第21話 その頃のライドは➂

 さて。

 その頃のライドは――。


 夜風が頬に触れる。

 ライドは一人、魔王領の上空にいた。

 空からなら魔の森を抜ける方向が分かるかも知れないと思ったからだ。

 エア系の第二階位精霊魔法・空歩エア=レス

 圧縮した空気で足場を造る魔法で空中に立っていた。

 しかし、月と星の明かりで見えるのは広大な森林ばかり。

 草原もなければ大海原の水面の輝きも見えない。

 ましてや街道や都市など影すらなかった。


「…………」


 ライドは表情を険しくする。

 想像以上に厳しい状況だった。

 前回、西方大陸の魔王領に飛ばされた時は運よく近くに遺跡があった。

 それを足掛かりにして突破口を見出すことも出来た。

 人族、森人エルフ族、地人ドワーフ族、獣人族、鬼人オウガ族、竜人ドラゴ族。

 それ以外の世界にまだ知られていない七番目・・・の人類。

 彼らが築いた誰も知らない王国に辿り着けたのもそのおかげだった。

 だが、今回はそんな足掛かりも幸運もない。


「………」


 ライドは空を見上げる。


(星の位置から方角は分かるが……)


 そもそもどの方角に進むのが正しいのか。

 仮に方角を決めて進んでもさらに森の奥に迷い込む可能性があった。

 ――魔獣の生態。

 ――蟲や樹木の種類。

 ――暑さを感じるほどの気温。

 それらの情報からここが南方大陸ではないかという推測は出来る。

 だが、それはあくまで推測だった。

 五大陸以外にも大きな島は存在する。

 人類にとってまだ踏み込めない場所であるのならばそこもまた魔王領だった。

 ここは誰も住んでいない名も無き島という可能性もあった。


(それも最悪だな)


 ライドは眉をしかめる。

 もしそうなら、仮に森を抜けてもこの島からの脱出は非常に難しい。

 島の付近に通りかかった船でも見つけない限り不可能だった。

 それもまた絶望的な問題ではあるのだが……。


「……それは後で考えるか」


 ライドは嘆息した。

 まず優先すべきはこの魔の森からの脱出だった。

 魔獣は確かに手強いが、魔王領には強力な虚塵鬼ウロヴァスも徘徊しているはずだ。

 魔獣とは別種の化け物である。

 個体にもよるが、魔王領の虚塵鬼ウロヴァスはほとんどが上級魔獣にも匹敵していた。


 あの怪物どもは女子供を狙う。

 かつての魔王領ではティアとソフィア。

 そしてレイを狙って現れることが多かった。

 疑似生殖行為をするためだ。少年であるレイまで狙われたのは子供と大人の女性の判別が奴らにはできないからだとライドは思っていた。


 まあ、正しく言えば、虚塵鬼ウロヴァスはその嗅覚でレイの性別を見抜いていただけなのだが、未だレイが女性であると知らないライドに分かるはずもない。

 閑話休題。


「……それに懸念すべきはレオのこともか」


 ライドは地上へと目をやった。

 そこにはタウラスとロゼッタ。そしてあの暗殺者もいるはずだ。


 彼女のことは謎に包まれている。

 歪すぎる暗殺者。

 目的はライドの命であり、誰かに雇われたそうだ。


 だが、ライド自身には心当たりがない。

 ライドが彼女を守るのはそれが理由として大きい。

 それをどうにか聞き出したかった。

 もしかすると昔の仲間やリタにも影響するかもしれないからだ。


「……本当に難題だらけだな」


 ライドはかぶりを振る。

 救援を望めない以上、自分たちでどうにかするしかない。


 ライドは地上へと降りていく。

 とにかく、今は少しでも休もう。

 明日には進む方角を決めて森の中を強行するしかない。運試し同然の決行だが、賭けに出るしかないのが現状だった。そうしてライドはタウラスたちと合流すると、今夜の見張りはタウラスとバチモフに任せて眠りにつくことにした。


