第21話 開戦

 海賊島グラダゾードには複数人の幹部がいる。

 その内の一人。

 ビエン=パオギス。

 要塞の最上階の一室にて、彼は優雅に紅茶を愉しんでいた。

 四十代半ばの高級な商人服を着込んだ男。

 とても海賊の幹部には思えない。

 加えて、彼が今いる部屋もだ。

 美しい絵画に執務席。上質のソファーが置かれたその部屋は、海賊の拠点の一室とは思えないほどに整頓されていた。

 どちらかといえば商人の部屋である。


 それも当然だ。

 ビエンは商人でもある海賊だった。

 表向きに外商の顔を持つ人間なのである。

 海賊を裏で操り、市場を操る。

 さらには強奪した荷をそのまま取引に使用する。

 足がつかなければ元手はゼロだ。

 そこは発覚しないように慎重に細工をしていた。

 もちろん、疑われないように真っ当な手段でも商売をする。

 そうしてビエンは資産を蓄えていた。


 ビエン自身は海賊として略奪には加わらない。

 あくまで部下に対応させて、彼はただ利益を得るだけだ。

 略奪した荷の運搬も部下に一任している。

 そのため、普段のビエンは滅多に海賊島には訪れない。

 本来は、ここから最も近い島国であるキヤジ王国を拠点にしているのだ。


 グラダゾードから帆船で四日ほどの距離。

 小さな国ではあるが、気候がよく大陸間を通る貨物船の中継地点でもあるため、流通が素晴らしい。その島国を起点にして、ビエンは西方大陸と東方大陸の各国を相手に幅広く商売をしていた。


 しかし、今は――。


「やれやれだな……」


 コツン、とローテーブルに紅茶のカップを置く。

 ビエンは、今日、グラダゾードに来ていた。

 それは何故かといえば、緊急の連絡があったためだ。


「それは事実なのか? フウガよ」


「……は」


 声が応じる。

 それはビエンの後ろに控えた男の声だった。

 年の頃は三十半ばか。

 片手には大太刀を持ち、黒い和装の鎧を纏う男だ。

 名はフウガ。家名は名乗らない。

 主人であるビエンも興味はなかった。

 海賊島にいる以上、フウガも海賊だった。


 しかし、明らかに雰囲気が違う。

 何故なら、フウガはビエンが雇った裏稼業の人間だからだ。

 本来は暗殺を本業にした男である。


「三週間ほど前のことです。ゴーグ。そしてランダ。奴らは直属の配下と共に姿を消したそうです」


「……どこに行った?」


 眉根を寄せるビエンに、


「残念ながら行き先までは分かりませぬ。それがしがこの島を留守にしていた頃に起きた出来事でして」


「分かる者はいないのか?」


「……残念ながらそれも」


 神妙な声でフウガは答える。

 ただ、と続けて、


「話ではランダがゴーグに何を囁いてから、二人は共に出航したそうです」


「あの女が裏で糸を引いているのか?」


 ビエンはあごに手をやる。

 ランダはゴーグの情婦だ。

 だが、ただの女ではない。利用できるモノは何でも利用して成り上がる。男も部下も自身が女であることもだ。強かで侮れない女だった。


「しかし、それも分からんな。分かっていることは」


 ビエンは双眸を細める。


「この海賊島からトップの二人が消息不明となったということか」


「……は」


 フウガは首肯する。


「そのため、グラダゾードは混乱しております。それがしの留守中にいかなる事態があったのか、当時、島にいたはずの奴隷たち百二十五名が姿を消しております。その件に関しては誰もが口を閉ざし、まだ情報はほとんどなく……」


