第16話 空へ羽ばたく

 流石に。

 その名前を聞かされてはリタも唖然とするしかなかった。

 どうしていきなり現れたドラゴンが父の名前を口にするのか……。

 リタに分かるはずもない。

 頭の中はパニック状態だった。

 それでも、


「ち、父をっ!」


 リタはどうにか口を動かして叫んだ!


「父を知っているんですか!」


『……ぬ?』


 すると、ドラゴン――グルードゥが双眸を細めた。


『何だ? 寵姫ではなく娘であったのか。ではそこの娘はヌシの姉妹か?』


 グルードゥはジュリを一瞥した。

 ジュリは口を開けて硬直していたが、そこでハッとして、


「い、いえ! 私は義母ははです!」


「か、勝手に義母ははを名乗るな! 同盟忘れたの!」


 この状況でもツッコミを入れるリタに、ジュリは「つ、つい」と返してから、


「その、わ、私はライド=ブルックスの弟子です。そ、それより、あなたは先生を知っているのですか?」


 リタと同じ問いかけをグルードゥにする。

 一方、軽い掛け合いによってライラたちの硬直もようやく少し解けた。


『知っておるぞ。当然だ』


 言って、グルードゥは自分の眉間を爪でコツコツと突いた。


『この傷を付けた者。それがライド=ブルックスだ』


(パパァ―――ッ!?)


 流石にリタは言葉を失った。


(なんで古竜に向こう傷なんて付けてるの!?)


