第27話 その頃のライドは④
さて。
その頃のライドと言えば。
「…………」
細波が聞こえる海岸にて。
拳を構える一人の少女と対峙していた。
シャロンである。
サヤ同様に、彼女の姿も海賊島にいた頃と変わっていた。
まず無事に取り戻せた愛用の
丸みを持つ二つの出っ張りが特徴的な兜だ。
次に、白い半袖のシャツの上に大き目の山吹色のオーバーオールを着ている。茶色い長靴も大きめだ。これは鉄板の仕込まれた安全靴だった。
拳には
これが彼女の本来の服装らしい。
どこから見ても、武闘家には見えない。
(そう言えば、ソフィアもとても神官には見えなかったな)
ライドは、ふとそんなことを思い出した。
何とも懐かしい気分だった。
それに思い出すといえば、シャロンの構えはガラサスにそっくりだった。
ガラサスの熱の入った指導ぶりがよく分かる構えだ。
こうして模擬戦をするのも百回目ぐらいだろうか。
もう慣れたものだが、一回目の時は本当に大変だった。
(……いや、違うか)
鞘に納めた魔剣を構えつつ、ライドは少し遠い目をした。
あれは仰天したと言うべきだった。
最初の模擬戦。
それはこの国に到着して二日目のことだった。
船の上では、ずっとぐったりしていたシャロンだったが、この島に着くと、ややあって元気を取り戻して、早速、模擬戦を挑んできたのである。
元々、ライドと手合わせするためだけに海を渡って来た少女だ。
ライドも冒険者として復帰していたので特に断る理由もなかった。
何より友人の姪っ子である。
無下にはしたくない想いが強かった。
それに彼女の実力にも興味がある。
模擬戦は比較的に
立会人という訳ではないが、サヤも興味があり、その場にいた。
愛犬バチモフも尻尾を振って待機している。
結論から言うと、その模擬戦は、ライドとしても中々に緊張する戦いだった。
理由としては、純粋にシャロンが強かったからだ。
(これは凄いな)
戦い始めて十数秒で感嘆した。
驚くほどに重い拳に、俊敏な動き。
氣の練度も年齢離れしている。
しかも、その操作の精密さにおいてはガラサスを凌ぐかも知れない。
氣を纏ってリーチを伸ばしていることに気付いた時は本当に驚いたものだ。
これはガラサスにも出来ない技だった。
とは言え、ライドも引退前はA級冒険者。
仮にも魔王領からの生存者なのだ。
大邪神とも戦い、最近では古竜とも決闘したばかりである。
潜り抜けてきた死線の数も質もまるで違う。
当然ながら、決着はライドの勝利で終わった。
『うん。これで終わりだな』
鞘に納めた魔剣の切っ先を、腰をついたシャロンに向けた。
『流石はガラサスの姪っ子だ。その若さで大したものだ。サヤもそうだが、本当に最近の若い子は凄いな』
と、少しおじさんっぽい台詞を言ってしまうのも相手が友人の姪だからか。
しかし、シャロンは、ただただ唖然とした表情でライドを見つめていた。
ややあって、
――カアアアアア。
と、顔を真っ赤にさせた。
『えっと、えっと、わっち……』
視線を泳がし始めた。それから兜を両手で掴むと、深くかぶって俯いた。
ぎゅっと唇を噛む。
そうして、何故かオーバーオールの上着部を
『あうゥ……』
少し呻きつつ、彼女はライドに向けて両腕を広げた。
『……シャロン?』
ライドは眉をひそめた。
シャロンの仕草は、
(もしかして、負けたのがショックだったのか?)
あまり負けたことがないのかも知れない。
これは拗ねてしまったのか?
シャロンの容姿がやや幼いため、ライドはそんなふうに考えた。
『……もしかして持ち上げて欲しいのか?』
ライドがそう尋ねると、シャロンはこくんと頷いた。
ますます幼かった頃の
ライドは優しい眼差しになった。
そして魔剣を砂浜に突き刺して、ライドはシャロンの腰を
すると、彼女は身を乗り出し、強くライドにしがみついた。
そうして、
『……わ、わっち……』
小刻みに体を震わせながら、か細い声で言う。
『ま、まだ経験ない。初めてなんだ……。だ、だから、優しくして……』
『……シャロン?』
ライドは不思議そうな顔をしていたが、サヤはハッとした。
女の勘が警鐘を鳴らしたのだ。
『――は、離れて!』
シャロンの弱点である両脇を強く掴んで、『ひゃあっ!』と緩んだところを一気に引き剥がした。二人はそのまま砂浜に倒れ込んだ。
『な、何を言っているのですか! あなたは!』
『だ、だって!』
サヤを下に敷くような形でシャロンが叫ぶ。
『わっちは手合わせで負けたんだ! 負けたら女ならエッチなことをさせて、男なら全財産を没収するのが
その台詞には、サヤもライドもギョッとした。
『そ、そんな自分ルールを課しているんですか!?』
サヤが思わずそう叫ぶが、それにはシャロンが『え?』と目を瞬かせた。
小首を傾げて、
『自分ルール? わっちはそんなルールは決めてないぞ。これって冒険者の
そんなことを言った。
『……いや待て。シャロン』
流石にライドも頭が痛くなってきた。
さらにシャロンから詳しく話を聞くと、最初に指導を受けた男の冒険者の先輩からそんな出鱈目な
察するに、その先輩とやらは最初の頃は真面目に指導していたが、シャロンの無垢さと美貌に魔が差したようだ。
あわよくばそれを切っ掛けに恋人になろうとか考えていたのかも知れない。
結局、その先輩はシャロンに手合わせを挑み、返り討ちになったとのことだ。
その後もシャロンはその
『……シャロン。そんな
ライドは、丁寧に時間をかけてシャロンに説明した。
獣人族か鬼人族の生粋の戦士なら種族の慣習としてあるのかも知れないが、少なくとも冒険者にそんな
その事実に、シャロンは目を丸くさせていたが、
『うん。分かった。もうこんな手合わせはしない』
ややあって理解した。
けれど、そこでライドに向けて両手を広げて、
『でも、わっちはこの
少し震えながら、ライドを見つめる。
『わっちも
耳まで赤くしつつも、そう告げた。
変に真面目なシャロンだった。
だが、それを聞いて穏やかでいられないのはサヤである。
『もう! だから!』
流れるような動きでシャロンの首筋に腕を回した。
そして、
『それは私からなの!』
キュッとシャロンの首を絞める。
『ふぎゅっ!?』
シャロンが暴れ始めた。
『な、何をするんだッ!』
『あなたは色々とずるいの! あるじさまの夜伽なら私からなの!』
腕力では負けていても、巧みな技量でサヤはシャロンを抑えていた。
砂浜でゴロゴロと転がり始める。
バチモフが『バウっ!』と吠えて、何故か彼女たちの周囲を走り始めた。
そんな光景を前にして、
『……いや、あのな……』
深い溜息を一つ。
心底困り果てた顔をするライドだった。
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