第17話 運命の出会い

 同刻。

 とある小さな島の冒険者ギルドにて。

 食堂も兼ねた一角。丸テーブルの一つを囲ってティアたちは座っていた。

 まあ、囲うと言っても座っているのはティアとアロだけだが。

 全体的に人もかなり少ない。

 東方大陸へと中継地点のような島なので冒険者の数も少ないようだ。

 二人の視線は、ずっとギルドの受付に向いていた。

 そこでは受付嬢とレイが長く話し込んでいる。

 もう十五分ほどか。

 そうしてさらに五分経ってから、レイがティアたちの元に戻ってきた。


「ごめん。時間がかかった」


 椅子に座りながら、レイが謝罪をする。


「『ロゼッタ』という人物のことは分かったのか?」


 アロがそう尋ねると、レイは「うん」と頷いた。


「各冒険者ギルドは定期的に情報共有をしているからね。おじさんとその人は二年ぐらい前からコンビで行動していたみたいだから分かったよ」


 そう前置きしてから、


「『ロゼッタ=フラメッセ』。おじさんと同じA級冒険者だったよ」


 そう切り出して、ロゼッタの特徴を告げていく。

 職業は神聖騎士。得意な武具は棍。どちらかと言えば武闘家に近い。

 亡くなったあの男性とは師弟関係だったようだ。


「それにたぶん恋人同士だったんだろうね」


 と、レイは言う。

 男女のコンビは恋人同士でもあることが非常に多い。


「そうなのか? 随分と年が離れていないか?」


 そう告げるアロに、レイもティアも呆れた表情を見せた。


「それ、アロが言うの?」


「この中であなたが一番ライドと年が離れているのに」


「え? あ、いや」


 アロはブンブンとかぶりを振った。


「だって主人はかなり若く見えるから。童顔とは言わないが、何というか精神的に老成した二十代前半みたいな雰囲気がして……」


「アハハ、ライドらしいや」


 レイは笑う。が、すぐに表情を真剣なモノに改めて、


「まあ、話を戻すけど、ロゼッタさん。あの船にいなかったってことは海賊に攫われたんだよね。二十代前半でしかも結構な美人らしいから……」


 神妙な声色で言う。

 この場には女性しかいない。

 レイもその先は口にはしたくなかった。

 代わりに小さくコホンと喉を鳴らし、


「けど、朗報もあるよ。ボクたちにとっての最重要案件」


「「っ!」」


 ティアとアロがレイに注目した。

 レイは「ふふん」と鼻を鳴らしつつ、大きな胸をたゆんっと反らした。


「ライド今この島にいるって!」


 そう断言した。

 流石にティアもアロは身を乗り出した。


「やはりそうなのか!」


 アロが、キラキラと瞳を輝かせる。


「この島にいるような気はしてたんだ! だって、このギルドなんて微かにだけど主人の匂いがしていたからな!」


「……そう。ライドが……」


 椅子に座り直し、微かに頬を朱に染めるティア。


「今はダンジョンアタックに行ってるみたい」


 レイも少し興奮気味に言う。


「帰ってきたらここに寄るはずだよ。ボクたちのことも受付さんに伝えたから。ライドにも伝わるはずだよ」


 胸に片手を当てて息を吐き、


「ようやく、ようやくだよ……」


 レイの心臓もまた激しく高鳴っていた。

 アロも椅子に座り直すと、唇に指を当てて視線を逸らし、尾を激しく振っていた。

 三人とも見事に乙女の顔になっていたが……。


「ま、まあ……」


 レイが両手で顔をほぐしながら改めて言う。


「ライドとの再会は目前だってこと。ロゼッタさんのことはライドとも相談したいんだ。ロゼッタさんを攫った海賊も追わないといけないし」


「……うん」


 ティアが頷く。


「私もそれに賛成」


 と、ティアが賛同した時だった。


「―――ッ!」


 ――ガタンッ、と。

 いきなりアロが椅子を倒すほどに勢いよく立ち上がったのである。

 ティアとレイ、ギルド内にいる数少ない冒険者たちも少し驚いてアロに注目した。

 アロは目を見開いてギルドの入り口を凝視していた。


「……この匂いは!」


「―――え」「う、うそ! まさか!」


 瞬時に察したティアとレイは動揺する。

 反射的に二人揃って自分の髪を梳かし始めた。

 そして、


『――バウっ!』


 勢いよく入り口から巨大な犬が跳び込んできた!

 その犬のことは、ティアもレイもよく知っていた。

 アロは嗅ぎ憶えのある匂いに目を瞬かせていた。


「バチモフッ!」


 立ち上がってレイが叫ぶ。


『――バウっ! バウっ!』


 バチモフがレイに跳びついた!