「それは厄介だな」


 指を組んでビエンは言う。


「それもランダの仕業か? ともあれ強引にでも吐かせろ。奴隷など幾らでも補充できるが、もし逃げたのならば始末せねばこの島の場所が漏れる可能性もある」


「……は」


 フウガが、静かに頭を垂れる。


「いずれにせよだ」


 ビエンは手を掲げて拳を固めた。


「奴らが姿をくらましたのなら丁度いい。このグラダゾードを私の手で都合よく作り変える絶好の機会ということだな」


「……御意」


 フウガが同意する。


「しかし、申し訳ありません。結局、ゴーグ、ランダの暗殺は達成できず……」


「構わんさ。私が欲しかったのはグラダゾードだ。奴らが自ら出て行ったのならそれでもいい。まあ、戻ってくる場所はもうないがな」


 ビエンはニタリと笑う。


「さて。まずは幹部の招集だな。フウガ。お前は情報を――」


 と、命じようとした時だった。


「パ、パオギスさま!」


 いきなり部屋のドアが開かれた。

 入ってきたのは部下の一人だった。

 フウガが反射的に腰の大太刀に手をかけた。

 ビエンはそんな部下を片手で制し、


「どうした?」


 入ってきた部下に問う。

 すると、


「た、大変です! パオギスさま!」


 険しい表情で部下は告げた。


「襲撃です! このグラダゾードが、いま襲撃を受けています!」


「――なんだと!」


 流石にビエンも顔色を変えた。

 その時、窓の外に爆炎が上がった。

 ビエンたちは振り返る。

 それは最も海岸に近い第一層での爆発だった。

 現在の時刻は夜の十二時。

 そのせいもあって炎は煌々と輝いていた。


「――くそ!」


 ビエンは窓辺に駆け寄って、


「何が起きた! ここはグラダゾードだぞ! 誰が襲撃している!」


 そう叫んだ。



       ◆



 時は十分ほど遡る。

 その帆船は、静かに海上を進んでいた。

 ここは海賊島グラダゾードの海岸沿い。本来は要塞から丸見えとなる位置だった。

 正規の船でもない。見張りが騒ぎ出すはずだった。

 しかし、今は誰にも気付かれていない。

 何故なら見えていないからだ。


 ――エア系の第八階位の精霊魔法。

 その名は風雪情景エア=レタクタ


 任意の物体を風景に溶け込ませて見えなくする魔法だ。

 それを帆船全体に施しているのである。

 それも一隻ではなかった。

 この船のみならず他にも五隻。合計で六隻ものの帆船を隠していた。海賊島を覆うように展開した六隻をたった一人の精霊魔法師によってだ。

 これには作戦に参加している冒険者たちも畏怖したものだ。


 これぞ、世界最強と名高い精霊魔法師。

 ティア=ルナシスの魔法技量である。


 六隻の帆船は迎撃されることもなく、各海岸に辿り着いた。

 船からは次々と冒険者たちが降りていく。

 夜の闇に息を潜めて、要塞に向かう。

 その中で第一斑だけはグラダゾードの船着き場に向かった。

 逃走の手段を潰すためだ。そうして先行班が奇襲に成功すれば、遠方で待機している増援たちも次々と上陸してくる予定だ。

 そして、ティアとレイとアロの三人は特別班。

 敵勢力の頭目を仕留めるのが役割である。


「レイ。アロ」


 ティアは仲間たちに声をかける。


「乗って」


 海岸で千年樹の杖に腰を下ろして浮き始める。

 レイは「OK」とティアの後ろに乗った。

 アロはもう少し浮くのを待って、獣人の右腕で杖を掴んでぶら下がった。

 ティアたちはどんどん上昇していく。

 それに伴って、巨大な要塞の全容が見えてくる。

 防壁のような三層の砦に分かれた大要塞だ。恐らく海賊の頭目がいるとしたら最も奥にある三層目の最上階辺りだろう。幾つか部屋の明かりも見える。


「ここからティアが魔法で吹き飛ばしてもいいかもね」


 レイが冗談交じりに言う。


「そんな訳にもいかない」


 ティアは嘆息した。


「いるのは海賊だけとは限らない。捕まって働かされている人もいるかも」


「まあ、そっか」


 夜風に髪をなびかせながら、レイは苦笑を浮かべた。


「ゴーグだっけ? ちゃんと倒した確認もしないといけないしね」


 そう呟くと、


「ティア。レイ」


 杖に片手でぶら下がっているアロが口を開いた。


「その、早くしてくれ。握力はまだまだ平気だが、ここまで高いとちょっと怖いんだ」


 言って、狼の尾を少し震わせていた。


「ごめん。すぐ行く」


 ティアはそう答えた。

 三人を乗せた千年樹の杖は飛翔する。

 

 こうして。

 海賊島グラダゾードの制圧戦が始まったのである。





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