第7話 船旅は続く

 リタたちが東方大陸で謎の少女と出会って。

 ライドたちが旅の路銀に苦心している頃。


 その商船は大海原を進んでいた。

 形は少し大型の帆船だが、大陸間を渡ることも想定して動力に魔石も積んだ船だった。

 今は帆もたたみ、風に頼らず海原を掻き分けている。


 空は晴天。波も良好だ。

 そして甲板には多くの船員が集まっていた。

 仕事のためではない。見物のためだ。

 なにせ今甲板には三人も美女が揃っているのだから。


 まずは一人目。

 年の頃は十代後半。琥珀色の眼差しに、ライトグレーの乱れザンバラ髪。褐色の肌を持ち、身に纏うのは袖のない白い革服レザースーツ。背中と胸元も大きく解放されている。抜群のプロポーションのため、何とも艶めかしいのだが、露出の多さは戦巫女だった頃からの慣習である。

 それだけでも目を惹くが、彼女の特徴として挙げられるのは他にもある。

 狼の耳と尾。そして常人よりも大きい獣毛に覆われた両腕である。

 彼女――アロが獣人族の一つ、狼人ウルフ族の証だった。

 その腕を組んで、アロは静かにその状況を見守っていた。


 二人目。

 年の頃はアロより少しだけ上か。

 流れるように美しい長い黒髪を頭頂部にて白い帯で結いだ女性である。

 黒曜石のような眼差しに、温和な美貌。ヴェールのように切り揃えた前髪で左眼を覆っていた。その隠された左眼は無色であり、魔を見据える特殊な力を宿していた。


 祓魔剣薙の剣士。サヤ=ケンナギだ。

 身に纏うのは和装の肩当てを付属した白い羽織。豊かな双丘を支えるような黒い胴当てを着けている。腕には手甲を装着し、足には大腿部の半ばまで覆う具足を履いていた。

 本来なら、これに加えて愛刀を腰に差しているのだが今はない。

 代わりに、サヤは真剣な表情で手刀を構えていた。


 そして三人目。最後の一人。

 年の頃は二十代半ばか。ボーイッシュな、青みがかった黒髪に同色の瞳。襟や裾に金糸を施した軍服のような白い服に、黒い長軍靴ブーツを履いている。

 そのスタイルは、アロやサヤにも劣らないほどに抜群であり、今は自信満々の表情で腰に両腕を当てていた。


 レイ=ブレイザーである。

 普段はその背中に大剣を背負っているのだが、今は彼女もサヤ同様に無手だった。


「ふふ」


 レイは笑う。


「かかって来なよ。サヤ」


「はい」サヤは頷いた。「レイさま。お手合わせをお願いします!」


 言って、彼女は動いた。

 足音のしない、沈み込むような加速だ。

 一息で間合いを詰め、掌底を繰り出す――が、

 ――パンッ!

 あっさりとレイはサヤの腕を払った。

 サヤは連撃を繰り出すが、それらも片手だけで払い続ける。

 これでは押し切れない。一旦、サヤは後方に間合いを取った。

 が、それに合わせてレイは踏み込み、上段蹴りを繰り出した!

 サヤはどうにか両腕で防御するが、手甲の上からでも衝撃が伝わってくる。

 まるで魔獣の突進を受けたような重い衝撃だった。


(体重は私とほとんど変わらないのに――)


 サヤは唇を強く噛む。

 吹き飛ばされる。そう察したサヤは自分から蹴りの方向に跳んだ。

 だが、レイは見逃してくれない。


「それじゃあ行っくよ!」


 サヤを追い、拳を繰り出してきた。

 サヤはそれを払って凌ぐが、レイの拳は止まらない。

 左右の連撃が息をする間もなく襲い来る!


(――くッ!)


 それでもサヤは凌ぎ続けた。

 まるで砲撃の嵐を受け流しているような流麗さだった。

 観戦する船員たちが「「「おおッ!」」」と感嘆の声を上げた。

 だが、サヤとしては全く余裕がない。


(この人――)


 冷たい汗を流して息を呑む。

 武の練度では、恐らくサヤの方が上だ。

 レイの武の練度には甘さがある。時折、隙も見せている。

 だが、その隙に付け込む余裕もないほどに、彼女の一撃は速く、重い。

 恐らく氣の量が桁違いなのだ。それで身体強化をしている。

 しかも、彼女はまだ神聖魔法を使っていなかった。

 恐ろしいことに、ここからさらに強化も可能だということだ。


(……これが)


 猛攻を前に、流石に腕が痺れてきたサヤは表情を険しくした。


(勇者王レイ。S級の冒険者……)


 人類最強を名乗るのも、決して大言壮語ではなかった。

 その実力はまるで底知れない。

 自分はまだまだ未熟であると思い知った。

 けれど、自分も千年にも続く破邪の一族。祓魔剣薙の直系なのだ。

 それに何よりも――。


「………ふッ!」


 サヤはレイの拳を強く払い、後方へと大きく間合いを取った。

 このままでは終われない。

 小さく呼気を吐き、右の手刀を引いて構えた。

 重心も微かに沈める。

 レイが「へえ」と双眸を細めた。


「それは渾身だね。捨て身で来るの?」


「はい」


 サヤは頷く。


「このままでは情けないので。これでも私は――」


 そこでサヤは微笑んだ。


「末席を口にしつつも、本音としては序列三位・・・・を自負しておりますので。あまりレイさまに差を付けられたくありません」


 その台詞に、レイではなく、観戦していたアロが「む」と片眉を上げた。


「アハハ! いいよ!」


 ――タァンッ!

 対するレイは強く震脚を鳴らして、拳を構えた。


「なら、ボクは序列一位・・・・との実力差を見せてあげる」


 そう告げるレイに、アロは「むむっ!」と、もう片方の眉も上げた。

 静かに対峙するレイとサヤ。

 観衆だった船員も自然と黙り込んだ。

 ただ、アロだけが「むむむ!」と不機嫌そうにして、


「ちょっと待て! 二人とも勝手に自分の序列を決めるな! それ絶対、強さの序列なんかじゃないだろ!」


 そう文句を告げるが、集中するレイたちは聞いていない。

 沈黙を貫いている。

 そうして――。


「参ります!」


「OK! 来なよ!」


 そんな声が甲板に響くのであった。


 こうして船は進む。

 大海原をどこまでも。





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