第14話 同盟結成

 リタたちの旅は順調に進んでいた。

 大規模な港町でもあるラスラトラス王国の王都マハラ。

 そこに到着し、早速情報収集に勤しんだ。

 結果、ライドとティアたち。それぞれの情報を入手できたのだ。

 三人組のパーティーと共に東方大陸に向かったライド。

 そしてティアたちはそれを追ったということ。何やら大掛かりな海賊団の討伐作戦があって、それが完了し、その足で旅立ったそうだ。

 海賊島と呼ばれる場所で探し人――ライドの足跡があったとか。

 討伐戦に参戦した冒険者から聞いた。

 グラフ王国にいた頃に比べると大収穫の情報だった。


『東方大陸に行くわよ!』


 リタは迷わずそう宣言した。

 もちろん仲間たちから反対はなかった。

 そうして、


「………ん」


 朝日が差し込む。

 リタはその眩しさで目を覚ました。

 どこからか細波の音も聞こえてくる。


「………う、ん」


 リタはゆっくりと上半身を起こした。

 そして、ふわあっと欠伸をしながら背伸びをする。

 目を擦りながら部屋を見渡す。

 広く清潔な部屋だ。ベッドは四つあってリタ以外にもまだライラとカリンが寝ている。ジョセフはいない。ここは女子用の客室だからだ。

 護衛として雇われているのならば男女関係なく雑魚寝をすることもあるのだが、今回の船旅ではリタたちは客として乗船していた。


 本来、冒険者は別大陸に移動する時など護衛として乗船することが多い。

 それが一番安上がりだからである。しかし、今回は都合のよい依頼がなく、やむを得ず客室を借りたという訳だ。ちなみに何気に紳士であり、婚約者ラブであるジョセフは個人的に出費して別室を借りていた。

 大陸間を渡るには風任せの帆船よりも、魔石を動力にする鉄鋼船の方が格段に速いので鉄鋼船を選んだ。ただこの船は貨物船ではなく富裕層が旅行に利用するような客船だったので、最も安い部屋でもかなり痛い出費ではあったが。


「……あれ?」


 ふと、リタは気付く。

 ジュリの姿がない。

 ベッドの上はもぬけの殻。

 三角帽子だけは置いてあるが、竜骨の杖はない。

 もう目が覚めて甲板にでも行ったのだろうか? 

 リタは降ろしていた髪をサイドテールに結び、シャツと下着だけだった寝間着から普段着に着替えた。そして軽鎧ライトメイルは着けずに大剣だけを腰に吊るして部屋を出た。

 廊下を進み、ややあって甲板に出る。


 空は明るかった。

 雲一つない快晴である。


 目をすぼめながら、リタは甲板を見やる。

 朝も早いためか人の姿は少ない。多いのは船員か。

 そんな中、船首近くでジュリの姿を見つけた。

 竜骨の杖を横に構え、東方でいうところの座禅を組んでいる。

 ジュリは静かに瞑想していた。


(……今は声を掛けない方がいいわね)


 近づきつつも、リタはそう考える。

 精霊魔法師は瞑想にて精霊と対話し、魔力を高めるのだと学校で教わっていた。

 なお神官は祈りで精霊と対話するのだが、本質的には同じものだった。

 実際のところ、瞑想や祈りで上がるのは細やかな量らしいが、魔力量こそ生命線である精霊魔法師にとって瞑想を日課にしている者は多かった。

 ジュリもその一人である。

 余談だが、神官のカリンも毎朝五分ほど祈っている。


(うん。終わるまで待とう)


 リタがそう思った時だった。


「……おはよう。リタ」


 不意にジュリが瞳を開いて挨拶してきた。

 リタも「おはよう」と返してから、


「瞑想はもう良かったの?」


「ええ。構わないわ」


 竜骨の杖を掴んだまま、ジュリは腕を伸ばした。


「はっきり言ってここの一年ちょっと、私、怖いぐらい絶好調なの。魔力切れなんて久しく起こしてないわ。お金と時間がかかって少し面倒だけど一度ギルドできちんと精霊数を調べてもらおうかしら?」


