第9話 討伐依頼
そうして。
二週間ほどが経過した。
――ザザァン!
耳朶を打つ波の音。
その度に、甲板が大きく揺れる。
獲物に気付かれないためとはいえ、旧型の木造帆船ならば尚更だ。
「――くそが!」
怒号と共に剣が振り下ろされる!
手入れもロクにされていない
そしてその剣を扱う男も
恐らく武術の心得もない。ただ出鱈目に剣を振っているだけだった。
アロは、刃を恐れることもなく大きく踏み込んで、人の倍はある獣人の巨拳を目の前の男に叩きつけた!
「ぐふ!?」
腹部を殴られた男は砲弾のように飛んだ。
さらには飛んだ先にいた男の仲間も巻き込んで倒れた。
二十人はいた敵も、立っているのはもう四人だけだ。
だが、まだ油断は出来ない。
「……見事なもんだな。獣人のお嬢ちゃん」
苛立ちを隠せない顔で長剣を抜き、男の一人が言う。
無精髭を生やした三十代の男だ。
男は半身に構えて長剣の切っ先をアロに向けた。
この男は先程のような暴力に酔っただけの敵とは違う。
明らかに剣術の心得がある。
恐らくは冒険者くずれ。盗賊や海賊にはそういった輩がいる。
アロは重心を下げて甲板に片手をつき、男を見据える。
「……もったいねえな」
一方、長剣を構えたまま男が呟く。
その視線はアロの肢体に向けられている。
アロの美貌を差し引いても、彼女の構えには野生の美しさがある。
「本当なら捕えて、じっくり堪能してェところなんだが、そんな欲を言ってられるような相手でもねえか」
そんな軽口を叩きつつも、男に隙は無い。
軽口も本音かもしれないが、アロの苛立ちを誘うためのものだった。
対してアロは、
「私が欲しいのか? 盗賊や海賊どもはどいつも同じようなことを言う」
「そりゃあ当然だろ」男は答える。「金と酒と女。これが海賊のすべてなんだからな」
アロは眉をしかめる。
「そのために弱者から奪うのか?」
「まあ、俺たちは略奪がお仕事なんでね」
男は朗らかに笑って言う。
「……そうか」
アロは拳をさらに固めて双眸を細めた。
「クズどもめ。だが、いいだろう。私に勝てるのなら私をくれてやってもいいぞ。それは獣人族の戦士の流儀でもある。自由に奪うがいい――と言いたいところだが」
フンと鼻を鳴らした。
「それは先約があるからダメだな。私にはすでに主人がいる。だからお前は大人しく私に狩られてくれ」
「ああ。そうかい。残念だ」
長剣を構えたまま、男は軽く肩を竦めた。
静寂が二人を包む。
生き残っている他の三人の男も緊張から動けなくなっていた。
そうして、
――ザザンッ!
船が大きく傾いた。
それに合わせて男が刺突を繰り出した!
甲板の傾きも利用して加速した刺突だ。
海上戦を熟知していることがよく分かる剣技だった。
だが。
「―――な」
男が目を見張る。
長剣を突きだしたそこにはすでにアロの姿はなかった。
一瞬でアロは
「
まだ健在の男の一人が叫んだ。
離れていたからこそ彼にはアロの姿を早く確認できた。
しかし、それも遅い。
長剣を持つ男が
靴で火線を引くほどの速さだ。男は全くついていけていない。
キョロキョロとアロの姿を探している。
「所詮は冒険者くずれだな」
さらに加速しながら、アロは言う。
「ティアは経験が大事と言っていたが、お前から得るモノはない。終わらすぞ」
アロはようやくこちらに振り向いた男の顔に拳を叩きつけた。
男は
無論、残る三人も逃がさない。瞬時に狩り尽くした。
そして、
「ふむ」
一人だけ甲板に立つアロは腕を組んで呟くのだった。
「これで今回も依頼達成だな」
◆
「おめでとうございます!」
王都マハラの冒険者ギルド。
その受付で、受付嬢はにこやかに告げる。
「今回の依頼達成でアロさんはC級に昇格いたしました!」
言って、更新した冒険者カードをアロに渡してくる。
アロはまじまじとカードを見やる。
確かにそこには
他にも変わったのは所属パーティー名と、パーティーランク。
元は無所属だったが、今は『
まあ、パーティー名の下に、カッコつきで『見習い』と補足されていたが。
「うん。よかった」
アロに同行していたティアが言う。
「これでアロも私たちと一緒に依頼を受けられるようになった」
「うん。そだね」
同じく同行していたレイが頷く。
