第18話 レプリカドール
「声量が小さかったのでしょうか?」
表情を一切変えずにメイド姿の女性が言う。
「人を探しております。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
再びそう尋ねた。
声量が少し上がっただけの全く同じ問いかけである。
一方、狼人族の女性を担いだまま対峙することになった重戦士は困惑していた。
あまりにも場違いすぎる。
目の前の相手にどこか恐怖さえ感じていた。
肩に担がれている狼人族の女性はもっと露骨だった。
顔を無理やりメイドに向けて、愕然とした眼差しを見せていた。
「……うっせえよ」
一方、重戦士は横柄な態度を取る。
「知るか。こんな場所に人がいる訳ねえだろ」
言って、メイドの肩を強く押した。
掌底に近い勢いだ。ただ、小柄だというのにメイドは微動だにしなかったが。
狼人族の女性は「ひいっ!」と頭を抑えて悲鳴を上げた。
「ダメッ! やめてッ! そいつはおかしい! こんなに近づいているのに生き物の匂いが全くしないなんて!」
「あン? なに言ってんだ?」
重戦士の男は眉をしかめた。
すると、
「情報なしと判断しました。同時に敵対意思及び行動を確認。自衛に入ります」
そう告げて、メイド服の女性は右の掌を重戦士の胸板に向けた。
そして、
――ドンッ!
不可視の衝撃が奔る!
重戦士の鎧に手の形が刻まれて吹き飛ぶ!
狼人族の女性は放り出されて地面に転がり、重戦士の男は木にぶつかった。木は大きく軋み、重戦士の男は吐血してそのまま木に背中を支えられて倒れ込む。ビクビクと体を震わせていたが、ややあってそれも止まった。
仲間の二人は座ったまま硬直していた。放り出されたおかげで助かった狼人族の女性は頭を抱えてガタガタと震えている。
数秒ほど経って、
「て、てめえ!」
正気に返った軽戦士が片足を立てて長剣を抜こうとするが、
「敵対意思を確認」
その時にはメイド服を着た『何か』は空高くへと跳んでいた。
助走もなしでの信じ難い跳躍力だった。
そうして軽戦士の肩に両足で着地。蹴撃ではなく、自重で軽戦士の背骨をへし折り、そのまま折り畳むように圧し潰した。
「これで半数。ルルエライトの戦闘秘匿のため、殲滅に移行します」
言って、軽戦士の上から地面に降り立つ。
メイド服の女は右の指先を神聖騎士の男に向けた。
「ひ、ひいいいいいっ!」
神聖騎士は背中を向けた。
転がるようにその場から逃げ出そうとする――が、
――ドシュッ!
その後頭部を何かが貫いた。
それはメイド服の女の指先だった。
指が伸びて、それが人間の頭部を射抜いたのだ。
指は瞬時に元のサイズに戻り、同時に男は倒れ込んだ。
メイド服の女――ルルエライトと名乗った『何か』は、指先を今度は頭を抱えて震え続ける狼人族の女性に向けた。
指先が再び伸びて狼人族の女性に襲い掛かる!
――が、
――ギィンッ!
それは防がれた。
間に割って入ったリタの大剣でだ。
だが、恐ろしく重い一撃だった。
剣腹を盾にしてどうにか防いだが、リタの体は宙に浮く。
「――このッ!」
リタの周囲には数十個の
それらが一斉に撃ちだされる!
ルルエライトに次々と着弾する
「ジョセフ!」
「御意!」
リタの呼びかけに、ジョセフが駆ける!
――ザンッ!
ルルエライトの胴体を斬り裂いた!
だが、メイド服は斬れても、その下を斬り裂いた感触ではない。
「……ふうう」
ジョセフは呼気を吐く。
事前に神聖魔法で強化した肉体をさらに体内の氣で高める。
そして怒涛の斬撃を繰り出した。
アレスとの訓練を経て、格段に威力と速度を増した斬撃の嵐だ。
メイド服は千切れ飛ぶ。ルルエライト自身も何度も仰け反るが、やはり斬り裂いた感触はない。極めて頑丈な鉄柱を叩いているかのような感触だ。
「――チェイッ!」
ジョセフは渾身の刺突を繰り出した!
それはルルエライトの喉に直撃して吹き飛ばした。
しかし、吹き飛ばされながらも、ルルエライトは反撃する。
ジョセフに向かって指先を伸ばしてきたが、
「――
それはジョセフを覆った光の結界が防いでくれた。
カリンの防御結界である。
「グラッセ!」
ジョセフが叫ぶ!
「頼む!」
「了解だよ!」
ルルエライトが吹き飛ぶ先には、ライラが先回りしていた。
全身の筋肉を軋ませて、金棒を下段に構えている。
「行っくよッ!」
鬼人族の剛力で金棒を振り上げて、空高くルルエライトを打ち上げた。
そして、
「「
二人の少女が同じ魔法を撃ち出した!
ジュリとリタだ。
ジュリは竜骨の杖から。リタは両腕を砲台のように構えて撃ち出した。
業火の槍を撃ち出す第五階位の
二本の槍は宙空に浮かされていたルルエライトに直撃する!
爆発を起こした。
人間相手には過剰すぎる攻撃である。
しかし、リタたちは一切容赦しなかった。
相手は明らかに人間ではないと察していたからだ。
事実、恐るべきものを目撃する。
爆炎の中、何かが落ちて来る。
――ズズンッ!
地面に響く重い音。人間の重量ではない。
だが、それは人型だった。
メイド服は千切れ、すでにほぼ燃え尽きている。
全裸となったルルエライト。
その姿は一見すると人間だ。だが、皮膚はゼリー状になって一部焼失し、剥き出しになった筋肉は銀色。露出した骨は金属のように見える。
顔は半分ほど皮膚を失い、人ではない構造がさらけ出されている。
「……こいつは、たぶん
竜骨の杖を構えて、神妙な声をジュリが言う。
「……何それ?」
リタが大剣を構えながら尋ねる。
ジョセフたちも武器を構えつつ、ジュリの言葉に耳を傾けていた。
「古代の宝具の一種よ。人間を模した機械人形。元々は人間のサポートのために生み出されたそうだけど……」
ジュリは渋面を浮かべた。
「それは戦闘でも言えることなの。人間なんか比べものにもならない戦闘能力だって先生が言ってた。魔王領では狂った
「……確かにさっきのあれを受けてあの程度のダメージなんてね」
リタが歯を軋ませる。
ルルエライトはすでに立ち上がっていた。
ダメージらしきものは、ゼリー状となった皮膚の焼失ぐらいだ。
だが、それも、
「損傷率9%。自己修復を開始します」
ルルエライトの呟きと共にみるみる損傷部が復元されていく。
数秒後には完全修復された姿があった。
いや、全身の皮膚は硬質化し、爬虫類の鱗のような紋様が浮かんでいる。
明らかな戦闘形態に全員が表情を険しくする。
そして、
「標的を視認。マスターの命を実行します」
ルルエライトがそう呟いた時だった。
突如、それが現れたのは。
駆け抜ける足で大地も陥没させて森の奥から現れたそれは、広場に出るなり、ルルエライトの間合いへと入った。
そして全体重を乗せた水平蹴りでルルエライトの胴体を射抜く!
――ドンッ!
ルルエライトは、冗談のような勢いで吹き飛んでいった。
障害となる木々を粉砕して森の奥へと消えていく。
あまりに突然すぎることにリタたちは唖然とする。
その闖入者は、ゆっくりと足を降ろした。
突如、森の奥から現れた者。
それは、赤い刀身の長剣を携えた黒い鎧の騎士だった――。
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