 そんなことを言ってから、


「瞑想は習慣だけど、今は考え事をまとめたかったのよ」


 ジュリは立ち上がって腰を払う。


「考え事って?」


 リタがそう尋ねると、ジュリは「……ん」とどこか遠い目をした。

 そして、


「ねえ、リタ」


 言って、ジュリは手を差し出してきた。


「私たち、同盟を組まない?」


「同盟?」


 眉をひそめるリタ。


「どういうこと?」


「私は噂でしか知らないけど、リタは直接会ったことがあるんでしょう?」


 一拍おいて、ジュリは言う。


「あの精霊せいれいティア=ルナシスに」


「……うん」


 リタは眉根を寄せつつ頷く。

 対し、ジュリは淡々とした声で尋ね始めた。


「森の妖精。光臨の天使。氷の女神。彼女の美しさを称える言葉は沢山あるけれど、実際に会ってそれって大袈裟な表現だと思った?」


「……正直、大袈裟じゃないわ」


 そう告げつつ、リタは深々と溜息をついた。


「そのすべてがまるで足りないって思えるぐらい綺麗な人よ。森人エルフのハーフって話だから見た目なんてどう見ても十代後半だったし」


「……そう」


 ジュリは双眸を細める。

 数秒の沈黙。そして、


「もう一度言うわ。リタ。私と同盟を組まない?」


「……ティアさんに対する同盟?」


 そう尋ねるリタにジュリは「ええ」と答えた。


「それにアロさんもよ。強力なライバルだわ」


「……そうね」


 リタは渋面を浮かべる。

 神狼の戦巫女アロ。未だ見ぬ恋敵だ。

 ただ手強い相手であることは女の直感が告げていた。


「正直、私たちは圧倒的に不利なのよ」


 ジュリは語る。


「私は『弟子』。あなたなんて『娘』よ。先生の恋人になるのは至難の業よ」


「……へこむこと言わないでよ」


 うぐゥ、と呻くリタ。


「しかも先生の女性の好みって直感だけど私たちよりも上の世代だと思わない? 最低でも二十歳以上とか」


「う、うぐっ!」


 リタも薄々気付いていたのか顔を引きつらせた。


「私たちはそもそも女の子として見られていないわ」


 冷静な視点からジュリはそう指摘する。


「対してティアさんは焼けぼっくいに火が点いてしまえばそのまま一気にゴールの可能性だってあるわ。アロさんも私たちより年上だし、容姿的にも大人っぽいって話だからかなり有利よ。それともう一つ」


