第18話 魔境への扉

 時間は少し遡る。

 この島に唯一ある小さな街の大通り。

 サヤはバチモフの背中に乗るシャロンと共にその道を歩いていた。

 様々な店舗が並び、行き交う人々も多い。小さくともそれなりに騒々しく活気のある街並みなのだが、彼女たちの表情は暗かった。

 いつも明るいシャロンでさえも明らかに元気がない。

 それも当然だった。


 なにせ、ライドとタウラス。

 彼女たちの愛する人と、大切な仲間が現在行方不明だからである。


(なんてこと……)


 サヤは強く唇を噛んだ。

 それは三日前のこと。

 この島のダンジョンに潜った時のことだった。

 そこで一人の冒険者と出会った。


 ――D級戦士のレオ。

 ダンジョンの最下層にてたった一人で中級魔獣と戦っていた彼は、サヤたちが加勢して魔獣を討伐した後にそう名乗った。


(彼は何者だったの……?)


 サヤは眉をひそめた。

 事件は彼が殺されてから・・・・・・・・始まった。

 …………………………。

 …………………。

 ……………。



「おい。邪魔だ。どけよ」


 そう言って、その男は戦士レオを殺した。

 たまたま彼がライドと自分の間に立っていただけ。

 そんな理由で、その男は支柱のような巨大な斧でレオの頭部を薙いだのだ。

 どう見ても即死だった。

 事実、肩から頭部を失ったレオの体は血を噴き出してその場で倒れた。

 一瞬で場が凍り付く。


「――よう」


 突如、ダンジョンの最下層に現れた男はライドを見据えて笑った。

 恐らくは鬼人オウガ族だ。タウラスにも劣らないほどの巨躯。そんな大男が巨大な斧を肩に担いで親しげに笑っていた。


「お前たちは何者だ?」


 ライドが問う。

 その大男は一人ではなかった。

 海賊の風貌を持つ数人の男たち。

 女性の姿もあった。二人だ。彼女たちは印象的だった。一人は真紅の棍を持つ華衣を着た武闘家。そしてもう一人は隻眼で蛇腹剣を携えた海賊のような女性だった。

 先頭の大男とこの二人は格が違う気配を放っていた。


「おいおい。ひでえな」


 大男は額に手を当てて笑みを深めた。


「こっちはずっとずっとお前のことを想い続けてたんだぜ」そこで唸り声を上げて警戒するバチモフを指差す。「そこのワンコロにこの傷を刻まれたあの日からなあ」


 と、言ってから「ん?」と首を傾げて、


「ああ、そっか。そういや互いに名乗ってもいなかったな。こいつは済まなかったな。俺の名前はゴーグだ」


 大男――ゴーグは凄惨なほどに口角を上げた。


「お前を殺す男の名だ。海賊島で一度だけ会っただろ。そんで後ろにいんのは俺の女と部下どもって訳だ」


 そこでサヤとシャロンは「「……あ」」と呟きを零した。

 いま思い出したのだ。あまりに風貌が変わっていてすぐには気付けなかった。

 タウラスは険しい表情を見せている。

 当然だ。タウラスにとっては仲間の仇である。


「……そうか」


 一方、ライドは双眸を細めた。


「あの時の海賊か。お前の方は分かった。オレも名前ぐらいは名乗っておこう。オレの名はライドだ。しかし、そっちは何者なんだ?」


「……あン?」ゴーグが眉をひそめた。「どういう意味だ?」


