第5話 武闘家リン
――グチャグチャ、ゴキ、バキッと。
骨までかみ砕く咀嚼音が、リタたちの方にまで届く。
街道の先。そこには一頭の獣がいた。
ただの獣ではない。魔獣だ。
それも大熊の二倍はありそうな巨獣である。
「……ガガンドラね」
リタが神妙な声で呟く。
白い獣毛を持つ虎に似た魔獣。種族としてはC級に属する強力な魔獣だ。
「……ここってあんなのが街道に出てくるの?」
他のメンバーと一緒に馬車の荷台から降りつつ、リタが御者に問う。
「い、いいや」
御者はかぶりを振った。
「お、俺も初めて見た。普段は森から出てこねえのに……」
「まあ、街道には魔獣の好物の魔石はないからね」
ライラが金棒を担いでそう呟く。
そんなライラの隣にジョセフが立って、
「……恐らくはあれだな」
長剣を抜きつつ、視線をガガンドラに向けた。
正確にはガガンドラが咀嚼する獲物にだ。
すでに絶命しているが、その獲物もまた魔獣だった。
牡鹿に似た魔獣である。全身が傷だらけだった。恐らく森でガガンドラに襲われ、闇雲になって逃走したが、結局ここで仕留められたということなのだろう。
「これは運が悪いわね」
渋面を浮かべながら、リタが大剣を抜いた。
隣に立つジュリが「ええ。そうね」と頷く。
ジュリは、竜骨の杖を強く握って周辺を確認する。
周囲は草原。馬なら走れそうだが、馬車を引いては難しそうだ。
そもそも馬自身が魔獣に怯えて動けなくなっている。
「迂回も逃走も難しそうね。そもそも」
ジュリは双眸を細めた。
口元を真っ赤に染めたガガンドラは、顔を上げてこちらを見据えていた。
「あいつ、思いっきりガンを飛ばしてるわね。たぶん、私たちに獲物を横取りされるんじゃないかって思ってるんじゃない?」
「……しょうがないわね」
リタは嘆息した。
それから錫杖を両手で握って緊張しているカリンを見やり、
「ガガンドラはあたしたちが迎撃するわ。カリンは馬車と御者さんをお願い。いざとなったら障壁を張って」
「う、うん。分かった」
カリンはこくんと頷いた。
グルルルゥ、と唸り声を上げてガガンドラが身構える。
魔獣の方も臨戦態勢に入ったようだ。
「じゃあ開戦の号砲と行こうかしら」
「ええ。そうね」
リタが大剣の切っ先を、ジュリが竜骨の杖をガガンドラに向けた。
並び立つ少女たちは唱える。
「「
大剣と竜骨の杖から業火の槍を撃ち出される!
第五階位の
二本の炎槍は途中で一つと成って巨大化。ガガンドラに直撃する!
爆炎が上がった。
――しかし。
『ガアァアアアアアアッ!』
多少の火傷は歯牙にもかけず、ガガンドラは爆炎の中から飛び出してきた。
「――おらあッ!」
その頭部を氣で身体強化したライラが金棒で打ち払う!
