第14話 魔王の指導
場所は変わって東方大陸。
とある大きな街の一角。そこにある宿屋の食堂にて。
「それはまた随分と胡散臭い話じゃな」
一人の少女が骨付き肉にかぶりついてそう告げた。
竜人族の武闘家。リンである。
同じテーブルに座るリタたちは何とも言えない顔をしていた。
リタたちは途中で出会ったリンを加えて、無事に目的の街に到着した。
村で聞いた通り、そこは城壁もあるかなり発展した街だった。
街の中では武装した冒険者たちの姿も見かけた。
この規模の街なら間違いなく冒険者ギルドもあることだろう。
リタたちは御者と別れて、まず宿を取ることにした。
リンも同じ宿の部屋だ。
そうしてこれも縁だと食事を同席したのである。
そこでリタたちは自分たちの旅の目的や事情を大雑把に話すことになった。
あんな場所を移動していた理由。
要は東方大陸にやって来た手段についてもだ。
結果、先程のリンの感想である。
「……まあ、そうよね」
苦笑を浮かべつつ、リタは独白する。
リンの感想も当然だ。古竜に乗って海を渡ったなど冗談にしか聞こえない。
「あはは。私たちも他人から聞いたら信じられないよね」
と、カリンも苦笑交じりに言う。
ここには
リンは素っ気ない素振りでリタを見やりつつ、
(とは言え、恐らく事実ではあるのじゃろうな)
そう判断する。
もはや語るまでもないことだが、『武闘家のリン』と名乗る彼女の正体は、
これがロザリンの用事の一つ。偶然にもリタたち――もしくはティアたちかと思っていた――が東方大陸にいることを知り、その理由を調べに来たのだ。
ちなみに偽名こそ使っているが、髪を纏めたぐらいでロザリンは変装もしていない。リタたちとは初対面であるので衣装もほぼ仮装レベルだ。直前に華衣を着た冒険者と出会っていたので何となくこの衣装を選んだのである。
(じゃが、よもや古竜に乗って海を渡っていたとはな。青竜王と名高いグルードゥは気まぐれなドラゴンでも知られておったが、また酔狂なことを……)
ロザリンは内心で苦笑いを浮かべた。
ともあれ、色々と驚くところはあるが、疑問は解けた。
これで当初の目的はすべて達成したので後は城に帰還するだけだった。
しかし、ロザリンには気がかりがあった。
ぺろりと指先を舐めつつ、肉の無くなった骨を皿に置いて、
「まあ、それはともかく」
ロザリンは、改めてリタたちを見据えて言う。
「そちら貧弱よのう」
これは率直な感想だった。
仮にも『天象剣ライド=ブルックスの義娘』が、未だあの程度の魔獣に苦戦するレベルだとは思ってもいなかった。
「いやいやいや」
すると、ライラが手をパタパタと振った。
「そりゃあ、私らはまだD級だけど、どっちかというとあんた強すぎるだけだよ」
「う、うん。そうだよ」カリンもコクコクと頷いた。「確かにリンちゃんが強すぎるよ。あんな大きな魔獣を一撃なんて。ランクはいったい何級なの?」
「ん? 妾か?」リンは小首を傾げた。「妾はあくまで旅の武闘家じゃ。冒険者ギルドに加入はしておらぬ」
「え?」「え? そうなの?」
尋ねたカリンのみならず、リタも目を丸くした。
一方、ジョセフも「なんと」と少し驚いた顔をして、
「しかし、それは少し不便ではないか?」
「別にギルドに頼らぬともやりようはあるじゃろう。それより本題は」
ロザリンは、ジト目でリタたちを見据える。
「そちらが弱すぎることじゃ。北方大陸ほどではなくとも東方大陸の魔獣はそれなりに強いぞ。特に群れを成す魔獣が多い。パーティー総がかりでガガンドラ一頭に手こずる力量ではいずれ魔獣どもか盗賊どもの餌になるぞ」
「え?」
リタが再び目を大きく見開いた。他のメンバーも驚いた顔をしている。
ロザリンは小さく嘆息した。
「別大陸に渡るとよくあることじゃな。環境によって魔獣や盗賊、海賊どものレベルも一気に変わる。その戦闘スタイルもな。まあ、普通は奥地に行く前に港町周辺で力量差を調査し、ある程度は慣らしておくものなのじゃが……」
「……うぐっ」
リタは呻く。
大陸移動に限らず、地域によって魔獣のレベルが違うのは当然のことだ。
学校の講習でも習ったことだった。そのため、普段なら危険度の調整もするのだが、今回はイレギュラーが多すぎてほとんど出来ていなかった。
「ここはけっこう大陸の奥地じゃぞ」
一方、ロザリンは言葉を続ける。
「この周辺で慣らすのは厳しいものがある。それにそちらは揃って見目麗しい。怪しい輩や盗賊どもの注目を集めるじゃろうな。そちらは今かなり危険な状況にあるぞ」
「……マジで?」
リタは神妙な声で呟いた。
ジュリたちも実感が湧いてきたのか、険しい表情を浮かべていた。
「対策の手としてはこの街でそれなりに強い冒険者を雇って港町辺りまで護衛してもらうことじゃが、それは流石に冒険者として情けなさ過ぎような」
「……確かにそれは情けないわよね……」
パーティーの中で唯一のC級冒険者であるジュリが呻いた。
ロザリンは腕を組んで「ふむ」と呟く。
(まあ、アニエスがおるから全滅するほどの危機にはならぬと思うが……)
しかし、それではアニエスがしばらく出ずっぱりになる可能性がある。
強力な魔獣が現れる度に、毎回黒騎士が助けに来るような状況だ。