 口をパクパクと動かすリタ。

 全く同じツッコミを心の中でしているのか、ジュリも口を動かしていた。

 すると、


「ま、まさか、怪我の仕返しを……?」


 カリンが口元を押さえてそう呟いた。

 全員が緊張した様子を見せる。

 石像のようになっていた他の冒険者たちもだ。

 もし復讐が目的ならば相手がいようがいまいが、この船ごと沈められかねない。

 しかし、グルードゥは、


『フハハハハハ!』


 天に向かって高らかに笑う。


『そのようなことをするはずもなかろう。あやつは我が認めた英傑ぞ』


 コツンと再び傷を爪で突き、


『この傷はその証よ』


「え? じゃあどうして父のことを……」


 リタが困惑しつつそう尋ねると、


『ふむ。英傑に試練を与えるのが竜種の宿業というのは知っておるか?』


「……それならば」


 その時、ジョセフが口を開いた。


「竜に挑むのは騎士の誉れ。古代より英傑は竜に挑むものと承知しております」


『うむ。若き騎士よ』


 グルードゥは嬉しそうに頷く。


『心得ておるではないか。いかにもその通りよ。そして竜種に認められた英傑には褒賞を贈るものなのだが……』


 そこで困ったように息を吐いた。

 人間でいうところの溜息である。

 だが、それだけで冷気が奔り、リタたちを含めて冒険者たちは震えあがる。

 すでに何人かは腰を抜かして崩れ落ちていた。


『いささか問題があったのだ。常ならば英傑の方が竜種の住処に赴き、挑むことが多いのだが、我らが対峙したのは海上であった』


 そこでかぶりを振る。


『残念ながら褒賞となる宝を持ち歩いてはおらなんだ。結局、褒賞としては近くの船にまで送る程度しか出来なかったのでな』


 そう告げると、グルードゥは喉を大きく膨れ上がらせた。

 そしてゴドンッと何かと吐き出した。

 リタたちも含めた全員がギョッとした。

 それは人間が五人は入れそうな宝箱だった。

 ギギギッとゆっくり開かれる。

 そこには溢れるほどの金銀財宝。

 さらに幾つかの宝具らしき武具や道具があった。


『これを届けに来たのだ』


 グルードゥは言う。

 リタたちは言葉もない。逆に冒険者たちはあまりの財宝にざわついていた。

 下手をすれば小国の国家予算クラスの財だった。


『ライド=ブルックスの娘よ』


「は、はい」


 グルードゥに呼ばれて、リタが返事をする。


『どうも我自らが動くと不要な騒ぎを引き起こすようだからな。代わりにこれをヌシの父に届けてくれぬか?』


「ええッ!? これを!?」


 リタは改めて宝箱を見やる。はっきり言って小舟サイズだ。


「は、運ぶのにはちょっと……」


「……まあ、確かにそうだね」


 腕力には自信があるライラでさえ顔をひきつらせていた。


「流石にこの量は私でも無理だよ。馬車でも怪しいよ」


『……うむ。そうだな』


 グルードゥは双眸を細める。


『ライド=ブルックスの娘よ。宝の中に白銀色の腕輪があるはずだ』


「え?」


 リタは困惑しつつも宝箱に近づく。

 高さはリタの胸辺りまである。改めて小舟のようだと思った。


「えっと……」


 キョロキョロと探していると、ジュリが隣に来て、


「あれじゃない?」


 宝の山の一角を指差した。金貨の上だ。そこには確かに白銀色の腕輪があった。蒼い宝玉がついている。

 リタはそれを手に取った。


「あの、これですか?」


『うむ。それだ。手首に嵌めて箱に触れてみよ。そして「夜が来たりて」と唱えよ』


「は、はい」


 グルードゥの指示通りに、リタは腕輪を左の手首に嵌めた。

 そして箱に触れて「夜が来たりて」と唱えると、


「―――え」


 思わず目を剥いた。

 いきなり巨大な宝箱が消えたのだ。

 驚いて腕輪を見やると、蒼かった宝玉が赤く変わっていた。


『格納したのだ』


 グルードゥは言う。


『「星々の箱アスタリア」という宝具だ。一種のみだが道具を格納できる。今のように箱や布に一纏めにしておれば複数品でも可能だ。格納容量の上限は山三つ分ほどか。格納されたモノが劣化することもない』


「うえっ!? なにそれ!? めちゃくちゃ便利!」


 リタは左手を掲げて目を瞬かせた。

 これにはジュリたちも驚いていた。傍観者になっていた冒険者たちも「「おお……」」と感嘆の声を上げている。


『それは届ける代価としてヌシにやろう』


「――ホントっ!」


 リタは思わずキラキラとした眼差しを向けた。

 これは破格の宝具だった。

 冒険者にとってこれほど有り難い道具もないだろう。


「けど、取り出すにはどうすればいいの?」


『解き放ちたい場所を指差して宝玉に触れつつ「朝日よ。昇れ」と告げればよい。他に補足として食物は可能だが、生物の格納は無理だ。憶えておくがよい。さて』


 おもむろにグルードゥは両翼を広げた。


『これで我の用件は済んだ。そろそろ我は去ろう』


「あ、はい」


 と、リタが頷くが、そこでハッとする。


「あの! 凍った海とかどうなりますか!」


『ぬ? 二、三日もすれば自然と溶けるぞ。船を傷つけてはいないはずだ』


 グルードゥはそう答える。

 どうやら航行には支障はないようだ。食料も充分に確保しているはずなので三日程度の遅れならば許容範囲内だ。しかし、今の状況で――といよりも心情的に――三日も遅れるのはあまり望ましいことではない。早く東方大陸に到着したいのだ。

 その気持ちが知らずの内にリタの表情に出ていた。

 すると、グルードゥは『……ふむ』と頷き、


『急ぎなのか?』


「あ、はい」


 とても気軽に聞かれたため、リタも反射的に答えていた。


『どこまで行くつもりだ?』


「えっと、東方大陸なんですが……」


『ふむ』グルードゥは首肯した。『近いな・・・。一日程度の距離か』


「え? いや、とてもそんな距離じゃあ……」


 リタが困惑していると、グルードゥは鎌首を下げて、


『乗れ』


「―――へ?」


 リタは目を瞬かせた。

 対し、グルードゥはこう告げる。


『これも代価だ。東方大陸まで我が送ってやろう』


 …………………………。

 …………………。

 ……………。

 十数秒の沈黙の後。


「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ―――ッ!?」」」


 驚愕の声を上げる星照らす光ライジングサンの一行だった。







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