第6話 その頃のライドは①

 五大陸の一つ、南方大陸。

 そこは長い歴史の中でも最も戦争が多かったと言われる大陸だ。

 面積においては中央大陸に次ぐ広さを持っており、擁立する国家は百や二百どころではない。かつては国家同士の小競り合いが絶えない大陸だったが、徐々に統括されて今は三つの大国が突出した軍事力を有する三竦みの状況になっていた。

 そんな大陸を、彼らは南西の端から北東の端まで横断しようとしていた。



「……う~ん……」


 とある街の宿屋の食堂にて。

 その青年は少しばかり困った顔で唸っていた。

 年齢は三十歳。黒髪黒眼の精悍な顔つきの青年。黒いアーマーコートに纏い、腰に銘なき魔剣を携えるライド=ブルックスである。


 ライドは一人ではなかった。テーブルには他にも三人の人間がいる。

 まずはライドの隣。四十代前半の男性だ。片角が印象的な戦士だが、鬼人オウガ族であることを配慮しても驚くほどの巨漢である。巨大な戦鎚を傍らに立てていた。

 元傭兵。そして現在は冒険者。C級戦士であるタウラスだった。

 元々強面であるタウラスだが、今は彼もより深い渋面を浮かべていた。


 次いでタウラスの前に座る女性。

 年齢は二十二歳。後頭部で長い若草色の髪を冠状に纏めている美女だ。

 さらに特徴として、スレンダーな肢体に、足にスリットの入った紺色の華衣を纏っている。椅子には真紅の鉄棍を立て掛けていた。


 A級神聖拳士のロゼッタ=フラメッセだった。

 彼女はホットコーヒーを口にしている。香り立つコーヒーは苦いほどではないのだが、今は苦虫を噛み潰したような表情を見せていた。


 そして最後の一人は小柄な少女だ。

 ライドの向かい側に座る十四歳ほどの綺麗な少女。獣人族特有の猫のような耳を持っているが、尾や腕の獣毛はない。彼女が純血の獣人ではない証だ。

 瞳の色は深紫色。髪も同色だ。長さは肩に掛からない程度で、毛先はお世辞にも整っていない。前髪は少し斜めになっていた。

 全身に纏う黒い服はかなり異質で、体に密着する極薄のスーツである。その上に分厚い防寒具のようなコートを羽織り、足には大きな軍靴ブーツを履いていた。

 そして彼女は、左肩にバチモフの分身体であるミニバチモフを乗せていた。

 彼女の名はレオ。二つ名は形無。暗殺者である。


 現在D級魔法剣士であるライドに加え、C級戦士タウラス、A級神聖拳士ロゼッタ。そして冒険者でさえない暗殺者のレオ。


 これが、ほとんど成り行きで結成されたライドの現パーティーだった。

 まあ、ランクはバラバラ。そもそも冒険者でもない暗殺者まで同行している以上、パーティー申請などしてはいないのだが。


「……困ったな」


 ロゼッタ同様に、ライドがコーヒーを口にして言う。


「もう路銀が心もとない」


 幾つかの街を渡って五日目の状況である。


「……ぬう」「……うぐ」


 タウラスとロゼッタが呻く。レオは「にひひ」と笑っていた。

 パーティーメンバーは四人。

 しかし現在、パーティーで使用可能な口座を持っているのはライドだけだった。

 タウラスは海賊に囚われていた元奴隷だ。冒険者に復帰したばかりであり、元からほとんど手持ちがなかった。今の装備も、ライドから借りた金で準備したものだった。

 ロゼッタも一度海賊に捕縛されている。

 その際に口座は海賊に奪われ、手持ちの路銀もほぼなかった。

 そしてレオはレオで暗殺者としての裏口座を使えない状況にあった。

 もう少し大規模な街でなければ手続き出来ないそうだ。

 ライドとしてはかつてA級冒険者だった時の貯蓄もあるのだが、それはすべて愛娘リタの将来のためのモノである。ライドの旅の路銀とは別に扱っている。


 そのため、ライドはこの五日間、D級冒険者として稼いだ金銭だけで、実質無一文である同行者を三人も養っていたのである。


「にひ。無職三人と旅とは大変だな。ダーリン」


 レオがそんなことを言う。


「うっさいわね!」


 一方、ロゼッタが立ち上がって反論した。


「ここまで冒険者ギルドもない小さな街ばかりだったんだから仕方がないでしょう!」


 ダンッとテーブルに手を突く。

 そのせいで冒険者として稼ぐことも出来なかったのである。

 タウラスも腕を組んで「むう」と呻いている。

 ロゼッタにしろ、タウラスにしろ、好きで無一文のままだった訳でないのだ。


「そもそもあなたこそ何なのよ! ライドさんの命を狙う暗殺者の癖に、お金がないからってライドさんにたかるって!」


 言って、ロゼッタはレオを指差した。

 レオは「にひ」と笑う。それから足を組んでライドの方を見やり、


「金は後で返すさ。まあ、そん時にまだダーリンが生きてたらの話だけどな」


 そう告げて、人差し指でライドの首を切るような仕草を見せた。

 彼女はライドの命を狙っていると公言していた。

 ただし、それはただ一度のみ。

 その一度のみに、全身全霊を賭けてライドの命を奪うと。

