第13話 それぞれの物語

 その日は旅立ちの時だった。

 場所は狼人ウルフ族の集落。その入り口。

 リタたち星照らす光ライジングサンの一行は武具や防具を身に纏い、それぞれ自分の荷物を詰め込んだボンサックバッグを肩に担いでいた。

 リタたちの周辺には見送りもいた。

 獣王ホロと三人の妃たち。そしてクロである。


「……クロちゃん」


 カリンが豊かな胸でクロを抱きしめる。


「ありがとね。ここまで連れてきてくれて」


「い、いえ」


 クロはカリンから離れてかぶりを振った。


「ぼくの方こそ皆さんがいなければ死んでいました」


 改めてクロは頭を下げる。


「ありがとうございました。おかげでぼくは生きて故郷に帰ってくることが出来ました」


「俺からも礼を言っとくよ」


 ホロがクロの横に並んで言う。


「ありがとな。クロを助けてくれて。あんたたちが助けてくれたもう一人の方もだ。ようやく落ち着き始めて彼女も徐々に回復し始めてるよ」


「おお。そうなのか。それは良かった」


 と、ジョセフが言う。

 リタたちもホッとした顔を見せている。

 もう一人というのは自動人形オートマータに襲われたところに居合わせた狼人ウルフ族の女性のことだ。

 あれから一度も面会することはなかったが、回復と聞けば喜ばしい。


「クロちゃん」


 リタがクロの肩に両手を置いた。


「あたしたちにお礼なんて言う必要なんてないわ。気付けば、ほとんど勢いだけで飛び込んでいた感じだったし」


「まあ、確かにそうよね。特にリタが」


 ジュリが肩を竦めて言う。

 ライラが「違いないね」とクツクツと笑う。カリンが「あはは」と愛想笑いをし、ジョセフが「いえ。それでこそ我が姫であらせられる」と大仰に一礼していた。


 仲間たちの言葉に、リタは「むむっ!」と唸りつつも、


「ともあれ、お礼ならいつかワンズおじさんの方に言ってあげて。あたしたちよりもワンズおじさんの方が現実的に、そしてずっと真剣にクロちゃんを救うにはどうすればいいかって考えていたから」


「……はい」


 クロは頷いた。

 リタは微笑み、「じゃあね。クロちゃん」とクロを優しく抱きしめた。

 その後にライラとジュリもクロを抱きしめ、ジョセフは力強く握手を交わした。


「皆さん。リタさん」


 クロは言う。


「お父さんとお会いできること、心から祈っています」


「ありがと」


 リタは感謝を告げる。他のメンバーも頷いた。


義兄貴アニキに会ったらよろしくな」


 腕を組んでホロが言う。


「まあ、姉貴の方とも会ったら仲良くしてくれよ」


「「それは要相談よ」」


 リタとジュリが声を揃えて返す。


「今のところ、ティア=ルナシスに次ぐ危険人物だし」


 愛娘のリタが真顔でそう語り、


「その通りよ。まずは話し合いからね」


 愛弟子のジュリが半眼で告げる。

 弟のホロとしては中々に頬が引きつるような状況だ。

 結局、最後までレイも加わっている話は伝えられる雰囲気ではなかった。


「ま、まあ、で話し合ってくれ」


 そうとしか言えない。

 いずれにせよ、


「とりあえず、あたしたちはラスラトラス王国に向かうわ」


 腰に片手を当ててリタが言う。


「ティアさんたちはそこに向かったって話だし」


「そうだね。けど、これってある意味で大きな進展だよね」


 ポンっとカリンが柏手を打った。


「だって、あのティア=ルナシスとレイ=ブレイザーなんだよ。冒険者の間じゃあ超有名人だし、アロさんも含めて見た目だけでもの凄く目を惹く人たちだから、リタちゃんのお父さん本人を探すよりも明らかに情報量が多そうだよ」


