第3話 牢獄にて
クロが獣王の妃と対話している頃。
場所は同じく
そこには大樹の森の
その一つが岩牢である。
岩壁を深く掘って造った頑強な牢だった。
そこに今、彼女たちはいた。
「……う~ん、困ったわね」
そう呟くのは、絹糸のような黄金の髪をサイドテールに纏めた少女だ。
壁に背中を預けながら胡坐をかき、碧色の瞳で半眼を作っている。
スレンダーな肢体に纏うのは赤いブラウスと黒のプリーツスカート。黒い硬質なニーソックスを履き、足首までを守る
ただ、愛用の大剣と、普段なら装着している白銀の
リーダー兼、魔法剣士でもあるリタ=ブルックスだ。
「けど、判断は間違ってないわ」
そう返すのも少女だった。
背中当たりまでのボリュームのある赤髪と、勝気な同色の眼差しが印象的な少女。袖や裾の短い赤黒のローブを着ている。職業の証のような赤い大きな三角帽子を胸に当て、三角座りをしていた。リタよりも小柄なため、子供が座っているようだった。
精霊魔法師のジュリエッタ=ホウプスだった。
彼女も竜骨の杖を手にしていなかった。
「まさかあそこで暴れる訳にも行かないでしょう?」
ジュリがそう言うと、
「まあ、そうだね」
そう告げて、別の少女が嘆息した。
彼女は岩壁に背を預けつつ、両腕を組んで佇んでいた。
長身に、特徴的なのは、浅黒い肌に白い総髪。そして二本の角。
スレンダーなリタとジュリの二人とは比較にもならない大きな双丘と割れた腹筋を持ち、ボトムスには黒い革製のタイトパンツ。トップスには、ビキニだけの上半身の上に、丈の短いジャケットを羽織っていた。まさに生粋の戦士の趣だ。
「色々誤解されそうな状況だったけど、あそこで暴れるのも逃げ出すのも悪手だろ」
「グラッセの言う通りだ」
ライラの台詞に、また別の声が同意する。
この牢の中で唯一の男性の声である。
神聖騎士のジョセフ=ボルフィーズだった。
貴族の証である赤い外套を纏っているが、彼も鎧は身についていなかった。
当然、愛剣もである。
「疚しいことがなければ逃げ出す必要はない。ましてや対話が目的ならば尚更だ」
貴族ゆえか、いささか浮世離れしているところがあるジョセフだが、時々こんな至極真っ当なことも言う。
ちなみに、ジョセフは武器と共に赤い外套も没収されそうになったのだが、「NOだ! それは断じてNOなのだ!」と駄々をこねて奪わせなかったという経緯がある。
そんなジョセフを見やり、リタたちは苦笑を浮かべた。
「ともかくだよ!」
そんな中、正座をする最後の少女が、柏手を打って声を上げた。
背中まであるウェーブのかかった薄い桃色の髪に、同色の瞳。ジュリと同じほどに小柄でありながらも、見事なスタイルを有している神官服の少女。
「今はクロちゃんを信じよう!」
神官のカリン=カーラスである。
彼ら五人――
武器と防具を取り上げられて、この集落まで連行されたのである。
そうして、森で保護した狼人族の女性と、案内してくれていたクロとも引き離されて、この岩牢に閉じ込められたのである。
「けど、現状、大ピンチなのよねえ」
リタは天井を見上げて嘆息した。
ジュリも「そうね」と頷く。
「クロちゃんが説得できなかったら正直逃走を考えないといけないわ」
一拍おいて、
「けど、森の中で獣人族から逃げるのは至難の業よ」
「残念ながら、それはまず無理だと考えるべきだろう」
ジョセフが言う。
「……そうだね」
ライラも嘆息しつつ同意する。
「とても逃げ切れる距離じゃないしね。ここはやっぱクロに頼るしかないよ」
「まあ、全部覚悟の上なんだけど……」
リタは仲間たちに目をやった。
「ごめん。皆は完全にあたしの都合に巻き込むことになっちゃって」
「それは気にしないで」「はは。今さらだね」
カリンとライラが笑う。
一方、ジョセフはリタの前で片膝をつき、
