第20話 その頃のライドは➂

 さて。

 その頃のライドは――。


 大立ち回りをした海賊島の酒場にて。


「わっちのヘルムがない……」


 バチモフの背の上で少女が自分の頭に手を乗せた。

 その顔は今にも泣きそうだった。


「どうした? 失くし物をしたのか?」


 魔剣を腰に差して、ライドが少女の方を見やる。


「自分のヘルムを探しているみたいです。たぶん、その子は地人ドワーフではないでしょうか」


 と、合流したサヤが言う。


「小柄な体格で剛力ですし、それに顔立ちとか見るとそこまで幼くないかも」


 サヤも少女を見やる。

 特に、自分にもそう劣らない豊かな双丘を。


(……特にそこかな。まあ、そこで判断するのもなんだけど……)


 何とも言えない顔をする。と、


「うん? わっちは地人ドワーフと人族のハーフだぞ。母ちゃんが地人ドワーフで、父ちゃんが人族なんだ。歳は十七だぞ」


 少女自身がそう教えてくれた。

 ライドが少し驚いた。


「そうだったのか。すまなかった。子供扱いをしてしまったか」


 謝罪する。が、そこで少し怪訝そうに顔を見せた。


「……? しかし、こうして改めて見てみると、君とはどこかで会ったことがあるような気がするんだが……う~ん、どこだったか……」


 神妙な様子で、ライドはあごに手をやった。

 この少女の顔立ち、髪の色はどこかで見たような気がした。

 一方、少女の方は小首を傾げた。


「わっちは会ったことがないぞ。お前みたいに強い奴は忘れないからな。うん! お前って凄いな! わっちの蹴りを完全に見切られたのは叔父おいちゃん以来だった!」


 そしてニカっと笑う。


「うん! 凄かった! まるで『ライド』みたいだった!」


「………は?」


 ライドはキョトンとした。サヤも「え?」と目を瞬かせる。


「それに!」


 少女は構わずバチモフの背中に両手で触れた。


「この犬もモフモフだ! まるで『バチモフ』みたいだ!」


『バウっ!』


 と、名前を呼ばれてバチモフが吠えた。


「いや、待ってくれ。バチモフの名前は……ああ、それはさっき呼んだな。しかし、オレの名前は言ったか?」


 ライドはそう呟き、サヤの方を見やる。

 サヤが教えていたのかという確認の視線だ。


「い、いえ」


 サヤはかぶりを振った。


「私からも告げていません。私はあるじさまとしか呼んでいませんから」


「……いや。その呼び方も気になるんだが……」


 と、呟きつつ、


「どこかで名前を言っていたのかもしれないな」


 そう結論付けた。

 ライドは、ボフボフとバチモフの背中を叩き続ける少女を見やり、


「いずれにせよ、改めて名乗っておこうか。オレの名前はライド=ブルックスだ。その犬の名はバチモフだ」


「―――え」


 少女は顔を上げてライドを見やる。


「それから彼女の名はサヤ――」


 と、サヤのことも紹介しようと視線をサヤに向けた時だった。


「――『ライド』!」


 突然、少女が飛びついてきたのだ。

 流石に驚くライド。

 少女はライドの胸板辺りで両足を絡めると、ライドの両頬を手で掴んだ。

 そしてキラキラした眼差しで、


「お前、本当に『ライド=ブルックス』なのか!」


「あ、ああ。そうだが……」


 少女の勢いに押されつつ、ライドが頷く。ちなみにサヤは「ちょ、ちょっと待って! あるじさまから離れて!」と少女の片足を掴んでいた。


「わっちの名前は!」


 少女は満面の笑みで名乗る。


「シャロンだ! シャロン=ゴウガ・・・だ!」


 その名前を聞いた時、ライドは目を瞬かせた。


「……シャロン? ゴウガ? その名前は……あっ、そうか! 思い出した! ガラサスの姪っ子か!」


 ようやく思い出した。

 どおりで彼女の顔に見覚えのあるはずだ。

 何度もガラサスから写真を見せられていたからだ。

 二歳ぐらいの頃の写真だが、髪の色は同じで顔立ちには面影があった。


「そうだ! ガラサスはわっちの叔父おいちゃんだ!」


 そう叫んで、

 ――ぎゅむうううっと。

 両腕と豊かな双丘で、ライドの頭を力いっぱい抱きしめた。


「………あ」


 サヤも思い出した。

 先程、少女――シャロンが使った技。

 あれは魔剣の記憶の中にいた武闘家の技だった。

 すなわち、ライドの仲間の一人である。


「そ、それはともかく離れて!」


 胸の奥をモヤモヤさせながら、サヤはシャロンの足を揺らした。

 しかし、シャロンが離れる様子は全くない。


