第2話 帰郷
さて。
時と場所は移り変わる。
グラフ王国の森の奥地。
その時、一人の少年が案内されていた。
十代前半の
黒い
緊張しているのか、獣耳は少し垂れている。
彼は大樹の幹に沿って螺旋状に設置された道を進んでいた。
彼――クロにとっては初めて歩く道である。
この集落はクロの故郷ではあるが、いま歩いているこの道は長老衆の部屋へと続く道だからだ。流石に長老衆の元へ出向くような経験はこれまでなかった。
国で例えるのなら王への謁見。
しかも、その道を案内するのは初めて出会った人間だった。
狩人が好むような服を纏う、雪のような長い白髪が印象的な女性である。
年の頃は十七、八ぐらいか。
クロも見惚れるほど綺麗な女性だった。
だが、驚くべきことに、彼女は
彼女は
そして、
(……どうして?)
クロは、前を歩く彼女の背中を見つめて疑問を抱く。
(どうして
歩きながら、クロは視線を周囲に向ける。
幾つも並ぶ大樹に、無数の
懐かしき故郷。
その様相はあまり変わらない。
それは嬉しいことだが、困惑することもあった。
あまりにも他種族が多いのだ。
他種族とは敵対はしていなくとも、極力不干渉であることが暗黙の了解になっているのがクロの知る他種族との関係だった。
だというのに、この状況はいったい何なのか……。
クロが思わず足を止めて考え込んでいると、
「……どうしました?」
前を歩いていた
「い、いえ」
クロは少し動揺しながら、
「あの、少し里の雰囲気が違っていて……」
「ええ。そうね」
女性は双眸を細めた。
「それは、これからお会いする獣王さまにお聞きすればいいです」
「……獣王さま?」
クロは目を瞬かせる。
「え? 誰なんですか? その人は?」
そんな称号を持つ者など聞いたことがなかった。
すると女性は微笑んだ。
「あなたも名前ぐらいは知っているはずです。ホロさまのことです」
「――ホロさまが!」
クロは目を丸くした。
それは、戦巫女アロさまの実弟の名前だった。
五百年に一人という金色の獣毛を持つ
言葉をかわしたことはないが、その名前と姿は何度か見たことがあった。
「はい。ホロくん――ホロさまは王になられたのです。今の里の状況はホロさまに聞いたらいいです。それより、私にも気になることがあります」
そこで腰を屈めて、彼女はクロと視線を合わせた。
クロは少し緊張する。と、
「あなたは『女の子』なのですよね?」
彼女はそう尋ねた。
「あなたがこの里の出身者なのは確かめました。ご両親はすでに亡くなられているそうですね。けれど、あなたのことを知っている者は多くいました。ただ、彼らはあなたのことを女の子だとも言っていました」
「そ、それは……」
クロは言葉を詰まらせる。
そして視線を伏せた。
クロは美麗な顔立ちをしているが、髪はうなじ程度までと短く、体格もまだ少年か少女か判別しにくい年齢だった。ましてや獣人の腕の時はより判断しにくい。
「……奴隷商にはぼくと同年代の女の子がいました」
視線を伏せたまま、クロはポツポツと語る。
「彼女は性奴隷として売られました。彼女を買い取った人はとても大きな人でした。泣き叫ぶ彼女を無理やりに連れて行って。ぼくはそれが恐ろしくて――」
クロは肩肘を押さえて、体を震わせた。
「……そうでしたか」
女性は小さく嘆息した。
「だから、あなたは『男の子』であると偽装したのですね」
クロは「……はい」と頷いた。
「ぼくは当時から髪も短かったし、体の成長も遅かったから。口調を変えるだけで意外とバレませんでした。その代わりに毎日鞭で叩かれるような、痛くて苛酷な肉体労働を強いられることになったけど……」
そこで、クロはハッと顔を上げる。
「そ、それは前の人のことで! 旦那さまは違うんです! 旦那さまは絶対にぼくをぶったりしません! 一度もです!
「……ええ。それは分かっていますよ」
女性は微笑んだ。
「
一拍おいて、
「だからといって人族すべてが憎悪の対象という訳ではありません。奴隷として捕らえられていた獣人族の中には、心ある人族に救われた者も少なからずいます。かくいう私もホロさまも人族の男性に救われたのですから」
「そ、それって……」
クロは恐る恐る尋ねた。
「もしかして『黒仮面』という方ですか?」
「ええ。彼はそう呼ばれているそうですね」
女性はクスクスと笑う。
「ホロくんも楽しそうに笑って。お
「―――え?」
クロは目を瞬かせた。
「お
クロは少し困惑した。
黒仮面はクロの恩人の父親のはずだった。
どうも推測していた話と違うような気がする。
すると、
「ええ。その通りです。ホロくん……やっぱり『さま』付けは慣れないですね」
女性は小さく嘆息した。
「グラフ王国で黒仮面と呼ばれている彼は、いずれアロ
「――えええっ!?」
その台詞には、クロもギョッとした。
色々な意味で愕然とするような内容だった。
まず神狼ポウチの戦巫女たるアロが婚約していること。
それが人族の男性であること。
そして、もし黒仮面の正体が推測通りの人物なら、
(うわあぁ)
クロは頬を引きつらせた。
しかし、すぐに「あれ?」と小首を傾げた。
少し内容に違和感を覚えた。
「えっと、あの、お姉さん?」
クロは率直に疑問をぶつけた。
「アロさまの旦那さまが、どうしてお姉さんのお
それに対し、女性は「え?」と目を少し見開いて、
「まだ知らなかったのですか? てっきり他の者が伝えたとばかり思っていました」
苦笑を浮かべた。
「失礼しました。まずは私から名乗るべきでしたね」
女性はそう告げる。
そうして、
「私の名はササラ」
一拍おいて、彼女は初めて名乗るのであった。
「獣王ホロの第一妃。
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