「そこで死んだふりをしている奴のことだ」


 ライドは魔剣の切っ先をレオの遺体に向けた。

 ゴーグたちはもちろん、サヤたちも困惑した表情を見せた。


「不安要素は消しておきたい。返答がなければこのまま攻撃するぞ」


 そう警告する。と、


「……恐ろしい奴だな」


 レオの遺体が頭部もないのにそう返してきた。

 流石にゴーグも含めて海賊たちもギョッとした。

 当然、サヤたちもだ。

 そんな中、遺体が立ち上がった。

 そうして全身から糸のようなモノが噴き出して頭部を形作っていく。同時に鎧や長剣の形が崩れて、代わりに黒いフード付きのコートを生成していった。

 数秒後、そこには戦士レオとは似ても似つかない男が立っていた。

 防寒具のような深い紫色のコートを纏い、フードを深々と被った人物だ。


 ――コツコツコツ。

 ライド以外が唖然とする中、フードの男は横に移動していく。


「どうして私が生きていると気付いた?」


「血の匂いだ」


 フードの男から目を離さずに、ライドは言う。


「あれだけの出血で血の匂いが一切しなかった。バチモフも気付いていたぞ」


『……バウウゥ!』


 フードの男に唸り声を向けるバチモフ。


「……匂いか」


 男はフードの下で嘆息した。


「それは課題だな。招かざる客どものせいで不意打ちの偽装も台無しだ」


 男はゴーグたちを一瞥した。


「目撃者も一人二人程度ならば見逃してやっても良かったのだが、この人数は流石に面倒だ。悪いが全員ここで始末させてもらうぞ」


「おいおい」


 ゴーグが鼻を鳴らした。


「そもそもてめえはどこのどちらさんなんだよ。いきなり出てきて随分と愉快なことをほざいてくれてんじゃねえか」


「私からすれば、お前たちの方こそいきなりなのだがな」


 淡々とした声でフードの男はそう返す。

 場が一気に緊張した。

 そうして――……。




(結局)


 歩きながらサヤは嘆息した。


(戦闘は大乱戦になった。タウラスさんはゴーグという男。シャロンは隻眼の女海賊。私は『ロゼッタ』って名乗った武闘家の相手をすることになった)


 バチモフは残った海賊たち。

 そしてライドはフードの男の相手をした。

 遠目にもその戦いは異様だった。フードの男は武具を使わなかった。代わりに体の至るとこからか刃が飛び出し、さらには体の一部が魔獣に変わったこともあった。


 ――あれは人間じゃない。

 サヤはそう思った。


 あらゆる武具。

 あらゆる防具。

 あらゆる魔獣を混ぜ合わせたような存在である。


 いかなる形にも成れるゆえに形の無い怪物だった。

 例えば背中から生える無数の触手。その先端は刀剣と化している。

 それらは絶えずライドを襲っていた。

 すでにフードの男は人の形さえも放棄しつつある。

 予備動作が全く無い攻撃に、流石にライドも苦戦していた。


 しかし、彼に助力する余裕がサヤにはなかった。

 ロゼッタが想像以上に強かったからだ。

 武の力量はサヤよりも上だったかもしれない。しかも神聖魔法も使えるようで多少の傷はすぐさま回復させていた。何よりも彼女は覚悟が違っていた。ロゼッタにはどこか死に物狂いの気迫があった。客観的に見ればむしろサヤはよく凌いでいた方だ。


