第4話 迷える愛娘たち

 広大な草原にある一本道。

 地面が剥き出しのほぼ整地されてない道を幌の無い馬車が進む。

 その馬車に乗るのは農民のような恰好の御者。

 そして荷台に座るリタたちだった。

 パーティーメンバーは全員自分の武器を肩に担いで座っている。

 ガタガタと馬車は揺れる。



 さて。

 リタたちの現状がどうなっているのかといえば――。


「今のあたしたちってガチで迷子なのよね……」


 うんざりとした様子で、リタはそう呟いた。

 他の四人も渋面を浮かべている。

 まさにその一言に尽きた。

 現在リタたち一行は迷子になっているのである。

 その原因を作ったのは通りすがりの古青竜エンシェント・ブルードラゴン・グルードゥだった。


「参ったわね。あのドラゴンには」


 ジュリが嘆息した。


 あの日。

 船上で出会ったドラゴンは親切にリタたちを東方大陸にまで送ってくれた。

 それはまさしく風のような速さだった。グルードゥが何か魔法のようなモノで風を遮る防壁を張ってくれていなければリタたちは吹き飛んでいたことだろう。


 本当にあっという間だった。

 驚くことに、リタたちは一日もかからずに東方大陸に到着したのである。


 だがしかしだ。


「まあ、親切だったし、そもそも戦わずに済んだだけでも幸運なんだろうけどね……」


 ボリボリと頭を掻きながら、ライラが呟く。

 後になって大きな問題が発覚したのだ。

 それはリタたちを置いて、グルードゥが早々に飛び去った後のこと。

 とりあえず近くの村にまで移動してからリタたちは初めて気付いたのである。


 確かにここは東方大陸だった。

 しかし、元々船で目指していた港とは完全にずれた位置だったのである。

 そもそも到着した村は港町でさえなかった。普通の農村だった。道中で海が見えなかった時点でおかしいと気付くべきだったかもしれないが、ドラゴンに騎乗して海を渡るという、あまりにレアすぎた状況に全員興奮気味で冷静さが欠けていたようだ。


 ともあれ、リタたちは思い知ることになってしまった。

 人とドラゴンでは時間と距離の感覚にとても大きな差異があることに。

 人にとって三日以上かかるような距離もドラゴンにとってはほんの数秒だ。そのため、これぐらいのズレはグルードゥの感覚では誤差程度のモノなのだろう。

 勢いあまってつい海岸沿いを越えてしまい、たたらを踏んでしまった感じだ。

 リタたちを海岸沿いまで戻すという発想も浮かばなかったようだ。


 こればかりは仕方がない。

 言わば、種族間の常識の違いだった。


 今ここで問題なのは、グルードゥにとっての十数秒の距離であっても人の足で換算するととんでもない距離であるということだ。


 結果、リタたちは相当な内地にまで送られたのである。


「……有難かったけど、流石にふっ飛ばしすぎなのよ」


 海どころか山が見える景色を見やり、ジュリがそう呟く。


「先生、多分まだ東方大陸にも到着してないわよ」


「あはは、そうだね……」


 カリンが頬を掻きながら言う。

 まだ少しだけ夢のせいで心が疼くことを隠しつつ、遠い目をして、


「……うん。明らかに追い越してるよね……」


「……まあ、当初の予定ではそれでも良かったのだが……」


 ジョセフが腕を組んで言う。


「追い越すのならば父君の到着を待てばいい。あのルートで着港する場所も限られていたから予測もつく。仮に行き違いになっても、それぞれの港町の冒険者ギルドに伝言を残せばいずこかで父君と連絡がつくと思っていたのだが――」


「その肝心の冒険者ギルドがあの村にはなかったしね」


 ジョセフの台詞をライラが継ぐ。

 たまに立ち寄る冒険者のためか、宿こそあったが、あの村は本当に小規模だった。

 人口としては百人程度。ほぼ村周辺だけで完結しているような地域である。

 村人に場所を尋ねても近くの街のことぐらいしか分からなかった。

 その街とは半日程度の距離らしい。そこになら冒険者ギルドもあるそうだ。


「まあ、とりあえずその街にまで行くことにしたけど……」


 ライラは小さく溜息をついた。


「そこで地図が手に入りゃあいいんだがな」


「それはきっと大丈夫だよ!」


 どうにもネガティブになっている仲間たちを励ますためにカリンが言う。


「村の人の話だと大きな街らしいし、冒険者ギルドがあるのなら地図は必須だよ! すぐに場所も分かるよ! 場所さえ分かれば港の方に向かえるし、そしたら――」


 そこでポンっと柏手を打つカリン。

 ただ、自分でも気付かずに声を弾ませて、


おじさま・・・・にもすぐに会えるよ!」


 そう告げた。

 一拍の間を空けて。

 全員の視線が「「「え?」」」とカリンに集まった。

 カリン自身も「え?」と小首を傾げた。


「え? カリン?」


 リタが困惑した表情を見せつつ、


「『おじさま』って誰のこと?」


 そう尋ねてきた。


「…………え?」


 カリンは一瞬キョトンとしたが、


「うえっ!?」


 ――ボンっと。

 いきなり顔を真っ赤にさせた。

 そして注目される中、


「ち、違うの!」


 腰を少し上げてカリンは両手を振った。


「『おじさま』ってリタちゃんのお父さんのことで、いや、それも違って――」


 と、おろおろと言い訳をする中、ジョセフがポンと手を打った。


「なるほどな。姫の父君のことをそう呼ぶことにしたのか。このジョセフは『父君』。グラッセは『親父さん』。ホウプスは『先生』。カーラスだけ呼び方が長かったしな」


 と、勝手に解釈してくれるジョセフ。


(………うぐっ!)


 カリンは一瞬だけ迷ったが、それに全力で乗っかることにした。


「そ、そうなの! 私だけ毎回『リタちゃんのお父さん』じゃあ長いかなって! けど『おじさん』じゃ失礼かなって! だから『おじさま』にしたの!」


 それは、ある意味で事実でもあった。

 少なくとも思い出の中の人に対してはその理由で『おじさま』と呼んでいた。

 そのためか、リタたちも納得したようだ。


「まあ、確かに毎回あたしのお父さんって呼ぶのも長いしね」


 と、リタが言う。


「品の良いカリンが言うのなら違和感もないわね。けど」


 続けてジュリがそう呟くが、そこで二人はカリンをジト目で見据えると、


「パパは」「先生は」


 一呼吸入れて、


「「おじさんじゃないわ」」


 声を揃えてそう言い放った。

 乙女たちにとってはその評価に不満があるようだ。まあ、ジュリは以前、照れ隠しで自分も「おじさん」と呼んでいたことがあるのだが、完全に棚上げしていた。


 ともあれ、カリンは「あ、あうゥ、ごめん……」と返して、トスンと腰を下ろした。

 内心では、もっと複雑で困惑した想いを抱えていた。


(なんで? なんで? なんでなの?)


 俯く顔の瞳は、グルグルと回っている。

 墓まで持っていくと決めたばかりなのに、つい『おじさま』と呼んでしまった。

 リタの友人である自分がリタの父を『おじさま』と呼ぶことに不自然はない。

 しかし、カリンにとってその呼び名は特別なはずだったのだ。


(なんで? なんで私……)


 いや、本当は気付いていた。

 確かにあの夢は乙女の妄想の可能性が高い。

 しかし、事実である可能性もあるのだ。

 なにせ、王都ラーシスでの事件なのだから。

 当時、ホルターに住んでいた『彼』があの場にいた可能性はゼロではない。


 ――もしかしたら、本当に『彼』こそが……。

 そんなことを想像する自分がいた。


(け、けど)


 喉を大きく鳴らす。

 カリンの肌が徐々に熱を帯びてくる。


(あ、有り得るのかな? こんなのって……)


 あくまで可能性の話だった。

 今のままでは否定も肯定も出来ない。

 だから、事実を知るためにも『彼』には会ってみたかった。

 会えばきっとはっきりと分かるから。


(も、もしそうなら、本当におじさまなら、私は……)


 心臓がバクバクっと鼓動を打つ。

 と、その時だった。


「……カリン。カリン、聞いているのかい?」


「――ひゃあっ!? ひゃあいっ!?」


 ずっと呼び掛けていたライラの声にようやく気付き、カリンは顔を跳ね上げた。

 仰け反りそうなその勢いに、ライラがギョッとするが、


「考え事かい? しっかりしな。今はヤバ気な感じなんだから」


 そう忠告する。

 カリンが「え」と目を瞬かせると、ライラは視線を前に向けた。

 カリンはライラの視線を追った。

 気付けば、御者も含めて全員が視線を前に向けていた。


 御者は愕然とし、怯えた顔。

 リタたちは全員真剣な表情だった。

 馬車も動揺したいななきと共に足を止めていた。


 カリンも表情を厳しいモノに改める。

 彼女たちの視線の先。

 そこにいたのは――。





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