実、両膝近くまで溶岩流に沈み、華衣が焼け始めているのにロザリンは顔色も変えていない。そのまま歩いて溶岩流から抜け出そうとしている。

 魔法を放ったジュリも、どうにか立ち上がったライラやジョセフも目を見張る。カリンは真っ青な顔で口元を抑えていた。


 しかし、ただ一人。


「大人しく沈んでいなさい!」


 リタだけは次の一手に動いていた。

 ロザリンの上空に千を超える光弾セイン=トッドを顕現させていたのだ。

 リタの十八番。殲滅陣だ。

 ロザリンは「ほう」と上空に顔を上げた。

 対し、リタは片手を上げて、


「――行け!」


 力強く振り下ろした。

 同時に光弾セイン=トッドの弾幕が放たれた。

 それはまるで光の雨だ。それが溶岩流から脱出しようとしていたロザリンに降り注ぐ。

 ロザリンの姿は光の雨の中に消えた。しかし、溶岩流の範囲から外れた光弾セイン=トッドも数多くあり、それらは大地に直撃して砂埃を巻き起こした。

 ややあって光の雨も止んだ。


「……やったの?」


 ジュリがそう呟く。

 リタも他のメンバーも真剣な眼差しで砂埃を凝視している。

 ややあって、


「……やれやれじゃ」


 当然のようにロザリンの声が聞こえて来た。

 そして砂埃の中から少女が現れる。

 ロザリンだ。しかしながら華衣ではない。

 白い髪は解け、全身は紫色の竜鱗で覆われている。鎖骨辺りから胸元、腹部以外は完全に覆われていて、指先には鋭い爪を持ち、長い竜尾も生えてきた。

 竜人族の戦闘スタイルだ。


「それなりに気に入っておった服なのじゃがな。ヌシさまにお見せすることもなく焼け落ちてしまうとはのう」


 リタたちに近づきつつ、ロザリンは苦笑を浮かべた。


「これは服代も代価に入れねばならんか」


「……それぐらい払ってあげるわよ」


 リタが緊張した顔で言う。


「それより、リンって本当に人間? 竜人ドラゴ族って皆そこまで出鱈目なの?」


「ふむ。流石に妾は特別じゃろうな」


 その場で足を止め、腕を組みながらロザリンは答える。


「生まれてから一度も負傷をしたこともないからのう。まあ、妾に初めての痛みと傷。何より至福の喜びを与えるのは――」


 そこでロザリンは唇に指先を当てて、年齢不相応な妖艶な笑みを浮かべた。


「我が愛するヌシさまだけの特権なのじゃろうな」


「……さっきから誰なのよ。ちょくちょく出てくるその人」


 リタがジト目を向けて言う。


「もしかしてリンの恋人なの? その歳でませてるわね」


「ふん。竜人ドラゴ族が伴侶を持つ平均は十六からが多い。基本早婚じゃ。妾の年齢ならば恋人がおっても不思議ではなかろう。それより今は訓練じゃろう」


 ロザリンは話を本題に戻した。

 ――ロザリンの訓練。

 結局のところ、それは圧倒的強者と戦って死線を越えるというものだった。

 力を振り絞り、限界を越えろという無茶ぶりだった。


「さて」


 そうして幼き魔王は笑う。


「余興もここまでじゃ。ここからが本番じゃぞ」






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