 一方、シャロンも苦戦していた。あの海賊女も強い。特に中距離を制する蛇腹剣とは相性が悪かったようで、シャロンは『むがーッ!』と叫んで中々懐に跳びこめずにいた。


 一番活躍していたのはバチモフだった。海賊たちを次々と倒している。

 だが、それ以外の戦況は拮抗していた。

 そしてそんな事態が大きく変わったのはゴーグのせいだった。


『邪魔すんじゃねえよ! ウド野郎が!』


 立ちはだかるタウラスに苛立ったようで斧を地面に叩きつけたのである。

 足場を揺らし、その隙にライドの元に行くつもりだったのだろう。

 だが、そこで想定外のことが起きる。

 揺らすだけだったはずの足場に亀裂が奔り、一気に砕け散ったのだ。

 これは誰も想像していなかった。

 まさか最下層の下に、さらに空間があるとは考えてもいなかったのである。

 そしてそこに罠が待ち構えていたことも。


『――まさかこれは!』


 その最悪の罠に真っ先に気付いたのはライドだった。

 次いでバチモフだ。バチモフは崩れ落ちる岩場に次々と跳び移り、一番近くにいたシャロンを背に乗せて元の階層まで跳躍した。

 そしてライドは、


『――サヤ!』


 自分の身よりも彼女のことを優先した。

 破壊された中央部にいたタウラスはどうしようもない。

 だから、せめてサヤだけでも助けたのだ。

 激しい風が吹きあがり、サヤの体は元の階層まで吹き飛ばされた。

 そうして数秒後に放たれる眩い光。

 サヤとシャロンが青ざめた顔で下層への穴を覗き込むと、そこには誰の姿もなかった。


 ゴーグや海賊ども。シャロンと戦っていた女海賊も。

 ロゼッタや、あの形の無い怪物もだ。

 そして、タウラスとライドの姿もそこにはなかった。


 サヤたちは言葉を失った。


(あれは転移の宝具だった……)


 サヤたちは最下層を調査した。

 そうして奥の台座に固定された黒い箱を見つけたのである。

 ダンジョンにおける最悪の罠。

 一度限りの強制転移だった。

 その多くは魔王領に飛ばされると聞いたことがある。


(……あるじさま)


 サヤは拳を強く固めた。


 魔王領とは人類が管理できていない魔境の総称だ。

 広大な大樹海もあれば砂漠もある。凍えるような雪原もだ。

 人類が開拓や開発に未だ踏み込めない苛酷かつ広大な大自然。

 各大陸や島のそういった地域を『人類未踏領域』と呼んでいた。

 どこの領域であっても最低ランクで中級以上の魔獣が跋扈しており、深層部になるほどに強大な上級魔獣が現れるという凶悪な危険地帯だった。


 魔獣が王のように君臨する領域。

 それが魔王領の語源とも言われている。


 しかし、そこには莫大な資源や魔石の鉱脈、神代の遺跡も多く眠っているとも言われている。そのため一攫千金を狙って腕に覚えのある冒険者たちが挑んだり、大国から調査隊が派遣されたりもしているそうだが、表層の領域で命からがら逃げ帰るか、そのまま二度と帰ってこないケースばかりだった。過去において深層部にまで入り込んでなお生還したのはわずか六人だけだという話である。


(それこそ大邪神なんて存在までいるような魔境……)


 そんな場所にライドたちは飛ばされてしまったのである。

 どうにか救出できないのかと、冒険者ギルドに協力を要請してサヤたちは最下層を何度も調査した。しかしながら新しい発見はなかった。

 転移の宝具は回収したが、すでに機能を停止している。宝具に詳しい人材もこの島にはおらず、この島の冒険者ギルドの規模ではこれ以上の調査は不可能だった。


(時間がかかっても東方大陸に行って大規模なギルドがある街に行った方がいい? そこなら宝具の専門家もいるかも知れない……)


 しかし、本音を言えばここから離れたくない。

 ライドたちが心配で堪らないのだ。

 サヤは決断できすにいた。

 すると、


「……サヤ」


 シャロンがサヤの顔を見つめて言う。


「元気出せ」ポンポンとバチモフの背中を叩き、「バチモフがここにいるってことはまだライドは無事なんだ。タウラスも強いから大丈夫だ」


「……そうね」


 シャロンに励まされて、サヤは微笑んだ。


「二人とも強いから。特にあるじさまは一度生還されているんだし」


 そう言って、自分の心を鼓舞する。

 奇しくもライドこそが生還したことのある六人の一人だった。


 と、そんな時だった。


『――バウッ!』


 いきなりバチモフが大きく吠えたのは。

 それも勢いよく立ち上がってである。

 背中に乗っていたシャロンは「のわっ!?」と振り落とされてしまった。

 それにも構わず、バチモフは凄い速さで走っていく。

 バチモフの向かう先には冒険者ギルドがあった。

 サヤたちは数瞬ほど唖然としていたが、


(――まさか!)


 バチモフは主人の気配か匂いを感じたのではないか。

 その可能性に居ても立っても居られなくなったサヤは走り出した。

 シャロンも痛いのを我慢してサヤの後を追った。

 冒険者ギルドへと向かって。



 こうして。

 サヤたちは遂に彼女たち・・・・と出会ったのである。






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