「何を仰いますか。姫」
リタの手を取った。
「御身の為ならば、このジョセフ、死地さえも駆け抜けましょう」
「うん。ありがとう。けど、あたしの手にキスをしようとするな」
手を払って、冷たい眼差しでリタが言う。
対し、ジョセフは「おお……
「まあ、他の皆はともかく、私のことを気にする必要はないわよ」
ジュリが言う。
「だって、私は私のためにここにいるんだし」
一拍おいて、
「それに未来の娘の我儘ぐらい聞いてあげるわよ」
そんなことを言った。
「言ってくれるわね。ジュリ」
リタが、ジト目でジュリを見据える。
「簡単にパパの奥さんになれるなんて思わないでね。だって、それはあたしの席なんだから。そもそもよ」
リタは「ふふん」と鼻を鳴らして告げる。
「パパは女の人に奥手なのよ。昔から浮いた噂なんて全然ないんだから。これまで恋人もいないのよ」
「「………え?」」
その台詞には、ライラとカリンが反応した。
「それって親父さん、女も知らないまま、あんたの父親にされたってことかい? 話からするとあんたの母親――理事長はあんたを預けたくせに当時の年齢から考えるとたぶん一度もエロいことなんてさせていないんだろ? じゃあ、親父さんってあんたを育てるのに忙しくてそのまま縁なしってこと?」
「ラ、ライラ、言い方っ!」
ライラの直球な物言いに、カリンが顔を真っ赤にする。
「……ぬう。そうだったのか。それは父君も辛いな。伴侶は大切だぞ。このジョセフ、こうして姫にお力添えすることに一切の迷いも不満もないが、唯一メリッサに会えないことだけは寂しいからな」
「「「……え? 誰それ?」」」
全員の視線がジョセフに集まった。
すると、ジョセフは「ん?」と首を傾げて、
「ふむ。話してなかったか? このジョセフの
「「「――
全員が愕然とした表情を見せた。
流石にリタも立ち上がり、
「ジョセフ!? あなたって婚約してたの!?」
「御意。このジョセフも貴族ですので」
恭しくもあっさりと認めるジョセフ。
全員が思わずパクパクと口を動かしていた。
「さ、流石に驚いたわね……」
リタは、ふらふらと後ずさりながらも、
「ま、まあ、話は戻すけど」
気を取り直して語り始める。
「少なくとも、あたしが四歳から十二歳までの頃までは、パパに恋人はいなかったわ。その、パパに女の人との経験があるかないかは謎だけど、それならそれであたしが初めてになるの。そう。あたしはパパに愛されるためにパパに育てられた女の子なのよ」
クネクネと身じろぎして、そんなことを言う。
それに対し、
「「「いや。流石にその発想はキツイ。本当にキツイ……」」」
女性陣は声を揃えて言った。
ジョセフまで「おおうゥ。我が姫よ……」と天を仰いでいる。
リタも、流石にこれは自分で言っておきながらキツかったのか、「は、半分ぐらいは冗談よ!」と返していた。
「半分かよ!」
と、ライラが手を動かして突っ込んだところ、
「はははっ! あんたらって面白れぇな!」
不意にそんな声がした。
男性の声だが、ジョセフではない。
全員が表情を引き締めて、視線を声の方に向けた。
その声の主は檻の外にいた。
その人物は褐色の肌を持つ
年の頃は十四歳ぐらいか。ゆったりとした黒いズボンを履き、トップスには十字に重ねた分厚い革ベルトを巻いている。
ただ、その容姿にリタたちは少なからず驚く。
逆立った長い総髪と狼の耳。大きな尾と両腕の獣毛。
それらすべてが黄金に輝いていたのだ。
それこそ神々しいほどに。
「――よっ!」
しかし、そんな神々しさをよそに、金色の少年は気軽に挨拶してくる。
対し、リタは、
「うわ。凄いゴージャス」
と、率直な感想を零すのであった。
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