流石にそれは色々とマズい。
アニエスとしても娘に正体がバレるリスクは少しでも下げたいところだろう。
だからこそ、
「……そうじゃな。ここで出会ったのも何かの縁じゃ」
ロザリンは提案する。
「妾がそちらを鍛えてやろう」
「「「……え?」」」
リタたちが驚いた顔をする。
「このまま見捨てるのも忍びない。かといって妾にも行くべき場所がある。わざわざ港町まで往復するのも面倒じゃ。そこでじゃ」
おもむろにロザリンは人差し指を立てた。
「一週間。この街を拠点にして、そちらをみっちり鍛えてやろう」
「「「――えええッ!?」」」
ロザリン以外の全員が立ち上がって叫んだ。
「い、いや、リンの実力はこの目で見たから有難い話だけど、いいの?」
リタがそう尋ねると、ロザリンはふっと笑う。
「無論タダではない。代価は払ってもらうぞ」
そう告げて、ロザリンはカリンとライラに目をやった。
「……ふむ。そうじゃな。ここはダークホース扱いでなく、一人ほどは妾の一派――眷属として迎えてやってもよいかもな……」
リタたちには聞こえない小声でそう呟いてから、
「ヌ・シ・さ・ま・の・の・ぞ・む・と・お・り」
順にカリンとライラを指差した。
そして、
「代価にはそちを貰うことにしよう」
最終的にカリンを指差してそう告げた。
カリンは「へ?」と目を瞬かせてキョトンとしていたが、
「――ええッ!? どういうことッ!?」
そう叫んで、自分の胸を両腕で隠しながら一歩下がった。
この竜人族の少女には出会い頭に揉みしだれたことを思い出したのだ。
「……おい、あんた」
幼馴染兼カリンの護衛でもあるライラが、流石に険しい表情を見せる。
「あんたの趣味にとやかく言うつもりはないけど、そんな身売りみたいな真似を――」
「ああ~、案ずるな」
険悪な様子のライラに、ロザリンはパタパタと手を振った。
「妾にその手の趣味はない。ただ、いずれその娘には決断して欲しいだけじゃ。当然、その娘には拒否権もある。その時に拒んだところで強要もせぬ。あくまで決めるのはその娘じゃ。まあ、それはまだ先のことじゃがな」
そこでカリンを見据えつつ、わしゃわしゃと手を動かすロザリン。
「とりあえずの代価としてはこの街での滞在費。そしてこの一週間はその過搭載ぶりな感触をしっかりと確認させてもらおうかのう」
「――ひ……」
カリンは息を呑んで、さらに数歩下がった。
「……ちょっと待ちなさい。リン」「ええ。そうね」
一方、リタとジュリがカリンを守るようにロザリンの前に立つ。
カリンが「ふ、二人とも……」と表情を輝かせて友人たちを見つめるが、
「……まあ、聞け。見ての通り妾はまだ幼いのじゃ」
その時、ロザリンが自身の慎ましい胸に両手を添えて、
「ゆえに、後学のために是非とも学んでおきたいのじゃ。どうすればそこまで育つのか。実物の感触を掴めば何か理を得ることも出来そうじゃからな」
そんなことを告げた。
リタとジュリは互いの顔を見合わせた。
そして、
「「なるほど」」
納得したように二人とも頷いた。
「リタちゃん!? ジュリちゃん!?」
カリンが愕然とした表情を見せる。次いでライラの方を見やり、
「ま、待って! そ、それならライラだって――」
「「「そっちは根本的にポテンシャルが違うから」」」
リタ、ジュリ、ロザリンが声を揃えて言う。
高身長でスタイルも抜群なライラは、もう生まれながらそういった生き物であると三人は思っていた。
「そ、そうか?」
まあ、当のライラとしては困惑した表情を浮かべるだけだが。
いずれにせよ、カリンが「うぐ」と呻いた。
「このジョセフには何とも入りづらい会話だな」
と、唯一の男性であるジョセフが素朴な感想を言う。
「……まあ、とりあえず分かったわ」
そんな中、リタが頷く。
「要するに、リンが指導代として望むのは一週間分の滞在費と、その期間のカリンのおっぱい揉みしだき権という訳ね」
「――何それッ!? ちょっと待ってリタちゃん!?」
カリンが悲鳴を上げた。すると、ジュリが「まあまあ」と言って、
「リンは強くても子供なのよ。自分もああなりたいと思うのも仕方がないじゃない」
「え、えっとそれは……」
カリンがどうにも同意しにくい顔をしていると、ジュリがニッコリ笑って、
「だから、私にも後学のために揉ませてね」
「さりげなく自分も言い出したよッ!?」
「……まあ、真面目な話」
愕然とするカリンをよそに、ライラが頭を片手で掻いて告げる。
「まだ子供って言ってもいいリンに戦闘であそこまでの格の違いを見せられてるしね。リンの忠告には納得と危機感を覚えたよ。ここで真剣に鍛え直さないといけないのはマジのようだね」
ライラの真剣な意見に、カリンは「うぐっ」と再び言葉を詰まらせた。
すると、ロザリンがカリンを見やり、
「案ずるな。桃髪娘。そこまで無茶なことはせぬ」
そこでふっと笑った。
「ときおり揉むだけで許してやろう。それよりも覚悟しておけ」
そうしてロザリンは宣告する。
「妾の指導は生半可ではないからのう」
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