第26話 新たな同行者

 場所は移り替わる。

 

 その日。

 彼は街中を、一人、歩いていた。

 巨大な戦鎚を背中に担いだ鬼人オウガ族の戦士である。

 鬼人族自体は決して珍しくない。

 特に種族全体として戦いを生業にしている者が多いので、むしろ自然な存在だ。

 

 しかし、店舗の並ぶ大通り。

 そこを歩く彼には、誰もが注目していた。

 

 なにせ、彼はあまりにも巨漢だった。

 体格の良さも鬼人族の特徴だが、彼の歩く姿は巨牛のようだった。

 片方だけの角も、雄牛のような太さである。

 まさしく巨人だった。

 きっと、その膂力は想像に絶するものだろう。

 まるで巨獣が街中を闊歩しているようで注目を集めているのである。


(これ以上、ここでの情報は、掴めそうにないな)


 そんな中、彼は小さく嘆息した。

 ここ数日、歩き回って情報を収集したが、結局、成果はなかった。

 今の仲間にも手伝ってもらっただけに申し訳なく思う。

 しかし、残念ではあるが、こればかりは仕方がなかった。

 歩きながら、彼は双眸を細める。


(ダイク。グラッド。グレイス……)


 亡くなったかつての仲間たちに想いを馳せる。

 歳は少し離れていたが、全員が気の合う友人でもあった。

 そして、


『タウラスさん。無茶はしないでね』


 三年前。当時はまだ十六歳。

 パーティーで最年少だった少女のことを思い出す。

 青い髪の優しい少女だった。

 頑強さゆえに、どうにも怪我に無頓着だった彼に、いつも声を掛けてくれる娘だった。


(……ファラ)


 彼は拳を強く固めた。


(生きていてくれ。必ず、俺が見つけ出す。救い出す)


 改めて、彼は心にそう誓った。




 時間は少しだけ遡る。

 とある武具店にて。

 ――チン。

 サヤ=ケンナギは刀を鞘に納めた。

 銘は白雪しらゆき

 失った霞桜にも劣らない名刀だった。

 新たな愛刀として素晴らしい。この出会いは僥倖だった。


(……よし)


 サヤは頷く。

 新たになったのは愛刀だけではない。

 サヤの装備もまた新しく変わっていた。

 和装であるのは変わりないが、これまでのような袴姿ではない。

 白い上衣に、丈はスカートのように短くしている。黒い胴当てを装備し、両腕には手甲を装着していた。その上に和装の肩当てを付けた白い羽織。両足には大腿部の半ばまで覆う黒の具足を履いている。

 そして、長く艶やかな黒髪は頭頂部にて白い帯で結いでいた。

 ここに訪れた機会に、装備を一新したのだ。


 元よりサヤはすでに死人しびと

 もう剣薙の姫ではない。主君に仕える一振りの剣だ。

 この新しい装備はその決意の証だった。

 まあ、個人としては、これからも虚鬼うつろおには狩るつもりなのだが。

 サヤは白雪を腰に差し、装備の代金を支払うと武具店を後にした。


 目を細める。

 外は喧騒で騒がしかった。

 様々な店。様々な人種がここにはいる。

 ここは島国・キヤジ王国。

 西方大陸と東方大陸の中継点とも呼べる島国の一つだ。

 そして、この街は王都であるキヤジ。

 王国と同じ名前なのは、ここがこの国唯一の街でもあるからだ。


(豊かな街……)


 街を歩きながら、サヤはそう思う。

 海賊島での騒動から、すでに一ヶ月ほどが経っていた。

 あの後、敵の頭目らしき男を一蹴したライドは、シャロンの兜を回収し、海賊たちから帆船を一隻奪取した。次いでその時に島にいた全奴隷を集めた。

 奴隷の数は百名を越えていたので、中には操船に詳しい者もいた。


 ライドたちは全奴隷と共に出航した。

 追ってくれば容赦はしないと海賊たちを脅して。

 海賊たちは声もなく震えあがっていた。


 そうして四日かけて到着したのが、このキヤジ王国だった。

 小さな国ではあるが、この国にも冒険者ギルドがあって助かった。

 ライドたちは、事情を話し、解放した奴隷たちを保護してもらった。

 同時に、サヤは一族との別離の手紙をギルドに託した。


 その内容はこういったものだ。

 すでに自分は死人。

 これからは、あるじさまのために生きて死ぬ。

 一族の後継は従姉妹のマリに譲渡すると。

 色々と問題はあるだろうが、まずは自分の決意を記した。

 それを実家と、ゼンキとマサムネが東方大陸到着時に立ち寄る予定のギルド宛に送った。


 ちなみに、ギルド間の情報伝達は調教した渡り鳥を用いる。

 大陸間でも二十日程度で横断する大型の鳥である。

 鉄鋼船よりも遥かに早く郵送できるが、事故で届かないこともあり得るので、主に急用の際に使われる伝達手段だった。


 閑話休題。


(あるじさまは今日も海岸かしら)


