第25話 愛しい声

 それは男性の声だった。


(――――あ)


 ティアの鼓動が大きく跳ね上がった。

 そのまま早鐘を打つ。

 レイもまた即座に気付いていた。

 目を見開き、ティアの後ろで口元を片手で抑えていた。

 それは十一年ぶりに聞く愛しい声だった。

 あの頃よりもずっと大人びた声だった。

 当然、今の彼を知るサヤたちもこの声が誰のモノなのかは気付いている。

 全員が人語を話すバチモフに釘付けだった。

 そうして、


「……ライド」


 ティアが彼の名前を呼ぶ。

 すると、


『……ティア?』


 困惑した声が返ってきた。

 ティアの鼓動がさらに跳ね上がる。

 ただ名前を呼んだだけで自分の声に気付いてくれたことに喜びが溢れてくる。


『え? 今のはティアの声か? バチモフからティアの声? どうなってるんだ?』


 そんなことをバチモフは呟いていた。


「――ライド!」


 すると、我慢できなくなったレイがバチモフの背に触れて、


「ライド! ボクだよ! レイだよ!」


 そう叫ぶが、ライドから返答はない。

 どうもライドの周囲に誰かがいて会話しているようだ。


「たぶん声が届いていない」


 ティアが推測する。


「バチモフを召喚して維持しているライドと、いまバチモフに直接魔力を通している私の言葉しか相手に伝わっていないみたい」


「そ、そんなあ……」


 そう呟き、レイは露骨に落ち込んだ。

 ここまではっきりと落ち込むレイは珍しかった。


「ティアさま」


 そんな中、サヤが険しい表情で進言する。


「積もる話は承知しています。ですが、どうか今はあるじさまの現状把握を最優先で」


「うん。分かってる」


 ティアは頷いた。


「ライド。聞いて。いま私はバチモフの本体を通じてあなたに話しかけている」


 そう切り出して、ティアは簡潔に自分たちの状況を告げた。

 ティアとレイがライドを探していたこと。

 アロも合流していること。

 この島にまで来てサヤとシャロンに出会ったこと。

 二人からライドとタウラスの現状を聞いたこと。

 そうしてバチモフを通じて会話を試みたこと。

 ライドも流石に驚いていたようだが、


『……良かった。サヤとシャロンはちゃんと難を逃れていたんだな』


 と、安堵の呟きを零す。自身が危機的な状況でも自分たちを案じてくれることにサヤとシャロンが思わずときめくが、


「早くあるじさまの居場所を!」「う、うん! そうだぞ!」


 と、ティアに催促する。ティアは「うん」と頷いた。


「ライド。あなたは今どこにいるの?」


 その問いに対して、ライドはこう答えた。

 ――今は南方大陸の魔王領にいると。

 そして合流したのはライドを含めて四人。

 タウラスがいたことには全員がホッとする。後はサヤとシャロンが困惑するような名前が挙がるが、ロゼッタの名を聞いた時にはティアたちも驚いた。

 現在、女性二人は席を外しているそうだ。

 ライドとの会話が時折途切れるのはタウラスと話をしているためらしい。

 ともあれ、


「ロゼッタさんも一緒か。これは不幸中の幸いって考えるべきかな」


「……うん。そう思った方がいい」


 レイとティアが頷く。


『脱出自体はどうにかなりそうだ』


 ライドはそう告げる。

 それに対し、ティアは眉をひそめた。

 一つ疑問が浮かんだのだ。


「ライド。どうしてそこが南方大陸の魔王領って分かったの?」


『ああ。それは信頼できる子に聞いたんだ』


 ライドはそう答えた。


『とても博識な子なんだ。この会話とは違う方法だが運よく話を聞くことが出来た。おかげで脱出すべき方角が分かったんだ』


「……そう」


 ライドの話し方に少し違和感――というより直感がムズムズしたが、ライドの声にはその人物に対する信頼感があった。


「私たちはどうすればいい?」


『ティアたちはそのまま東方大陸に向かってくれないか。かなり時間はかかると思うが、オレたちも向かうよ。サヤとシャロンをそれぞれの故郷に連れて行って欲しいんだ。シャロンはガラサスが心配しているだろうし、サヤに至っては一度行方不明になってしまっているんだ。無事を知らせる手紙は送っていてもきっと心配しているはずだ』


