第22話 制圧戦①

「――くそッ!」


 ビエンは怒気を吐き捨てた。

 爆発は次々と起きている。全方位から襲撃されている証だ。

 敵勢力の規模は分からないが、このグラダゾードに襲撃を仕掛けてくるほどだ。相当数の戦力を導入していると見た方がいい。


(このグラダゾードを簡単には陥とせまい。だが……)


 ギリ、と歯を軋ませる。

 襲撃を隠そうともしないこれは制圧戦だ。

 相手はグラダゾードを陥落させるまで止まらないだろう。


(……頃合いか)


 ビエンは拳を固めた。

 そして、


「おい。お前」


 襲撃の一報を伝えに来た部下に声を掛ける。

 部下は「は、はい」と背筋を伸ばした。


「すべての幹部に告げろ。全戦力で敵を迎撃しろと」


「は、はい! 了解しました!」


 言って、部下は部屋を出て走り出した。

 ビエンはそれを見届けてから、


「フウガ」


「……は」


 ビエンは早足で歩き出す。


「私は撤退する。私の護衛をしろ。裏港に行くぞ」


「……は」


 フウガは、大太刀を強く握りしめてビエンの後に続く。

 この海賊島の要塞には第三層から、直接、海へと出航できる裏港があった。

 ビエンが島に来る際に使う港でもあった。

 使用している船も隠密に特化した最新鋭の鉄鋼船だ。出航さえしてしまえばこの混乱の中では気付かれることもない。ビエンは敵勢力が第三層にまで到達する前に、グラダゾードから脱出するつもりだった。


(グラダゾードを失うのは大きな損失ではあるが、ここは私が関わっていることを隠し通すことが最優先だ)


 ビエンはそう判断した。

 そもそも、この島の位置が露見した以上、今回の襲撃を凌げたとしても意味がない。

 グラダゾードはもう破棄するしかないだろう。


(同規模の拠点の再建には相当な時間がかかるが、私が無事ならそれも可能だ。何としてもここは逃げ切る)


 ビエンはさらに足を速めた時だった。


「――ッ! パオギスさま!」


 不意にフウガが前に飛び出し、ビエンを片手で制した。

 直後、

 ――ドォンッ!

 眼前の通路の壁が破壊された。

 粉塵が巻き上がり、ガラガラと煉瓦が崩れ落ちる。

 そこから現れたのは、大剣を背負う黒髪の女だった。

 彼女は、フウガと奥にいるビエンを順に見やり、


「明らかに海賊でも奴隷でもないね。特に後ろの人」


 そう呟く。


「うん。幹部かな。なら聞きたいんだけど」


 彼女はニカっと笑って問う。


大頭ボスのゴーグって人はどこにいるのかな?」


(……狙いはゴーグか)


 口元を手で隠しつつ、ビエンは双眸を細めた。

 だが、幾らなんでも、ここまでの到達が早過ぎる。

 まるで空でも飛んで来たような早さだった。

 まだ若いようだが、相当なランクの冒険者ということか。


「……フウガ」


 ビエンは命じる。


「私は先に行く。この女は確実に殺せ」


「……は」


 フウガは静かに頷いた。

 直後、フウガは一気に間合いを詰めた。

 大太刀を横薙ぎに一閃。

 冒険者らしい女は跳躍して回避した。

 その一瞬の隙に、ビエンは彼女の横を駆け抜けた。


「あ! こら!」


 という女の声が聞こえるが、無視して走る。

 敵の動きが早過ぎる。

 他にも第三層まで侵入している者がいるかも知れない。

 脱出までもはや一刻の猶予もなかった。


(だが、私はこんな場所では終わらんぞ!)


 そんな決意を抱いて。

 ビエンは、全力で要塞内を走っていくのであった。



       ◆



「あ~あ」


 第三層の廊下にて。

 レイは大きく嘆息した。


「逃がしちゃったか。後でティアに怒られるかな?」


 と、呟きつつ、視線を残った男にやった。

 大太刀を腰に構える和装の男だ。


「東洋大陸の人か。侍っていう戦士だね」


「……ああ」


 男――フウガが頷く。


「名を聞こうか。冒険者よ」


「ん? ボクの名前?」


 レイは小首を傾げた。


「レイ=ブレイザーだよ」


「……なに」


 フウガが大きく目を見張った。


「まさか、S級冒険者……あの勇者王か?」


「うん。そう呼ばれているよ」


 言って、レイは大剣のベルトを外した。柄に巻き付け、鞘に納まったままの大剣を片手で頭上にかざした。


「君にも見覚えがあるよ。確か賞金首だね」


「…………」


「名前はフウガだっけ? 斬鬼ざんきフウガ。結構高額だったのを憶えている」


 そこでニカっと笑う。


「君って生死不問デッドオアアライブだったよね」


「ああ。そうだ」


 フウガは重心を沈めた。


「しかし、その構えは何の真似だ?」


「ん? これ?」


 レイは陽気な声で告げる。


生死不問デッドオアアライブって言っても、生きているとやっぱり少しだけ色がつくんだよ。君ぐらいの実力なら生かした方がいいかなって」


「……言ってくれる」


 フウガは鼻を鳴らした。


「煽るのが巧いな。勇者王」


「アハハ。煽りかどうかは試してみるといいよ」


 レイは微笑む。

 そうして静寂が降りる。

 互いに動かない。

 それが五秒、十秒と続く。

 そして、


「―――ふ」


 呼気を吐き、フウガが踏み込んだ。

 刀身を鞘走りさせて、必殺の斬撃を放つ――が、


「遅いよ」


 ――ゴンッ!

 その時には、レイの大剣が振り下ろされていた。

 フウガは声もなく目を剥いて、そのまま床に倒れ伏した。

 大太刀も床に落ちて、フウガは全く動かなくなる。

 完全に気を失っている。


「ね? 煽りじゃなかったでしょう?」


 大剣を肩に担ぎ、レイは目を細めた。


「ちょっと二つ名に名前負けしてるかな? そんな剣速じゃあ、ライドだったら三度は君を斬り捨ててるよ」


 言って、レイは歩き出す。

 フウガに限らず賞金首は制圧後に回収すればいい。

 それよりも今は――。


「さて。幹部はどこかな? ゴーグってのに遭遇するのが手っ取り早いんだけどなあ」


 面倒臭そうにそう呟くレイだった。




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