第9話 巨船の骸

 最初にそれを見つけたのは甲板掃除をしていた船員だった。


「何だありゃあ?」


 デッキブラシを担いで目を細める。

 進行方向に船影があったのだ。

 大きさと船形からして大陸間を渡る貨物船だと推測できる。

 別にすれ違うことは不思議でもない。

 しかし、今回は明らかに様子がおかしかった。


「まずいな。あれは……」


 同じく掃除をしていた他の船員も気付く。

 船員たちは全員が海のプロだ。

 その船が操船されず、ただ波に漂っているだけであるとすぐに見抜いた。

 まるで巨大な鯨の遺骸が漂っているようにも見える。

 まだ距離はあるが、船体が軋む音がここまで聞こえて来そうだった。


「船長に伝えよう。遭難船の可能性がある」


「ああ」


 船員たちは頷いた。

 一人が近くの伝声管へと向かった。

 そうしてニ十分後。

 ティアたち三人は甲板にいた。

 他にも護衛である冒険者たちもいた。船員たちも数人いる。

 目の前には壁のような船体があった。

 遭難船の疑いがある貨物船である。ティアたちの乗る船は帆船のため、その大きさがまるで違った。この位置からでは全容は確認できない。

 しかし、異変は一目瞭然だった。

 なにせ、船体の所々に砲撃されたような跡があるからだ。

 大穴ではあるが、煙は上がっていない。

 沈めるつもりではなく、威嚇も兼ねた砲撃を受けたのだろう。


「これは海賊にやられちゃったね」


 レイが腰に手を当てて呟く。


「沈黙しているところを見ると、略奪から時間が経ってるみたいだ」


 続けてそう告げるが、ティアはかぶりを振った。


「早計はダメ。それはまだ分からない」


 双眸を細めて、巨大な船を見やる。


「これは偽装かも。襲撃を受けたように見せて、こちらを狙っているのかも」


「それはありそうだな」


 ティアの推測に近くの冒険者が同意した。

 長剣を差した戦士の男性である。

 他にも精霊魔法師の女性に、神官らしき男性の姿がある。

 ティアたち同様に、護衛として乗船しているパーティーだ。

 ほとんど会話はしたことはないが、恐らく戦士がリーダーのようだった。


「あんたらはどうする?」


 戦士は問う。


「まだ生き残ってる奴らがいるかも知んねえが、こっちを手薄にするのは悪手だぞ」


「………ん」


 ティアは一瞬だけ考えて、


「私たちが生存者を捜索する」


 そう提案した。


「私たちには飛行手段がある。向こうに渡るのに隙が少ないから、あなたたちにはこっちで備えておいて欲しい」


「……おいおい。飛行ってマジかよ」


 戦士が目を丸くした。


「なら、向こうはあんたらに任せるが気を付けろよ」


「ありがとう。あなたたちも奇襲を警戒していて」


 そう言って、ティアは千年樹の杖に腰をかけて浮いた。

 レイもティアの後ろに乗り、そのまま上昇していく途中でアロが跳躍。獣人の大きな手で千年樹の杖を掴んだ。


「「「おお~」」」


 戦士たちと船員たちの感心の声が上がる。

 ティアたちは上昇していき、貨物船の甲板の上にまで移動した。

 そうして、ようやく船の全容を見ることが出来た。


「……酷いな。これは……」


 アロが眉をしかめて呟く。

 眼下に広がるのは貨物船の甲板だ。

 コンテナが多く置かれているが、そこには明らかに争った痕跡があった。

 ――亀裂、粉砕、陥没。

 まるで砲弾が飛び交った戦場のようだ。

 そして周辺には倒れた人間の姿もあった。

 だが、誰もピクリとも動く様子はなかった。


「……今から降りる」


 ティアがそう告げた。

 三人は甲板へと降下した。

 アロがまず甲板に跳び下りてから、ティアたちが着地する。

 そしてその異臭に渋面を浮かべた。

 特に鼻の良いアロはかなりキツそうだった。

 いわゆる腐臭である。

 あちらこちらに散らばる人間の残骸が放っている匂いだった。


「……ちょっと異様だね」