 だが、状況が一気に打開したのはその夜だった。

 余談だが、ライド=ブルックスはトラブルに巻き込まれる不運な体質だ。

 そのトラブル体質は勇者にも匹敵し、愛用の魔剣によってさらに補強ブーストされていた。


 しかしながら、同時にライドは天に愛された人間でもあった。

 なにせ、このタイミングで裏社会において『神竜』や『最も神に近い存在』とまで呼ばれている少女と会うことが出来たのだから。




「――ライド!」


 真っ直ぐな空間にポツンとあったドアを開けると、そこは豪勢な部屋だった。

 広大すぎる室内。

 天蓋付きのベッドまである明らかに高貴な人間の住まいだ。本来なら窓の外にはバルコニーがあるのかも知れないが、そこには真っ白な景色だけが広がっていた。

 そして、ドアを開けたライドの名を呼んだのはこの部屋の主人である少女だった。


 年の頃は十二歳ほど。

 腰まである大きくウェーブのかかった純白の髪に、金色の勝気な眼差し。幼くして圧倒的な美貌を持ち、頭部には王冠のごとき多関節の黄金の二本角を生やしている。その角は彼女が竜人ドラゴ族である証だった。金色の眼差しも瞳孔が縦に割れている。

 そして背中が大きく開かれたフリルスカートの黒いドレスを纏っていた。


 ――知識海図ミストライン盟主レディ

 ロザリン=ベルンフェルトである。


「今回は少し早く起動リンクできたのじゃ!」


 満面の笑みでロザリンはそう告げる。

 ライドは少し唖然としていた。


 およそ三ヶ月に一度。

 ライドとロザリンはこの仮初の世界で会っていた。

 だが、今回このタイミングで会合するとはライドも思っていなかった。


「ライド! ライド!」


 ドアの前で立ったままだったライドの片腕を両手で掴む。


「ん? どうしたのじゃ? 今回もあまり時間がないぞ! 今はどこを旅しているのか聞かせてくれ!」


 いつものように冒険譚をねだってくる。

 ライドは少し困った表情を見せた。

 しかし、ロザリンは博識だ。だからライドは正直に告白した。


「……実はな。いまオレは魔王領にいるみたいなんだ」


 一方、ロザリンは数瞬の間を空けて、


「…………え?」


 流石に目を丸くした。

 そうして五分後。

 部屋にある丸テーブルに二人は座っていた。

 ロザリンは「ムムム」と腕を組んで唸っていた。


「それはまた面倒なことになったのう」


「ああ。そうなんだ」


 ライドは嘆息する。


「正直手詰まりだ。運任せで脱出を強行するしかない。何かいい手はないか? ロザリンなら思いつかないか?」


 知識のみならずロザリンは頭脳も明晰だった。

 子供だからなどの先入観は抱かずにライドは助言を求めた。


「……ふむ」


 ロザリンは少し考えて、


「とりあえずライドの現在地なら分かるやもしれん」


 言って、片手を頭上に上げた。

 すると、空中に地図が広がった。


「まさか、これは」ライドは目を見張った。「世界地図なのか?」


 それは五大陸を記した世界地図だった。

 しかもかなり詳細な地図だった。地名や大陸名も記載されている。

 ライドはまじまじと地図を見て、


「大陸名の記載なんて初めて見たな。しかし、何て書いてあるんだ?」


「古代文字じゃ。大地の名には神々の名を与えられることが多い。大陸の名でもある五大神の名は無駄に長いからのう。略すことも間違えることも不敬になるため、いつしか誰も呼ばんようになったのじゃ」


 一呼吸入れて、


「ちなみに魔王領にも神の名が冠されておるぞ。神々がこの地を去る時に封印された悪神どもの名前じゃがな。それぞれの魔王領は悪神どもの封緘領域でもあるのじゃ」


 ロザリンは指を三本立てた。


「悪神どもは主に三種に分類される。まずは『じん』。古竜をも上回る力を持つ戦闘狂の神じゃな。血と力に魅入られた者たちじゃ。次に『ようじん』。こやつらは魔神クラスの強さに加えて、総じて加虐快楽主義でもある厄介な神じゃ。そして――」