「まあ、そこは前向きに考えるべきね。だけど」


 そこでジュリが半眼になる。

 リタも同じ表情で「ええ」と頷いた。


「「絶対にティア=ルナシスよりも早く会わないと」」


「……いや。別に競争なんかじゃないだろ」


 と、ライラが呆れたように指摘するが、リタとジュリは「「なに言ってるのよ」」とその言葉を一蹴した。


「焼けぼっくいに火が点いたらどうするのよ」


「そうよ。焼けぼっくいは火が点く前に潰さないといけないのよ」


 と、リタとジュリは語る。

 元カノは相当に警戒されていた。


「とりあえず急いで損はないわね」


 リタはそう告げた。

 そして、


「じゃあ、ホロさん」


「ああ」


 ホロは頷く。


「元気でな」


「ええ。あなた方も」


 リタはそこで頭を下げた。ジュリたちも倣う。

 そうして、リタたちは手を振りながら森の奥へと消えていった。

 見送ったホロたちはしばし残り惜しそうにしていたが、


「さて。戻るか」


「……はい。ホロくん」「ん。そだな」「御意でございます」


 ササラ。テティ。アルサ。

 三人の妃たちが頷いた。

 四人は里の方へと戻っていくが、一人だけ――。


「あの、ホロさま」


「ん? 何だ?」


 クロに呼び止められてホロが振り返った。


「どうした? クロ?」


「あ、あのっ!」


 そうしてクロは真剣な顔で告げた。


「お願いがあるんです! ぼくの一生のお願いです!」



       ◆



(……この家も静かになったな)


 グラフ王国の王都シンドラット。

 その一角、やや郊外にある古い屋敷。

 その主人であるワンズ=ダワーズは、リビングにあるソファーに腰をかけてそんなふうに感じていた。


 元々一人暮らしだ。

 寂しさには慣れているつもりだったが、想像以上に静けさを感じた。


(まあ、そんなこともすぐに気にならなくなるか)


 ワンズはローテーブルに置かれた書類に目を通す。

 これは国からの罰則状だった。

 そこには馬鹿げたほどの罰金額が記されていた。

 この屋敷を手放しでもしない限り無理な金額である。


(それも覚悟の上だがな)


 実のところ、リタたちには一つ嘘をついた。

 他責であっても奴隷の逃亡は重罪なのである。

 流石に自責よりはマシだが、恐ろしいほどの罰則金を科せられるのだ。

 それを免除するには逃げた奴隷を自力で捕えなければならない。

 それは逃亡した奴隷の遺体でもよかった。

 大抵の者は後者を選ぶ。容姿の似た奴隷の遺体をでっち上げて役人に金を握らせる。そうして多額の罰則金を回避するのだ。それは暗黙の了解でもあった。

 しかしながら、当然、他の奴隷を犠牲にするつもりなどワンズにはない。

 ワンズにとってクロを逃がすということは両親との思い出のある生まれ育った屋敷を手放すということでもあった。


 名残惜しくないと言えば嘘になる。

 だが、大切な思い出の場所を失うことになっても、あの懸命に生きようとする健気な子供をこんな腐り果てた国には置いておきたくはなかったのだ。


(さて。期限までに屋敷を売却しておかないとな)


 ソファーから立ち上がるワンズ。

 そうしてリビングのドアを開けた時だった。


「………は?」


「………あ」


 視線がぶつかった。

 ドアを開けた先。そこにクロがいたのだ。

 しかも取り外したはずの隷属の首輪をつけた状態でだ。


「ク、クロ……?」


 流石にワンズも困惑した。


「どうしてお前がここにいるんだ? リタたちはどうした?」


「リタさんたちは無事ぼくの集落に着いてから次の国に旅立ちました」


 クロは答える。

 一拍おいて、


「ぼく、知っています」


 クロは真っ直ぐな眼差しでワンズの顔を見上げた。


「他責でも奴隷を逃がせば重罪です。凄い罰金を払わないといけないって」


「…………」


 ワンズは渋面を浮かべてクロを見つめる。


「旦那さまがそれを覚悟してまでぼくを逃がしてくれたんだって分かっていました。ぼくを大切に想ってくれたことも。だけど、ぼくは」


 クロは両手でワンズの腕を掴んだ。


「命の恩人の旦那さまにそんな迷惑をかけたくない」


 そう告げる。

 ワンズは数秒ほど無言だった。

 が、ややあってボリボリと頭をかき、


「……それで戻って来たのかよ。お前な。義理堅いにも程があるぞ」


「それがぼくの取り柄ですから」


 クロは笑って言う。

 ワンズは嘆息した。


「……ったく。仕方がねえな」


 人の数だけ人生があり、それぞれの物語がある。

 リタたちが旅を続けるように。

 ワンズとクロ。

 彼らも物語もまた、この場所でこれからも続くのである。


「もう少しだけ置いてやるよ。じゃあ、早速夕飯の準備を頼めるか?」


 クシャクシャとクロの髪と獣耳を撫でるワンズに対し、


「はい。旦那さま」


 微笑んで応えるクロであった。

 二人の物語に幸あれ。






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