 そこでジュリは神妙そうに眉根を寄せた。


「たぶん、レイ=ブレイザーさんも可能性があるんじゃないの?」


「………え?」


 リタはキョトンとして目を瞬かせた。

 が、すぐに青ざめて、


「ダ、ダメよ! あの人まではダメだわ!」


 そう叫ぶ。


「ティアさんとはタイプは違うけど、あの人も凄く綺麗なのよ! スタイルも抜群でおっぱいなんてライラに迫るぐらい大きいのよ!」


「そ、そうなの?」


 ジュリは驚いた顔をする。


「勇者王は勇ましい逸話ばかりだったからそこまで美女だとは思ってなかったわ」


「……そうね。あの人って武勇伝が多すぎるし……」


 曰く、聖剣の一振りで魔獣の群れを薙ぎ払ったとか。

 曰く、単騎でS級魔獣を討伐したとか。

 曰く、魔王領の深層部からの生還者であるとか。

 勇者とは基本的にトラブルを引き寄せる特性があるので、どの勇者もそういった逸話を多く持っているものだが、その中でもレイ=ブレイザーは群を抜いていた。


「二つ名のせいもあって意外と男性だって勘違いされていることが多いみたいだけど実物は全く違うのよ」


 リタは肩を落として言う。

 そこで自分の胸元を見てしまうのは哀しいところだった。


「ともあれ、彼女も仮想敵の視野に入れた方がいいわ」


 ジュリはそう告げる。


「敵は強大なのよ。そして私たちは貧弱なの。先生と男女の仲になりたいのにそれぞれの肩書が邪魔してるのよ」


「も、もっともな指摘を……」


 後ずさりながらリタは唸る。

 特にリタの肩書――『愛娘』はあまりにも揺るぎない。


「私たちにはいがみ合うような余裕はないのよ。協力すべき――いえ。この際だからここではっきりと宣言しておくわ」


 ジュリはリタの前に立ち、指先でリタの胸を押した。


「私は先生の妻になる」


「ジュ、ジュリ……」


 その明確な宣言に、リタが大きく目を見張る。

 が、続く言葉にさらに驚くことになる。


「私はあの人の妻になる。そしてその暁にはあなたを第二夫人に推すわ」


「…………は?」


 リタは唖然とした表情を見せる。


「そして、もしもあなたの方が先に妻になったらあなたが私を第二夫人に推して。そのために協力するの。それが同盟の目的よ」


「ジュ、ジュリっ!?」リタは思わず叫んだ。「ええ!? それって!?」


「忘れてない? リタ」


 動揺するリタに対し、ジュリは微笑んだ。


「私はアレスの――勇者パーティーの元メンバーなのよ」


「えっ? あ、そ、それは……」


 言葉の意味が脳に浸透してくる。

 リタは耳まで顔を赤くした。


「二人で協力して挑むのよ」


 ジュリも流石に緊張と恥ずかしさはあるのか、頬を朱に染めつつ、


「そうしなければ今の状況は覆せないわ」


「……………」


 リタは赤くなったまま何も言葉は出ない。

 ジュリは改めて手を差し出した。


「あなたなんて尚更だわ。きっとあなたは誰よりも大切に先生に想われている。世界で一番愛されている。けれど、それは強固すぎる枷でもあるわ。それはあなた自身がもっともよく理解しているんでしょう?」


「…………」


「……どうするの?」


 ジュリは問う。


「この手を掴むのか。あなたが決めなさい。リタ」


 早朝の甲板に沈黙が降りる。

 そして、


「……やってやろうじゃないの」


 リタはジュリの手を掴んだ。


「分かっていたわよ。今のままじゃあ可能性なんて全くないことも。生半可なことじゃあ何も変わらない。ぶっとんだことをしなきゃいけないってことも」


 一拍おいて、リタは言う。


「覚悟を決めたわ。同盟結成よ」


 かくして。

 ここに愛娘と愛弟子の同盟が結ばれたのであった。


「どっちが第一夫人でも恨みっこはなしよ」


「ええ。分かっているわ」


「あと、パパが『オレが愛する女はお前だけだ』って言って、あたしだけを選んだとしても恨まないでよね」


「あら。その言葉はそっくりそのまま返してあげるわ。だけど」


 そこでジュリは苦笑を浮かべた。


「覚悟を決めてもやっぱり『パパ』のままなのね」


「そうね。けど、それは仕方がないわ」


 片手で肩を竦めてリタは言う。


「だって、あたしはまず『娘』としてパパに会いたいのよ。学校に通うために家を飛び出したことをパパにまだ謝ってもいないし。あたしのスタートラインはそこからなのよ」


 ジュリは「へえ」と少し驚いた。


「意外と段取りステップみたいなのを考えているんだ」


「流石に考えるわよ。けど、それ以前に三年以上も会えてないから寂しいの! パパに会えたらまずは普通に甘えたいのよ! 『娘』の特権で!」


 そんなことを言うリタ。

 ジュリは「それは少しずるいわ」と不満そうに呟いた。

 ともあれ、リタとジュリの同盟は結ばれた。


 はてさて。

 この同盟が吉と出るか凶と出るか。

 こればかりはまだ誰にも分からなかった。








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