 そこでライドの腰の魔剣を見やり、


「最強最悪の『まがつがみ』。『大邪神だいじゃしん』と呼んだ方がそなたには分かりやすいかの。本来、神とは悠久の時を経て超越者へと至った者のことを言う。魔神や妖神も例外ではない。その起源が人であったとは限らんが、いずれにせよ元は命を持っていた者たちじゃ」


 珍しく少し緊張した面持ちで双眸を細める。 


「しかし、大邪神だけは違う。数千年に渡る命あるモノたちの怒りや悪意が沈殿し、自我と形を持つまでに至った狂神くるいがみなのじゃ。天魔であるあれによく勝てたものよ。しかもそなたの魔剣はよもやの神名簒奪まで果たしたようじゃしのう……」


 と、最後は独白のように説明していたロザリンだったが、


「おっといかんな。今は講義の時間も惜しい。本題に入るぞ」


 そう言ってパチンと指を鳴らす。

 すると世界地図に無数の光点が浮かび上がった。

 それは三か所に集まっていた。

 一つは東方大陸の海岸沿い。

 一つは西方と東方の大陸間にある小さな島。

 そして最後の一つは桁違いに大きい。南方大陸の南西の端で輝いていた。

 ロザリンはそれを見て訝しげに眉をひそめた。


「……? 何故じゃ? どうしてあやつらがこんな場所におるのじゃ? それぞれ西方と南方の大陸におるはずなのじゃが……」


「どうかしたのか? ロザリン?」


 ライドがそう尋ねると、ロザリンは「いや」とかぶりを振った。


「気にするな。とにかくライドの居場所は分かったぞ。南方大陸の南西の端。ザザンガルドの森か。南方大陸にある魔王領のようじゃな」


「そうなのか!」


 ライドは目を見張る。


「この光がオレたちの居場所を示しているのか?」


「大雑把に言うとその通りじゃ」


 あえて説明はしないが、これは精霊の流れだった。

 もっとも収束している場所こそ、現在危機的な状況にあるために精霊たちが集結しているライドの居場所だった。


 なお残りの二つはそれぞれ二十万クラスの精霊の集まりだった。

 ――そう。ティアとリタの居場所である。

 この二人の現在の居場所にも疑念を抱くが、それは後回しにしてロザリンはライドを示す大きな光点を指差した。


 それをすうっと東側に引く。


「距離的に森を抜けるには東に十二日ほど進めば抜けることが出来よう」


「――そうか!」


 思わずライドは立ち上がった。


「それはありがたい情報だ! 進む方角さえ分かれば脱出も出来る!」


 これで希望が見えてきた。


「ありがとう! ロザリン!」


 喜びを抑えきれないままライドは感謝する。

 対し、ロザリンはもじもじと視線を逸らして、


「わ、妾は役に立ったかのう?」


「ああ! まさに値千金の情報だ! 最大の懸念事案が解決した!」


 ライドは笑みを浮かべてそう告げる。

 ロザリンはカアアっと頬を赤く染めた。


「そ、そうか! な、なら!」


 恐る恐る両腕を広げて、


「か、感謝を態度で示していいぞ……そ、そのっ!」


 ぎゅうっとして欲しい。

 そんな細やかな願いだったのだが、この仮初の世界は無情だった。

 ふっ、とライドの姿がいきなり消えたのだ。

 ロザリンは「え?」と目を瞬かせた。

 どうやらいつもよりも早く限界時間を迎えたようだ。

 ライドは問答無用で退室させられたのである。

 残されたロザリンは「ムムム」と頬を膨らませるのだった。


 いずれにせよ。

 幼き竜の女神に一条の光を示されて。


 ライド=ブルックスの冒険は続くのである。







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