 一拍おいて、


『オレたちの方は大丈夫だ。なんとかなりそうだ。ガラサスの故郷で会おう』


「……うん。分かった」


 心配していない訳ではない。

 けれど、ライドが大丈夫と言うのなら大丈夫だ。

 ティアは信頼をもって承諾する。


「ならもう一つ情報を伝えておく。ロゼッタさんについて」


 そう切り出して、ロゼッタの恋人のことを告げた。

 その最期の願いと死を。

 彼の遺体と遺品はこの島で埋葬したことも。


『……そうか』


 ライドも重い声で返す。


『それはオレから彼女に伝えておくよ』


「……ごめん。大変な時に辛いことを……」


『……いや。とても重要なことだよ。彼女にとっては』


 そのまま二人は沈黙する。

 互いに伝えたいことは沢山ある。

 あまりに多すぎて言葉が出てこなかった。


「……ライド」


 それでも逸る心に押されてティアが口を開く。


「リタさんのこと、聞いた」


『……そうか』


「……あの頃に話してくれなかったこと。私、少し怒ってる」


『……ごめん。ティア』


 ライドは謝罪する。


『ティアに相談すべきだと思っていた。けど、オレはずっと迷っていたんだ。結局、あの頃のオレは別れの時になっても何も決めることが出来なかった。ティアに何も伝えることが出来なかった……』


「……ライド。私は――」


 ティアが自分の想いを伝えようとした時、


『――バウゥッ!』


 いきなりバチモフが吠えた。

 そしてへなへなへなと尻尾がしおれていった。

 そのままバチモフ自身も床にへたり込んでしまった。

 どうやら限界が来たようだ。

 舌を出して明らかに消耗している様子である。


「……バチモフ」


 ティアはバチモフの頭を撫でた。


「無茶をさせてごめんなさい。ありがとう」


 そう告げる。バチモフは『バウ』と鳴いた。

 いずれにせよ、バチモフのおかげでライドの現状を知ることが出来た。

 そして何よりも――。


(久しぶりにライドと話せた……)


 唇に指先を当ててティアは俯いた。

 心臓は今も高鳴っている。

 改めて理解する。

 自分がどれほどライドに逢いたがっているのかを。


(……ライド)


 ティアが瞳を潤ませた時、


「――ティア!」


「ひゃっ!?」


 いきなり背後から胸を鷲掴みにされてティアは変な声を上げた。


「一人だけ勝手に『女』の顔になるな!」


 胸を掴んできたのはレイだった。


「ずるいずるいずるいずるいっ!」


 涙目でレイは叫ぶ。


「ボクもライドとお話したかったのに! 全然話せなかったじゃないか!」


「し、仕方がない。これはバチモフに魔力を通した人間しか出来ないみたいから」


 自分の胸を揉みしだくレイを引き離そうとするティアだが、精霊魔法師が勇者に腕力で敵うはずもない。


「だったらボクにも魔力を通させてよ!」


「む、無理。これ凄く難しい。次も出来るかどうか……あ、やめ、ふあっ!」


「ずるいずるいずるいっ! ティアだけずるいっ! 自分だけお話するし、こっそりマーキングもされてたし!」


「だからその話はもうやめて……って、いい加減揉むのもやめて!」


 ティアはレイの顔を両手で押しのけた。


「うるさいっ! 直に触ってみるとやっぱりそこそこあるしっ! これって一割ぐらいはライドに増量してもらったんでしょ!」


「主人に増量されるか。残念だ。私はまだ混じりっけなしに自前だ」


「ん。わっちもだ」


「私もですね」


 と、レイとティアの騒動を傍観するアロたちが言う。


「恋人に揉まれたら大きくなるなんてただの俗説っ! というより全員素でそのサイズは理不尽だと思う!」


 と、ティアが珍しく声を荒らげた。

 その後、レイを宥めるのには相当に苦労したが。


 ともあれ、ティアは久しぶりにライドと会話が出来たのである。

 もちろんライドたちの身は案じつつも、しばらくティアがご機嫌であったのは仕方がないことだった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


おおお……。

ダブルリーチ!


一二三書房WEB小説大賞と、HJ小説大賞後期で『エレメント=エンゲージ』が最終選考に残り、ダブルリーチとなりました!

どちらかに拾い上げていただけると嬉しいなあ(*'▽')


しかし、どちらも落ちるとその時のダメージは2倍どころじゃなく、きっと2乗以上……。

カウンターで黒閃を喰らった日には木っ端みじんになるんだろうなあ(-_-;)


その時はどうか弔いの♡と☆の雨で慰めてください(T_T)


以上、近況報告でした。

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