「けど、想像以上だったね。ここまで早い昇級は初めてじゃないかな?」
「まあ、頑張ったからな!」
アロは胸を張って言う。
その様子に受付嬢は苦笑いを浮かべた。
「まあ、たった二週間で盗賊団を八つ。海賊団を五つ。それをお一人で壊滅ですから。実質、一日に一つ壊滅させてはギルドも評価せざるを得ないですよ」
この二週間ですっかり顔見知りになった受付嬢がそんなことを言う。
「うん。あなたもギルドに掛け合ってくれてありがとう」
ティアが彼女に礼を言う。
アロがC級になってもティアたちとは三階級も差がある。見習いとしてもギルドはあまり良い顔はしなかったが、彼女がアロの担当となって助力してくれたのだ。
「いえいえ。アロさんの努力の賜物です」
受付嬢はパタパタと手を振って言う。
なお、ライドの情報に関しても彼女は協力してくれていた。
実はサヤたちとライドの依頼の対応をしたのが、彼女だったのである。
おかげでティアたちは、正確なライドの情報を得ていた。
現状、ライドが一人で旅をしていないこと。
何故か巨大な犬を連れていたこと。
他にも同行者はB級パーティー・『
目的地は東方大陸。そこに向かう貨物船の護衛依頼を受けたこと。
実に詳細な情報だった。
ここまで知ることが出来たのも、受付嬢の彼女と親しくなれたおかげである。
ただ、
『
という情報には三人揃ってざわついたものだが。
ともあれ。
「とりあえず私たちも東方大陸に向かおう」
ティアが言う。
「ライドは気ままに行動しているかもしれないけど、行き先が東方大陸ならガラサスのところに向かったのかもしれない」
「うん。それ、あり得るね」
レイが頷く。
それから懐かしそうに瞳を細めて、
「ガラサスかあ。懐かしいなあ。姪っ子ちゃんと仲良くできてるかな」
そう呟く。
ガラサスが姪っ子にデレデレだったのは、パーティーでは全員の知るところだった。
なにせ、個人で撮るにはそれなりに高価だというのに、二歳の姪っ子の写真を持っているぐらいだ。レイたちはそれを何度も見せられている。
「きっと大丈夫」
ティアが微笑む。
「ガラサスは強面だけど、意外と子供に優しい人だったから」
「うむ。話に聞くティアたちや主人の仲間だな」
アロが腕を組んで言う。
「会いに行くのなら私も楽しみだな。凄い武闘家なのだろう?」
「うん。たぶん世界最強の武闘家だね」
と、レイが笑って答える。
「ライドがガラサスのところに行ったのなら、しばらくは滞在するはず。二人同時に会えるのがベスト。だから」
一拍おいて、ティアは受付嬢に問う。
「東洋大陸に向かう船の護衛とかの依頼は入っていない?」
「ああ~、それなんですが……」
すると、受付嬢は眉をひそめた。
「実は、現在、その類の依頼はすべていったん保留にされているんです」
「え? なんで?」
レイが目を瞬かせた。
受付嬢は「すみません」と頭を下げてから、
「実は、海運組合と冒険者ギルドでとても大きな計画を立てていまして。それで皆さん。お願いがあるのです」
次いでアロの方を見やり、
「S級の方々にも参加していただけるのならこの上ないです。特にアロさんは今やギルドでは海賊狩りとも呼ばれていますから」
そう告げる。
アロは眉をひそめていたが、ティアは少し状況を察した。
「もしかして海賊に関わる依頼? 要は討伐依頼?」
「はい。その通りです」
受付嬢は首肯して答える。
「しかし、これまでとは規模が違います。近日中に大々的に正式展開されますが、ギルド長からは許可を頂いていますので皆さんにはお伝えします」
まず彼女は質問で切り出した。
「皆さんは『グラダゾード』はご存じですか?」
「ああ」アロが頷く。
「この二週間で何度も聞いた。海賊どもの拠点らしいな」
受付嬢は「はい」と首肯する。
そして、
「百を超える海賊団が集まる拠点と言われる島です。ですが、正確な場所までは判明せずここ数年の悩みどころでした。ですが、先日、ついにその情報を入手して、海運組合とギルドは決断したんです」
一呼吸入れる。
そして、彼女は真っ直ぐティアたちを見据えてこう告げた。
「海賊島グラダゾードの完全制圧を」
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