 そしてレイを押し倒し、ベロべロと大きな舌でレイの顔を舐めた。


「わわわっ! やっぱりバチモフだ! なんか随分とちっこくなってるけど!」


 レイの知っているバチモフはもっと巨大だ。

 しかし、この犬は間違いなくバチモフだと直感が告げていた。


「本当にバチモフなの?」


 ティアが立ち上がり、バチモフの背中を撫でた。

 するとバチモフは顔を上げて、今度はティアに跳びついて頬を舐め始めた。

 ティアは困った顔でされるがままになっている。と、


「こら。お前」


 アロがバチモフの腹を両手で抱えあげた。

 このサイズでも相当に巨大なのだが、流石は獣人族の腕力だった。


「私のことは憶えているか? たぶん私が神狼化した時に戦ったと思うんだが?」


 神狼化するとアロは記憶が曖昧になるのだが、この匂いは憶えていた。

 すると、『バウっ!』と吠えた。盛大に尻尾を降っている。

 どうやらバチモフの方も憶えているようだ。


「けどさ!」


 レイが瞳を輝かせて立ち上がった。

 同じく押し倒されていたティアの手を取って立ち上がらせて、


「バチモフがここにいるってことはライドもすぐ傍に――」


 そう言おうとした時だった。


「バチモフ!? いきなりどうしたの!?」


 いきなり女性の声がギルドの入り口から飛び込んできた。


「まさかあるじさまを見つけたの!? 二人が戻ってきたの!?」


 そんなことを叫びながら一人の女性が慌てて入って来る。

 とても綺麗な女性だった。

 四肢には黒い防具。和装を纏い、艶やかな黒い長髪を後頭部で結いた女性だ。

 腰に刀を差した十代後半の美少女である。


「バチモフ!? 何するんだ!? 痛かったぞ!?」


 女性の声は他にもあった。

 黒髪の女性とほぼ同時に入って来た少女だ。

 年は隣の女性よりも少し下か。十代半ばのように見える。

 横髪のみが長い翡翠色の髪。

 オーバーオール姿であり、ヘルムを被っているので恐らく地人ドワーフ族か。

 ティアよりもさらに小柄なのも種族の特徴だ。

 そして黒髪の少女とタイプは違うが、彼女もまた美しい少女だった。


「いきなり落とすなんて酷いぞ!」


 そう叫ぶ地人ドワーフ族の少女だったが、アロに抱っこされているバチモフを見つけて

「へ?」と目を丸くした。黒髪の少女もその光景に眉根を寄せている。


 一方、ティアたちも困惑していた。

 この少女たちは誰なのか?

 言葉にせずとも顔にそう出ていた。

 すると、


「え? えええっ!? う、うそおっ!?」


 黒髪の少女が口元を両手で抑えて目を見開いた。


「ティアさん!? ティア=ルナシスさん!?」


「―――え」


 いきなり名前を呼ばれてティアが目を丸くした。


「え? どうして私の名前を――」


 と、尋ねようとした時、


「そうなのか!?」


 もう一人の少女が黒髪の少女の顔を見て叫んだ。


「あれが『ティア』なのか!? じゃあじゃあ! あっちが『レイ』なのか!」


 黒髪の少女の羽織を引っ張りながら、レイを興奮気味に指差した。

 しかし、黒髪の少女はかぶりを振って、


「ううん。たぶん違うわ。魔剣の記憶だとレイくんは男の子だったし」


「ん? なに言ってるんだ?」地人ドワーフ族の少女は小首を傾げた。「叔父おいちゃんは『レイ』は女だって言ってたぞ」


「――ええ!? そうだったの!?」


 そんなやり取りをしている。

 ティアたちはますますもって困惑した。

 が、そんなティアたちに構わず地人ドワーフ族の少女は走って近づいてくる。

 そして、


「『ティア』! 『ティア』なんだな!」


 ティアの両手を取ると、満面の笑みで確認してくる。


「あ、うん。そうだけど……」


 ティアが頷くと、少女の笑みは輝きを増して、


「わっちはシャロンだ! シャロン=ゴウガ! ガラサス=ゴウガの姪だ!」


「………え?」


 流石のティアも何を言われたのかすぐには理解できなかった。

 代わりにレイが「えええッ!?」と愕然とした声を上げた。


「シャロンちゃん!? ガラサスの写真の姪っ子ちゃん!?」


「――うん! そうだ!」


 地人ドワーフ族の少女――シャロンがレイにも笑顔を見せる。


「やっぱりそっちが『レイ』なんだな!」


「……なあ。話が見えんのだが……」


 と、バチモフを抱えたまま完全に取り残されたアロが呟く。


「後で色々お話をしよ! けど今は!」


 レイの驚愕もアロの困惑も振り払ってシャロンはティアを見つめる。


「なあなあティア!」


「な、なに? シャロンちゃん」


 いきなり親戚の子と会ったような気分になりながらティアが答えると、


「なあなあ! わっちもライドといっぱいエッチをしてもいいか! わっち、もうライドの女なんだ! 赤ちゃんもいっぱい欲しいんだ!」


 ……………………。

 ………………。

 …………。

 数秒の沈黙後。

 ティアと、レイと、アロの顔から表情がすっと消えた。

 アロは手も離してバチモフは床に落とされた。

 すると、


「シャ、シャロン!?」


 青ざめた顔でもう一人の少女が駆け寄って来た。


「色々端折りすぎだよ! そのっ、あのっ!」


 ただ、彼女も大分混乱していたようだ。

 ティアの前で正座すると刀を横に置いて、


「サ、サヤ=ケンナギと申しますっ!」


 三つ指をつき、ゆっくりと頭を下げた。

 そして数秒後、顔を上げて、


「こ、この度は我があるじであるライド=ブルックスさまからご寵愛を賜りたく、正妃であらせられるティアさまにお願いの義があり参上いたしました! どうか私めとシャロンが側室の末席に加わるご許可を頂きたく、何卒よろしくお願い申し上げます!」


 彼女は彼女で相当に混乱している。

 瞳をグルグルと回転させながらそんなことを願う少女――サヤであった。







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