第19話 黒騎士
(……リタ)
アニエスは赤い剣を強く握った。
もうまともに視線も合わせられないが、背後に娘がいる。
確認したのは一瞬ではあるが、特に大きな怪我もしていないようだ。
(……良かった……)
それには安堵する。
しかし、ここは凄まじいまでの惨状だった。
視認しただけでも惨殺された三人の遺体がある。
しかも、彼らを殺した相手は恐らく――。
(陛下の懸念は当たりのようね)
アニエスは、自分が蹴りつけた相手が消えた森の奥を見据えた。
ともあれ、ここは考えておいた台詞を口にする。
『……私はB級冒険者だ』
背後にいる
『ギルドの特命依頼で先程の化け物を追っていた。ここは私に任せてもらおう』
「え? 特命? B級って?」
と、リタが話しかけてくるが、その前にアニエスは膝を屈めた。
ギシリ、と両足の筋肉が軋みをあげる。
『奴は私が仕留める。君たちは早く去るといい』
そう告げて、アニエスは跳躍した。
我がことながら、凄まじい加速だった。
とても生身では出せない速度である。
アニエスは森の中へと突入した。
木々の間を縫うように進む。
リタたちに追ってくる様子はない。
恐らく事態に困惑しているためだろうが安心した。
これで心置きなく戦える。
(とはいえ、私が戦える時間は五分)
罪架の鎧はアニエスに超人的な力を与えてくれる。
装着して時間が経過するほどにだ。
だが、それは諸刃の剣だった。
際限なく強化される身体能力には、いずれ肉体そのものが耐えられなくなる。
その限界を陛下は五分と見なした。
五分経った時点で強制送還すると告げられている。
(五分で倒しきらなければ、
疾走しながら、アニエスは強く剣を握った。
そして、
――ギィン!
突如、襲ってきた硬質の五本指を剣で弾いた!
アニエスは地を削ってその場に止まった。
少し離れた場所には、指先を戻すルルエライトがいた。
(…………)
アニエスは仮面の下で双眸を細めて、
『ルルエライト』
敵対する自動人形に問う。
『あなたは
「…………」
ルルエライトは無言だ。
『答えないということは正規ナンバーではないのね』
アニエスはそう断じる。
ルルエライトは変わらず何も答えない。
無機質な銀色の眼差しでアニエスを見据えていた。
『だんまりならいいわ。私もお喋りしている時間はないから』
アニエスは赤い長剣を構えた。
重心を低く、水平に切っ先を向ける。
『
「……敵対意思を確認」
ルルエライトは告げる。
「これより敵対者を排除します」
◆
「……何だったの? あれ?」
その頃。
広場に残されたリタたちは眉をしかめていた。
「分からないわ」
リタに近づいてジュリがかぶりを振った。
「話からするとB級冒険者があの
そこで黒騎士が消えた森の奥を見やる。
ヘルムでくぐもっていたため、声では性別は分からなかった。
だが、小柄な体躯と、鎧の形状から女性だと推測できる。
「とてもB級の動きじゃなかったわね。A級か、それ以上かも」
「……どうするの? リタちゃん」
カリンも近づきながら声を掛けてくる。
隣には、金棒を担ぎ、未だ周囲を警戒中のライラの姿がある。
「さっきの人の加勢に行く?」
言って、惨殺された三人の冒険者たちに目をやり、指を組んで黙祷する。
「あの人形は放置できないよ」
「その意見にはこのジョセフも同感だが」
そこでジョセフが会話に入ってくる。
彼の腕には、外套で包まれた狼人族の女性が抱えられている。
彼女は、未だガチガチと歯を鳴らしていた。
「姫。彼女の怯え方が尋常ではありません。ここは一度撤退すべきだと具申いたします」
「……そうね」
リタは狼人族の女性を見つめる。
「正直、あのレベルの敵だとあたしたちだと足手纏いだわ。その人を連れて今日のところは一旦ワンズおじさんのところに戻りましょう」
ワンズにはまた迷惑をかけてしまうが、こればかりは仕方がない。
リタがそう決断した時だった。
「――待って! 待ってください!」
突然、森の繁みに隠れていたクロが飛び出してきた。
「クロちゃん? どうしたの?」
リタが小首を傾げると、
「――待って! この人たちは敵じゃない!」
そう告げて、クロはリタたちに背中を向けて両腕を広げた。