 サヤは歩き続ける。と、


「……ぬ。サヤか」


 不意に声を掛けられた。

 サヤが振り返ると、そこには見知った顔があった。


「あ。タウラスさん」


 サヤに声を掛けて来た人物。

 それは驚くほどの巨漢だった。

 身長はサヤが見上げるほどに高い。肌は浅黒く筋骨隆々。特に肩回りと両腕の筋肉の膨らみが凄い。髪は白く総髪。これは鬼人オウガ族全般の特徴だ。もちろん角も生えているが、それも印象的だった。額の片方にしかない。左側は半ばで切断されていた。右側の角はまるで雄牛の角のようで、根元の太さはサヤの二の腕ほどもありそうだ。


 巨大な戦鎚を背中に担ぎ、筋肉の鎧の上に、防具の代わりとして太い鎖を巻き付けた彼の名はタウラス。


 家名はない。ただのタウラスだ。

 彼はC級冒険者だった。

 それも二つ名持ち。その名は片角かたつののタウラス。

 ライドたちが救った奴隷の一人でもあった。


 タウラスはサヤに尋ねる。


「装備は、整ったのか?」


「はい」


 サヤは羽織の袖を上げた。


「刀も良いモノが手に入りました。それにこの羽織だけは特注でしたから、少し時間がかかりました」


「ぬ」


 タウラスは双眸を細めた。


「良き防具だな。中には鋼糸を織り込んでおるのか?」


「はい。一種の鎖帷子です」


 サヤはそう答えた。


「そうか」


 タウラスは歩き出す。


「これから、海岸か?」


 タウラスがそう問うと、サヤは「はい」と答えた。

 そうして二人は一緒に歩き出した。

 タウラスはC級ではあるが、サヤも一目置くほどの実力者だった。

 性格は寡黙で実直。年齢は四十二歳で戦闘経験も豊富だ。

 単純な戦闘能力では、サヤを上回るかもしれない。

 実は二十代後半までは傭兵をしていたらしく、戦場で角を切断されてもなお戦い続けたことから『片角』の二つ名が付いたとのことだ。


 傭兵から冒険者へ。

 またはその逆のパターンの転職も珍しい話ではない。


 ただ、そんな戦闘の専門家の彼がどうして海賊の奴隷などになっていたかというと、仲間を人質に取られていたからだそうだ。それが三年前のことだった。タウラスは仲間の助命と引き換えに奴隷になっていた。

 余談ではあるが、海賊島では高級娼婦として売買するような上質の奴隷以外には隷属の首輪は使用していなかった。あれは強力な拘束具ではあるが、魔石具のため、基本的には消耗品なのである。大人数の奴隷に対しては向いていなかった。

 従って、海賊どもは、恐怖や痛みなどで奴隷たちを束縛していた。

 そして、恐怖にも痛みにも屈しないタウラスの場合は人質だったということだ。


 だが、実のところ、彼の仲間はすでにいなかった。

 男性だった戦士と神聖騎士は、タウラスと同じく海賊島の奴隷となり、苛酷な労働環境の果てに命を落としていた。

 女性だった神官と精霊魔法師は、海賊どもに散々嬲られた後、精霊魔法師は衰弱して亡くなり、神官は東方大陸でどこかの奴隷商に売られたそうだ。

 それを、海賊どもは、ずっと秘匿にしてきたのだ。


 当然、激しい怒りを覚えたタウラスだったが、


『……俺は、ファラを探し出す』


 海賊への復讐よりも、まずは、ただ一人だけ、まだどこかで生きているかも知れない神官の女性――ファラを探し出す決意をした。

 しかし、奴隷の身から解放されたばかりの彼には何もない。

 装備もなければ路銀もだ。

 そこへ、タウラスに手を差し伸べたのがライドだった。


『これも何かの縁だ。一緒に行かないか?』


 ――と。

 結果、タウラスは旅の同行者となったのである。

 現在のライドの同行者は、

 サヤ。

 タウラス。

 バチモフ。

 そして、もう一人――。


「ぬ。海岸が、見えてきたな」


 タウラスが言う。

 サヤは「はい」と頷いて、少し早足になった。


 海岸には人影が見える。

 その数は二つ。

 対峙する彼らは――。





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