第24話 尾っぽを立てろ!

 ――ザザザ。 

 大海原を船が進む。

 貨物船ほど大きくはないが、外洋を渡るのに適した鉄鋼船だ。

 いわゆる商船である。



「…………」


 その日。

 レイはとても不機嫌だった。

 場所は商船の一室。

 護衛であるレイたちに割り当てられた部屋だった。

 レイはベッドの上で胡坐をかいていた。

 ずっと無言のまま、ぶっすうと頬を膨らませている。

 今この部屋にはレイ以外に三人の人間がいる。

 アロとサヤとシャロンだ。正確にはもう一頭。バチモフがいる。

 アロは壁に背中を預けて腕を組み、サヤは椅子に腰をかけている。シャロンは別のベッドに座って足をブラブラと揺らしていた。

 ティアだけがいない。

 瞑想すると告げて甲板に出かけていた。

 航海中のこの商船は、元々はライドたちが護衛していた船だった。

 しかし、ライドとタウラスが行方不明になってしまったため、二人の代わりにティアたちが護衛を引き受けたのである。

 急遽のメンバー変更に雇い主はあまり良い顔をしなかったが、新たに加わるのはS級パーティー。しかも報酬は変更なしで構わないということで承諾してくれた。

 現在、この商船は東方大陸に向かっていた。

 耳をすませば船内でも波の音も聞こえてくる。

 そんな中、


「……レイ」


 アロが不機嫌なレイに声を掛けた。


「いい加減、機嫌を直したらどうだ?」


「……うっさい」


 レイはジト目でアロを睨みつけた。


「だってボクだけなんだよ。ボクだけ十一年以上も枯渇状態なんだよ」


 一拍おいて、


「ティアの最近の様子見たでしょう? 明らかに肌艶まで良くなっているし」


「それは……」


 アロは少し声を詰まらせた。


「けど、声だけならレイも聞いたじゃないか」


「声を聞くだけとおしゃべりするのとじゃ全然違うよ!」


 レイは両手を上げて憤慨した。

 それからベッドの上から降りて「バチモフ!」と叫ぶ。

『バウっ!』とバチモフが吠えて、レイの元に駆け寄った。

 レイはバチモフの顔を両手で掴んで、


「お願い! ボクにも繋げて!」


 そう願うが、バチモフは『バウゥ……』と困ったように鳴くだけだった。


「……レイさま」


 サヤが自分の胸に片手を置いて告げる。


「流石にそれはティアさまの魔法技量があってこそだと思います」


「……ムムム!」


 レイが唸る。

 ちなみに今日までの付き合いの結果、サヤはアロとシャロンは『アロさん』『シャロン』と呼ぶが、レイとティアは『さま』付けで呼ぶようになっていた。

 何となくこの二人が正妃と第二妃になるのだろうなあと察したからだ。

 なおシャロンは妹のようであるから名前で呼び、アロは自分と同じように『まずは主君に忠義を』という考えで一歩下がっているような気がしたから『さん』付けだった。

 ともあれ、


「ティアだけずるい!」


 レイは不満を叫んでいた。


「ボクもライドとお話したかったのにィ!」


「うん。わっちもしたかったぞ」


 ベッドに腰を降ろしたまま、シャロンもそう同意するが、シャロンとレイではその重みが全く違っていた。


「シャロンなんてついこないだまでライドと一緒だったじゃないか! ボクなんてもう十一年なんだぞ! もうじき十二年も逢ってないんだぞ! 逢いたいんだよ! 凄く! せめてお喋りぐらいはしたいんだよ!」


 と、切実な声を上げるレイ。

 あれはこの船を乗る前のことだった。

 その夜。全員が集まった宿の一室にて。

 ティアがあることを試したのだ。




「これから向こうのバチモフとのパスを繋げてみる」


 まずティアはそう告げた。

 レイたちはキョトンとした。


「え? どういうこと?」


 レイがそう尋ねると、ティアはバチモフの頭を両手で抑えたまま答えた。


「通信機って知っている? 大国の要所施設にある……」


「あ、それなら知っています」


 サヤがポンと柏手を打った。


「私の故郷にもあります。遠く離れた場所でも会話ができるって」


「うん。ボクも知ってるよ。ソフィア姉が興味津々だったし」


 レイが昔を思い出しながらそう告げる。


「私は知らないな」アロが言う。「私の故郷にもグラフ王国にもなかった」


「わっちは話だけなら聞いたことがあるぞ」


 最後にシャロンが言う。腕を組んで胸を張り、


「あれは地人ドワーフ族が最初に造ったらしいから。母ちゃんが自慢してた」


「最初に造ったのが誰なのかは私も知らないけど……」


 ティアが言う。


「仕組みは昔ソフィアに少し聞いた。あれには魔石以外に電気も使われてるって。私はそれをバチモフに応用できないかって思ってる」


「え? それって……」


 レイは目を瞬かせるが、すぐにハッとして、


「バチモフを通信機にするってこと!? じゃあもしかして!?」


 一拍おいて、バチモフを凝視する。


「ライドと会話ができるかもってこと!?」


「そうなのか!?」


 アロが興奮気味にバチモフに背中に触れる。


「どうやってするんだ!?」


「私の魔力をバチモフに流すの」


 ティアは言う。


「いまバチモフは複数体存在しているから。本体から分身体にまで私の魔力が繋がればもしかすると……」


「会話できるかも知れないってことだね!」


 レイが意気込み、フンスと鼻を鳴らした。


「ならお願い! 他の皆もいい?」


 レイが周囲を見やると、アロもサヤもシャロンも頷いた。


「じゃあ、バチモフの構成に干渉しないように魔力を流してみる」


 ティアはそう告げた。

 そうして瞳を閉じて、


(お願い。通じて)


 ティアは祈るようにバチモフに魔力を流した。

 十秒、二十秒と経過した。

 沈黙が続く。

 さらに一分近く経つが、バチモフに変化はない。


「……やっぱり無理なのかな?」


 レイが無念そうにそう呟いた時だった。


『――バウっ!』


 唐突にバチモフが吠えた。

 全員がギョッとする中、


『バババババババババウゥ――ッッ!?』


 今まで聞いたことのない鳴き声を上げた。


「うわわ!?  なんかバチモフ、ヤバい感じの鳴き方してるぞ!?」


 シャロンが激しく動揺しながら叫ぶ。

 バチモフの全身の毛が逆立った。

 そして、


『――バアアアァウウウゥウっ!』


 一際大きくバチモフが吠えた。

 直後、バチモフの尾がピンっと直立した。


 ティアたちは思わず硬直してしまった。

 流石にまずい事態になったのではないかと誰もが思った。

 だが、その時だった。

 バチモフがアギトを動かして唐突に喋った・・・のである。


『……バチモフ? いきなりどうした? 何があったんだ?』


 ――と。






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