 今はそのタイミングを、ライドの傍らで見極めているところだった。

 ――と。


「……あのね」


 ロゼッタは呆れたように嘆息し、レオの傍らに立つとひょいっとレオを抱え上げた。

 レオは「は?」と眉をしかめた。


「ライドさん」


 ロゼッタはそのままライドの方を見やり、


「少し椅子を下げてくれる?」


「……オレの椅子をか? 構わないが」


 椅子に座ったままライドは少し下がった。

 ロゼッタは「えいっ」と、レオをライドの膝の腕に放り投げた。

 レオは、横から抱きかかえられるようにライドの膝の上に乗った。


「おい! ロゼッタ! てめえ、いきなり何を――」


 と、言いかけたところで、レオは言葉を詰まらせる。

 息もかかりそうな近距離でライドと視線が重なったからだ。

 ライドは唐突なことに驚きつつも、レオの腰をしっかりと支えていた。

 レオは「あ」と呟いて目を見開くが、すぐに顔を逸らした。

 そうしてライドの膝の上で徐々に肌が赤みを帯びる。肩は微かに震えていた。


「借りてきたネコか! この暗殺系処女が!」


 そんなレオの頭をロゼッタがパァンっと叩いた。


「魔王領にいた時の演技は大したものだったけど、見抜かれて認めちゃった今ではそのメッキも剥がれまくりね」


 そう告げると、ロゼッタはライドの顔を見やり、


「ライドさん。この子って十八なんでしょう? もう今からでもさくっとこの子を倒して抱いてあげなさいよ。そしたらいちいち刺してくる棘もごっそり抜け落ちて今よりずっと丸くなるから」


「……いや、それはな……」


 流石に困った顔をするライド。

 全身全霊を賭けた暗殺に失敗した時。

 レオは依頼者のことを語り、そして敗者としてライドの女になる。

 それはレオが一方的に宣言したことだった。


(発想がシャロンに近いぞ……)


 いや、むしろアロの方だろうか。

 ライドは内心で嘆息した。

 なんとなく何かと拳で語っていた友人ガラサスのことを思い出した。

 ともあれ、この案件は扱いに困る。

 殺されるのは御免被るが、レオを殺したくもない。

 自分の命を狙う依頼者の素性を聞き出さなければならないこともあるが、ロゼッタも言った通り、レオはまだ十八歳なのだ。四年前、禁薬で無理やり成長を止めてまで暗殺者として生きるしかなかった少女なのである。

 甘いと思われようが、やはり殺すことだけは避けたい。

 しかし、そうなると……。


(どうしたものか)


 ライドとしては本当に対応に困っていた。


「うっせえよ!」


 すると、レオがライドの膝の上から跳び下りて叫んだ。


「暗殺のタイミングはおれが計んだよ! こんな化け物と正面かられるか!」


 そう告げて、肩にバチモフを乗せたままレオは走り去っていった。

 ちなみにバチモフはここ数日ずっとレオの傍にいる。

 少女であっても、レオは決して弱者ではない。

 ライドであっても警戒すべき力を持っている。暗殺者としては恐らく超一級だ。

 そのため、眠る必要もない小さな雷獣が常に彼女を監視しているという訳だ。


「……まったくもう」


 ロゼッタは腕を組んで嘆息する。

 そして、


「……好きな人が生きているだけでどれだけ幸せなことだと思ってるのよ……」


 とても小さな声で、そう呟いていた。

 一方、


「……まあ、ともあれ、だな」


 タウラスが口を開く。


「幸いにも、この街には、ギルドもある。仕事をしよう」


「……ええ。そうね」


 力なく頷くロゼッタだった。


 そうして途中でレオも回収して。

 ライドたち一行は、冒険者ギルドまでやってきた。

 中々広いギルドである。冒険者たちの姿も多い。

 ライドたちはまず依頼板オーダーボードに向かった。


「まずは賞金首でも確認しておくか」


 ライドがそう呟く。

 盗賊や犯罪者、または魔獣の討伐。

 リスクは高いが、報酬額もよい依頼だ。

 これに関しては冒険者ランクも関係ない。


「そうね。手頃なのがいるといいんだけど」


 ロゼッタは一人先行して依頼板オーダーボードの前に立った。

 真紅の棍を脇に挟み、まじまじと依頼を確認する。

 ダンジョンアタックの情報。一般的な依頼。高難度の特殊な依頼。

 その中に賞金首の情報も混じっていた。


「小物ばっかね」


 眉をひそめつつ、目を通していく。

 遅れてライドたちも依頼に目を通していく。


「う~ん、あ、これいいかも」


 その中でロゼッタは高額の賞金首を見つけた。

 他とは桁が二つ違う。


「これいいわね。どれどれ」


 これほどの高額。一体どんな罪を犯したのか。

 ロゼッタはその賞金首の似顔絵を見て――。

 十数秒の間。


「………………え?」


 彼女は目を丸くするのであった。



 かくして新たな仲間と共に。

 ライド=ブルックスの冒険は続く。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る