カウンターの一撃に、巨体のガガンドラも吹き飛ぶことになった。
同時にリタとジョセフが走り出す。二方向からガガンドラを囲う。そこにライラも加わった。ジュリは援護射撃のタイミングを見計らっていた。
(……みんな)
その様子を、カリンは神妙な面持ちで見つめていた。
神官であるカリンは治癒や防御は得意だが、攻撃力は皆無だった。
せめてリタたちに
(頑張って。みんな)
錫杖を強く握り、心の中で応援する。
と、その時だった。
――ふにゅん、と。
いきなり全く想定外の事態が起きたのである。
背後から細い腕が忍び寄って、カリンの胸を上へと押し上げたのだ。
「……………え?」
唐突すぎたことに、カリンが間の抜けた声を零す。
その手はさらに、むにゅむにゅむにゅとカリンの双丘を揉みしだいてくる。
「ッ!? ッ!? ~~~~~ッッ!?」
思わず目を見開き、カリンは悲鳴を上げそうになった。
しかし、冒険者としての理性でグッと堪える。ここでカリンが悲鳴を上げれば戦闘中のリタたちにも届く。それは隙に繋がってしまう。
「……これは中々のモノじゃな」
そんなカリンの心情には構わず、手の主は呟く。
見知らぬ少女の声だった。
「美貌も侮れぬ。あの鬼娘の方もじゃ。動くだけでブルンブルンと凄い迫力じゃな。むむ。果たして
たぷたぷん。むにゅむにゅむにゅん。
未だカリンの双丘を弄びながら、少女は呟き続ける。
「妾の知る実例は一人のみ。仮に幼馴染を参考例にしてもほぼ同程度じゃ。二人ともそう大きくはない。しかし古来より大は小を兼ねると言うしのう……」
「だ、誰ですか! あなたは!」
流石に顔を真っ赤にして、カリンは振り向いた。
少女がようやくカリンの胸から手を離した。
彼女は白いローブで全身を覆っていた。カリンよりもさらに小柄な人物だ。
「まあ、そちらはダークホースとして憶えておくかの。それよりもじゃ」
白いローブの少女は、リタたちに目をやった。
戦闘は未だ続いている。一進一退の攻防を繰り返していた。
リタたちも魔獣も互いに決め手がないようだ。
「……やれやれ、情けない。あの程度のネコにも苦戦するとはのう」
白いローブの少女は嘆息して歩き出す。
戦闘中のリタたちの方へとだ。
「あ! 待って!」
カリンが止めようとするが、少女は進む。
そして堂々と、ガガンドラと対峙していたリタとライラの間を通り過ぎる。
「え? だ、誰!?」「ちょっ!? あんた!?」
リタとライラがギョッとする。ジョセフとジュリもだ。
そんな中、少女はガガンドラを見上げた。
「ふむ。竜虎相まみえるというが」
ローブの下で少女は、皮肉気に口角を上げた。
侮辱されたと察したか、ガガンドラがアギトを開いて少女に襲い掛かる!
――が、
「虎ごときが竜と対等な訳がなかろう」
そう告げるなり、少女は霞む速度で動いた。
そして、
――ズドンッ!
天を衝くような蹴りを繰り出した!
その威力はまさに桁違いだった。ガガンドラの顎を砕いて首をへし折り、さらには巨体を高々と打ち上げたのである。巨体が上空でグルングルンと回転している。
リタたちはただただ目を丸くして見上げていた。
――ズズゥンッ!
数秒後、ガガンドラの巨体が地に落ちる。
呆気に取られるリタたち。
すると、白いローブの少女は軽やかに跳躍してガガンドラの上に立った。
そこで初めてローブを脱ぐ。
秘密のヴェールから解き放たれた人物は十二歳ほどの少女だった。
後頭部で団子状に赤い布で丸められた純白の髪を持ち、黄金の竜の刺繍が施された紫色の衣服を着ている。脚部にスリットの入った華衣と呼ばれる衣装だ。
東方大陸に伝わる独特な民族衣装の一つである。
ただ、少女の特徴はそれだけではなかった。
圧倒的に目を惹くのは、輝くような金色の瞳に、驚くほどに精緻な美貌。
そして頭部から生えた王冠のような黄金の二本角だ。
「……まさか、
驚いた顔でリタがそう呟く。
その角の名は
北方大陸に住むという六種の人類の中で最強と呼ばれる種族の証である。
「見知りおくがよい」
左腕を、すうっと前に。
右拳は砲台のように構え、幼くも美しい右脚を上げる少女はこう名乗る。
「妾の名はリン。武闘家のリンじゃ!」
謎の少女・リン。
彼女の正体は……まあ、誰も知らない。
……同時刻。
東方大陸。とある砂浜を一人の男が歩く。
大柄な体躯に灰色のローブを羽織っている。
その男には目的があった。
そのためにこの大陸に来た。
だが、それを知る者もまた誰もいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます