第27話 妖の神
「とりあえず死ね」
問答無用でレオはそう告げた。
指先をすっと横に薙ぐ。
途端、少女の頭が前に落ちた。
長い髪も首から下が切り落とされる。
ロゼッタはもちろん、タウラスも息を呑む。
「ちょっ!? あなたいきなりすぎるわよ!?」
「うっせえよ」
レオは自分のうなじに手を当てた。
「正直、やべえんだよ。おれの直感が警鐘を鳴らしまくってるよ」
そうして自分が切り落とした少女の首を見やる。
「血も出てねえ。この程度じゃあ死なねえんだろ? 化け物」
「……化け物は酷いなあ」
少女の首が言う。
ロゼッタとタウラスは目を見張り、それぞれの武器を構えた。
それに対し、少女の体は落ちた自分の首を拾い上げると元の位置に戻した。
傷口には根のようなモノが生えて接合していく。
「私は君たちとお話したいだけだよ」
微笑んでそう告げると、
「――ぬッ!」
タウラスが険しい表情で戦鎚を頭上に掲げた。
直後に来る衝撃。ガゴンッとタウラスの両足が地面を打ち砕いた。
タウラスの頭上には巨大な戦斧が振り下ろされていた。
タウラスでなければ即座に肉片になったであろう凶悪な一撃だ。
「――あんたはッ!」
ロゼッタの表情が憎悪に染まる。
だが、ゴーグはロゼッタに見向きもしない。「……チィ」と小さく舌打ちして、
「やっぱ邪魔な野郎だな。このウドが」
後方に大きく跳ぶと、少女の前で着地した。
「やあ! ゴーグ君。護衛ありがとう――って、わわっ!」
感謝を告げようとした少女の顔にいきなり衣服が叩きつけられた。
黒いズボンである。ゴーグが叩きつけたのだ。
「いいから履けよ。変態女が」
ゴーグはそう告げる。ズボンを投げつけられた少女はそれを掴み、
「だってサイズが合わないんだから仕方がないじゃないか」
「だったら早く元に戻せ」
素っ気ないゴーグに少女は頬を膨らませる。
「むむっ! 色んな時代の『ランダ』を君に堪能させてあげようっていう眷属への心遣いなのに酷いな。ゴーグ君は」
と、不満を告げつつ、いそいそと黒いズボンに足を通す。
すると徐々に彼女の姿が変化していった。
四肢が伸びていき、体が成熟していく。
ズボンを履き終える頃には切り落とされた髪も長く伸び、そこには二十代後半の美女が立っていた。ランダ――ザザである。
「やっぱりこっちの方がゴーグ君は好きなのかな?」
「うっせえよ。クソ神」
「うわ。酷い。けど少女の頃のランダもなかなか良かったでしょう?」
悪戯っぽくそう告げて、ザザはゴーグに投げキッスをする。
その一方で、
「ど、どうなっているの?」
あまりの異常事態に、ロゼッタは怒りや憎悪よりも先に困惑を抱く。
背筋に言いようのない恐怖を感じていた。
「……分からん。だが」
そんなロゼッタの前にタウラスが立つ。
いつでも踏み込める構えだ。
「危険な相手だ。途方もなく」
「おっさんに同意見だな」
くるくると指先を回しながらレオが言う。
「男の方はともかく女の方は完全に人外だ。しかもおれが今まで遭遇したことのある人外どもの中でもとびっきりの奴だぞ」
そこで嘆息して、
「出来れば逃げ出してえところなんだが、ここで逃げてもこの森で野垂れ死ぬか、その前に魔獣の餌になるかだしな。生還の可能性が出てきている以上、仕方がねえ。虎の子の残量を捻り出すしかねえな」
そう呟くと、彼女の指先から糸が伸びて形を造っていく。
それはいわゆる拡声器だった。
「まあ、とりあえず」
レオは拡声器を上空に向けると、大きく息を吸い、
『ダァ―――リィンッッ!』
木々が震えそうなほどの大声を上げた。
全員がギョッとする中、
『助けろオオオォ! 嫁の大ピンチだぞオオオッ! すぐ戻って来いイィッ!』
続けて力の限りそう叫んだ。
返答はないが、レオは満足げに鼻を鳴らした。
そして、しゅるりと拡声器は解けていく。
「さァて、と」
レオはゆっくりと前傾の構えを取った。
頭の位置は低く、両手は地に触れそうだ。
獣のような戦闘体勢である。
「ダーリンが帰ってくるまで嫁として踏ん張るか」
そう呟くと同時に彼女の両腕が黒い獣毛に覆われる。まるで獣人族の腕だった。ただ足も獣毛に覆われていた。これは純血の獣人族にもない能力である。しかも爪の代わりに大きな刃が生えている。
さらには臀部からも長い尾が生えた。
蛇のように蠢く三又の尾。その先端には槍の穂先が輝いていた。
どれもレオの宝具――死糸蜘蛛の力だった。
「おっさんとロゼッタも気張れよ。こいつらマジでやべえからな」
レオが警告する。
「うわあ。怖いなあ」
それに対し、ザザが笑う。
「私はただ君たちとお話がしたいだけなのに」
「よく言うぜ。脳に指を突っ込んで何が話だ」
その傍らでゴーグが言う。
「なんにせよこいつらは殺すぜ。あいつもいねえみてえだしな」
「君がご執心の彼だよね。別にいいよ。けど、折角女の子が二人もいるんだよ」
ザザは唇に指先を当てて、レオとロゼッタを見やる。
「封緘領域外に出るにもまだ相当に距離もあるし、君もランダだけじゃあ飽きるだろう? 私は寛容だよ。性欲処理用に確保しておいてもOKだから」
「……余計なお世話だ」
戦斧を担いでゴーグは吐き捨てる。
「それともてめえはこいつらに引っ越しでも出来んのか?」
そう尋ねるゴーグにザザはパタパタと手を振って、
「ああ~、それは無理。引っ越しは出来るけどランダは死ぬよ」
「…………」
仏頂面で沈黙するゴーグ。
ザザは目を瞬かせた。
「いやはや本当に意外だ。君って本当にランダが大切なんだね。失いかけて初めて気付くって奴なのかな?」
そう言って、ザザがクスクスと笑っていると、
「おいおい。待てよ」
ゴーグたちの会話にレオが割り込んでくる。
「意味が分かんねえとこもあるが、勝手に人を性奴隷候補にしてんじゃねえよ」
両手を地面につき、レオはさらに重心を低くした。
そして皮肉気に笑い、
「おれはもう売約済みなんだよ。ロゼッタなんてもっとご立腹だぜ」
「…………」
ロゼッタは何も答えない。
困惑は横に置き、静かな怒りと憎悪を胸に棍を構えている。
レオは「はン」と鼻を鳴らした。
「早んなよ、ロゼッタ。復讐は一方的に蹂躙するもんだぜ」
「…………」
やはりロゼッタから返答はない。
代わりにロゼッタの近くにはタウラスが控えていた。
ロゼッタが暴走しないようにフォローするつもりなのだろう。
「さァてさて」
レオは笑う。
そして暗殺者は告げる。
「そんじゃあ殺し合いと行こうか。化け物ども」
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