「ずるい! それは私が先なの!」


 気付けば、そんなことを叫んでいた。

 ただライド自身も苦しかったので、シャロンの両脇を強引に掴んだ。

 そこが弱点だったのか、シャロンは「ひゃうっ!」と叫んでビクッとした。その隙に彼女を引き剥がして、自分の前に移動させた。

 ようやく息を継ぐライド。シャロンは目の前でプランプランと浮いていた。むうっと頬を膨らませて「びっくりしたぞ!」と叫んでいる。


「……驚いたのはこっちだぞ」


 ライドは困惑しつつも、そんなシャロンの顔を改めて見つめた。


「本当にガラサスの姪のシャロンなのか? どうしてこんな場所に……いや」


 そこでライドは、何故か少し頬を膨らませているサヤに目をやった。


「サヤ。そもそもここは一体どこなんだ? どうも、どこかの帆船に降りてからの記憶がほとんどないんだが……」


「は、はいっ」


 サヤは、ハッとした様子で頷く。


「ここは海賊島グラダゾードです。私たちが乗った船は海賊船でした」


 そうして、これまでの経緯を説明した。


「……海賊島か」


 流石にライドも渋面を浮かべる。


「それはまた厄介な。ここは犯罪者の巣窟ということか。けど、シャロンはどうしてこんな場所にいるんだ?」


「わっちは冒険者なんだ!」


 シャロンはニカっと笑った。


「C級武闘家なんだぞ! そんで、わっち、ライドに会いに行こうと思って西方大陸行きの船に乗ったんだ!」


 そんなことを言う。ライドもサヤも目を丸くさせた。


「ライドは凄く強いって叔父おいちゃんから聞いてたから! 手合わせに来たんだ!」


 太陽のような笑顔でそう告げる。

 それから、グッと拳を突き付けて、


「後でろう! ライドはもう冒険者じゃないんだろ? なら罰則ペナルティーはなしでいいぞ! けど、わっちは冒険者だから規則ルールはそのままでいいから!」


「「……規則ルール?」」


 ライドもサヤもよく分からない顔をした。


「オレは冒険者に復帰したんだが、その規則ルール罰則ペナルティーとはなんだ――」


 と、ライドがシャロンに尋ねようとした時だった。


「おい! いたぞ!」


 そんな声が割り込んだ。

 さらに多くの人間が走って来る音がする。

 ライドは持ち上げていたシャロンをその場に降ろして、表情を鋭くする。

 サヤも険しい顔で身構えた。バチモフも『バウゥ!』と牙を抜く。

 瞬く間に多くの男たちに囲まれた。

 武器まで持ち出した海賊どもである。


「立ち話が過ぎたな」


 ライドは嘆息した。

 まあ、それも仕方がないか。

 予定外に親戚の子と出会ったようなものだ。

 そんなことを考えていると、

 ――ズン、ズン、ズン。

 超重量の巨大な獣のような足音が聞こえて来た。

 同時に海賊どもが道を空ける。

 ライドたちのみならず、その先に視線が集まった。

 重い足音と共に現れたのは、筋骨隆々の大男だった。

 赤い総髪に、頬からあごに髭を蓄えている人物だ。その顔には、怒りの表情を浮かべている。そしてまるで支柱マストを思わせるような巨大すぎる斧を肩に担いでいる。相当な重量らしく、これが重い足音の要因となっているようだ。


「よくもやってくれたな」


 大男はシャロンを睨みつけた。


「潰れちまったかと少々焦ったぜ」


 そんなことを告げる。ライドはシャロンに目をやった。


「知り合いなのか? シャロン」


「うん。悪い奴だ」


 シャロンはライドの顔を見上げて頷いた。


「寝ているわっちにエッチなことをしようとしたから蹴った」


「……そうか」


 ライドは渋面を浮かべた。

 何とも分かりやすい説明だった。


「……最悪ですね」


 温厚なサヤもかなりムッとした表情で大男を睨みつけている。


「ああン? 手に入れた女で楽しんで何が悪い」


 大男――ゴーグはそう告げる。

 それからライドを見やり、


「見ねえェ顔だな。新入りか?」


 そう呟きつつ、改めてサヤの方をまじまじと凝視して、


「おいおい。他にも凄げェ上玉がいるじゃねえか」


 ゴーグはニヤリと笑い、左手を掲げた。

 そして、


「その女も寄こしな。二人とも可愛がってやんぜ」


 そう言い放った。

 それに対し、ライドは小さく嘆息した。


「なるほど。ここは海賊島か」


 一拍おいて、


「ようやく実感が湧いてきたな」


 そう呟くのであった。

 

 ライド=ブルックスの冒険は続く。




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