第11話 暗殺者の憂鬱
場所は変わって。
夜。南方大陸のとある街にて。
暗殺者・レオは一人、路地裏を歩いていた。
正確に言えば、肩にミニバチモフを乗せているので一人ではないが、他に同行者もなく薄暗く狭い路地を進んでいる。
この街の名前はジルコア。人口二十万超えの、近隣では最大規模の大都市だ。
レオたち一行はこの街に訪れていた。
(ああ~、面倒くせえな)
レオは歩きながら、がしがしと頭を掻いた。
どうして、レオたちがこの街に訪れたのか。
それは、この街にとある賞金首が潜伏しているという情報を得たからだ。
何でもその賞金首はロゼッタの知り合いだったらしい。
『……ごめん。ライドさん。タウラスさん。それとレオ』
ロゼッタは頭を下げてこう告げた。
『もし、あの人に出会ったら私の名前を出して。そしたら、いきなり攻撃してくるようなことはないと思うから』
ロゼッタ曰く、その人物は犯罪を起こすような人間ではないそうだ。
きっと何か事情があるはず。
それを知るために、捜索を同行者たちにお願いしたのである。
ちなみに不足していた路銀は、ロゼッタが一人で盗賊団を確保して補った。
A級の看板にすでに偽りない。何だかんだで彼女も強いのだ。
従って、この捜索はロゼッタの個人的な依頼とも言える。
レオとしては相当に面倒くさいと思ったのだが、ロゼッタはまだしばらく旅を共にする同行者だ。これも何かの縁だと、他の同行者たちは引き受けてしまった。やむを得ずレオも付き合うしかなかった。
そうして、レオたちはこの街に訪れたのである。
だが、この街は広大だった。
レオたちは四人に分かれて捜索に出ることにした。
乗り気ではないレオも依頼として受けた以上、手は抜かない。
可能性が高い場所としてスラム地区を探ろうとしていた。
(しかしまあ)
レオは、徐々にみすぼらしくなっていく光景に双眸を細めた。
(スラム街ってのはどこも代わり映えしねえな)
自分の故郷を嫌でも思い出す。
もう少し進めば、裏営業の娼館でも見えてくることだろう。
レオにとっては最も忌避している場所だ。
「…………」
レオは足を止めた。
そして路地裏の壁に背中を預けて顔を上げた。
(……まさか、このおれがな)
小さく嘆息した。
今の自分は、何とも中途半端な状況にあった。
ターゲットを殺すと嘯いておきながら、慣れ合うような情けない状況だ。
機会ならば幾らでもある。
万全のレオが本気なれば、暗殺の可能性はゼロではない。
しかし、彼女は踏み切れずにいた。
(……やれやれだ)
レオは、肩に乗るミニバチモフのあごを撫でた。
ミニバチモフは尻尾を振って『ばうっ!』と喜んでいる。
レオは滅多に見せない困った表情をした。
(……おれは)
コツン、と後頭部を壁に当てる。
奪われることが嫌だからこそ、選んだ奪う者の道。
その人生に後悔はない。姉貴分のようにはなりたくなかった。
姉の死を見て、女であることを忌避していたと自分でも思っている。
そんな自分がまさか――。
(くそ、マジで情けねえ)
顔を上げたまま、眉根を寄せる。
これまで自分の男の好みなど考えたこともなかった。
女である事実を忌避するということは、男も避けることなので当然だ。
しかし、魔王領での日々を経て、自分の一面を知ることになった。
自分は包容力がある男――いや、もっとはっきりと言えば、自分よりも明らかに格上だと分かる男が好みなのだと。揺るぎない力と意志を持つ男に惹かれるのだと。
毒刃とも言える自分が触れるほどに近づいても、彼はまるで揺るがなかった。
即座にねじ伏せる自負があるからだ。
彼に触れ、その意志の強さを感じ取る度に、密かにゾクと背筋が震えたものだ。
(変態かよ。おれは)
呆れたようにレオは嘆息する。
これが恋なのかは、彼女にはまだ分からない。
ただ言えることは、レオはどこまでも極端で歪な少女であるということだけだ。
結果、彼女が見出した未来は二つだった。
一つは、ターゲットを殺して暗殺者の道を続けるか。
もう一つは、ターゲットに敗れて彼の女になるかだ。
一方的にだが、自分で定めた選択肢だ。
しかしながら、暗殺者を続ける覚悟も、新たな未来を踏み出す勇気もない。
それが今の自分だった。このままだと数年間は迷い続けそうだった。
「……ああ、くそ……」
小さく嘆息し、
「いっそ、ダーリンの方から襲ってくれよ……」
ふと、そんな台詞が口から零れ落ちた。
そして呟いてから、レオは自分でもハッとして目を見開く。
背筋がゾクゾクとして、口元を片手で抑える。
男に襲われることには恐怖がある。根源的な恐怖だ。
しかし、それとは違う感覚だった。
――敗れて、組み伏せられ、すべてを奪われる。
相手は姉を死に追いやったような下衆男とは違う。
自分よりも遥か格上の男。並ぶ者がいないほどの英傑だ。
女としては何も知らない自分が、そんな至高の男の色に染め上げられていく。
暗殺者の誇りも、
ただの少女に戻った自分は、きっとされるがままで……。
(お、おい!? ちょっと待て!?)
あまりにその未来がリアルに想像できて、レオは動揺した。
無意識にゴクリと喉も鳴らした。
と、その時、
『――ばうっ!』
「うわッ!?」
いきなり耳元でミニバチモフに吠えられて、レオは目を剥いた。
おかげで正気に返る。
「ち、違うぞ! そりゃあ自分より格上の男が好みなのはもう否定しねえけど、おれに屈服願望なんか――」
ミニバチモフにそう言おうとしたレオだが、不意に表情を改めた。
体の熱が一気に冷め、冷酷な眼差しを路地の奥に向けた。
「……誰だ。てめえ」
路地の壁から背中を離し、冷たい声で問う。
しかし、
「……………」
路地裏の奥に立つ
全身を覆う
頭部こそあるが人の形状には見えなかった。
その異質性からか、ミニバチモフが『グルルゥ』と唸っていた。
一方、レオは既視感を覚えていた。
「てめえ。その姿。まさか『東の
そう尋ねるが、白面の怪物はやはり答えない。
レオは、ふんと鼻を鳴らした。
「……まァいいさ。死糸蜘蛛」
そして宝具を操り、両腕を黒い糸で覆い、無数の刃を生やした巨腕を構築していた。さらにはコートが甲殻のように硬質化し、蠍のような尾を造り出している。
レオは白面の怪物を敵であると認識した。
「あの伝説の御大にあやかったパクリ野郎だとしても同業者なのは確定っぽいな。おれの口封じにでも来たのか?」
「……………」
そう尋ねるが、黒い外套の怪物はやはり答えない。
仕事に失敗した暗殺者に刺客を送る。
この業界ではよく聞く話だが、この白面の怪物は恐らくそうではない。
直感でレオはそう感じ取っていた。
ただし、
(おれを殺す気は満々みてえだな)
殺気は感じ取れないが、そう察する。
この類の相手が堂々と姿を見せる時は、必殺を決めた時だけだ。
どちらかと言えば、レオもそのタイプの暗殺者であるのでよく分かる。
「……面白れえ」
レオは重心を低く身構えた。
「いいぜ。相手になってやる。殺せるもんなら殺してみな」
そう告げて、レオは不敵に笑った。
そうして。
暗い路地裏で異形の怪物同士の戦いが始まった。
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