 レイが周囲を見やる。

 大規模な戦闘があったのは間違いない。

 だが、これは人間同士の戦闘には見えなかった。

 遺体の損傷があまりにも酷いのだ。

 上半身を圧し潰された者。逆に下半身がなくなって絶命している者。

 誰もが身体の一部を欠損している。

 まるで大型の魔獣に食い散らかされた跡のようだ。


「海賊の襲撃ではないんじゃないか?」


 アロが言う。


「海の魔獣に襲撃されたのかも知れないぞ」


「……その可能性もありそう」


 近くの遺体の前で腰を屈めて、ティアが呟く。


「どの遺体も損傷が大きすぎるし、ここにいるのは船員か冒険者ばかり。それに上質な装備をした冒険者が多いみたい」


 遺体の首にかけてある冒険者カードを手に取った。


「……B級。このランクの冒険者と戦って海賊側に損害がないのはおかしい」


「……そうだね」


 レイも別の遺体に目をやって告げる。


「魔獣の死体も見当たらないってことは、相手は超大型の魔獣一体かな。グラザララザとかならあり得そうだけど……」


 グラザララザとは、海に棲息する蛸に似た超大型の魔獣だ。

 その巨体は成竜さえも上回り、ランク的には最上位のS級になる。

 レイたちであっても出来れば遭遇したくない大魔獣である。

 グラザララザならば、鎧を着ていようが、人間の両断など容易く行うだろう。

 推測としては妥当のように思える。

 ティアはあごに手をやった。


「……グラザララザなら船ごと沈められてそうだけど。それに……」


 そこで思い出した。


「船体に砲撃の痕跡があったからやっぱり魔獣じゃないかも。けど、海賊に襲撃された後に運悪く魔獣に狙われた可能性もあって……」


 ティアが少し考え込み始める。

 と、その時、


「……? どういうことだ?」


 アロが周辺をキョロキョロと確認し始めた。


「……アロ?」レイがアロの方を見やる。「どうかしたの?」


「いや、ただの偶然だと思うんだが……」


 眉をひそめてアロは答えた。


「どうも遺体の中に女がほとんどいないような気がするんだが?」


「「………え?」」


 レイとティアが声を揃えた。

 ティアは立ち上がり、レイも周辺を見やる。

 三人で数体の遺体の元を巡った。

 確かに女性の遺体がほとんどない。

 十数人分の遺体があったが、女性らしき遺体は一体だけだった。

 三人とも眉根を寄せていた。

 一般社会では冒険者は荒くれ者のイメージがあり、いわゆる男社会のように思われているらしいが、それは大きな誤解だった。実際のところ、男女問わない徹底した実力主義の世界であって女性冒険者というのは相当に多いのである。


 なにせ現役のS級冒険者のほぼ半数は女性なのだ。

 現在S級パーティーは全世界で十三組。主にS級のリーダー格がA~S級のメンバーを率いている。ソロでのS級到達者は五十八名だった。

 例えば、とある有名な勇者パーティーなど、リーダーの勇者のみが男性であり、残り五人は全員が女性だった。そして全員がS級なのである。


 まあ、それは極端な例だとしても。


 威力では男性。俊敏さでは女性。

 攻撃を受け止める男性の強靭さに対し、受け流す女性の柔軟さ。

 氣の量と強さは男性の方が優れ、魔法の適性は女性の方が高いと言われている。

 互いに長所短所があることを冒険者たちはよく知っていた。

 だからこそ、多くのパーティーは男女混合という構成が多かった。


「まあ、恋愛禁止ってことで女子禁制ってパーティーもあるし……」


 と、頬に指先を当ててレイが呟く。

 たまたま男性だけのパーティーが護衛についていたのかも知れない。

 それもまた自由である。


「……ともかく」


 コツンと杖をつき、ティアは言う。


「残念だけど甲板に生存者はいないみたい。船室を探そう」


 ティアの言葉に、レイたちは頷くのだった。





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