「奴隷狩りとは違います! ぼくたちを助けてくれた人たちなんです! ぼくの命の恩人なんです!」
森に向かってそう叫ぶ。
リタたちは一瞬キョトンとしていたが、すぐにハッとした。
森の奥。周囲に多数の人の気配を感じたからだ。
鼻の利くクロは、いち早くその気配に気付いたのだ。
そうして。
その光景にリタたちは目を見張った。
現れたのは獣人族たちだった。数十人の獣人族たちだ。
だが、狼人族ではない。
――いや、狼人族もいる。
確かにいるのだが、それ以外の種族もいたのだ。
それは獣人族の混合集団だった。
クロも目を丸くしていた。
ここは
これだけの他種族が集まることなど普通はあり得ないのだ。
すると、一人の獣人が前に出て来た。
雪のような長い白髪が美しい
恐らくは十代後半の少女である。
驚くべきことに、この儚げな少女がこの集団のリーダーのようだ。
彼女はジョセフの腕の中の狼人族の女性。
そしてクロへと目をやった。
倒れている三人の冒険者の遺体にもだ。
そのまま沈黙が続く。
この状況の判断を下そうとしているようだ。
(……これはマズいかも)
リタは冷たい汗を流していた。
一難去ってまた一難。
想定外の騒動はまだ続きそうだった。
そうして――……。
およそ五分後。
ロザリンの謁見の間にて。
ガシャンっと。
肩で息をする黒騎士が帰還した。
『……「脱着」……』
両手を床に突く黒騎士がそう呟くと、黒い鎧と赤い剣は虚空へと消えた。
残されたのは黒いドレス姿のアニエスだった。
全身から噴き出す汗で、ドレスはアニエスの肢体に張り付いている。
「ギリギリ五分か」
玉座にてロザリンが呟く。
「初陣にしては苦戦したようじゃのう」
「……初陣から相手がとんでもなかったのよ」
アニエスは顔だけを上げてロザリンを睨み据える。
それから、ロザリンの隣に控える女性に目をやった。
銀髪銀眼のメイド。
古代の秘宝。完璧なる
ルルエライト=オリジンドールである。
「ねえ。ルルエライト」
アニエスは彼女に問う。
「あなたのレプリカドールって何体いるのかしら?」
「百二十八体です。アニエスさま」
ルルエライトは即答する。
「そう。それは正規ナンバーよね? すでに廃棄されたのはどの程度いるの?」
「すでに廃棄されているため、正確にはお答えできません」
と、ルルエライトは切り出して、
「廃棄ナンバーは恐らく八百体ほどです」
「それって、あなたなら居場所を把握できるの?」
続けてそう尋ねるアニエスに、ルルエライトはかぶりを振った。
「いいえ。廃棄されているため、ルルエライトと
「……そう」
アニエスは小さく嘆息した。
すると、ロザリンが「なるほどな」と苦笑を浮かべた。
「そなたの初陣の相手が何だったのか察しがついたぞ。劣化した廃棄品であっても、ルルエライトが相手では苦戦もしような」
「……本当に最悪だったわ」
アニエスは再び嘆息した。
「二度と戦いたくない相手だったわね」
そう呟いた。
――同刻。
森の奥にて。
四肢が砕かれ、心臓部が貫かれたルルエライトが横たわっていた。
破壊されて剥き出しの内部機構は沈黙している。
開かれた両眼も虚ろだった。
完全に停止しているように見えた。
だが。
「……再起動」
ブンと双眸に光が灯る。
「……強力な個体。『黒騎士』と呼称します。『黒騎士』の過剰なる妨害行為。現状のスペックでは任務達成は困難だと判断します」
ルルエライトの全身が微振動する。
「……損傷率92%。自己修復を開始します。要・戦闘能力上昇補正……」
砕かれた四肢が徐々に修復されていく。
「仮想敵『黒騎士』。戦闘能力上昇補正可能と判断。プログラムを構築します」
ルルエライトの全身が幾何学模様に輝いていく。
そして、
「完了。ルルエライト=レプリカドール。自己進化を開始します」
誰にも気付かれることなく、彼女はそう呟くのであった。
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本日、2話目です!
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