第2話 汽車の旅

 ガタガタン、ゴトゴトンッ……。

 汽車は軽快に進む。

 目的地はグラフ王国の王都シンドラット。

 森の王国と知られているだけあって、車窓から映る気色には緑が多い。

 森の中を開墾し、築き上げた線路の上を汽車は走り抜ける。


 そんな汽車の食堂車輛。

 そこにあるテーブルの一席に、彼ら五人はいた。


 まずは黄金の絹糸のような髪をサイドテールに纏めた碧色の瞳の少女。スレンダーな体には白銀の軽鎧ライトメイルを装着している。

 魔法剣士であり、リーダーでもあるリタ=ブルックスだ。

 愛用の大剣は椅子に掛けてあった。


 次も少女だ。

 赤い大きな三角帽子に、窓際の壁に立てかけた黒い竜骨の杖。袖や裾の短い赤黒のローブを纏い、背中当たりまで伸ばしたボリュームのある赤髪と、勝気な同色の瞳が印象的な少女。精霊魔法師のジュリエッタ=ホウプスである。


 三人目は、ウェーブのかかった背中まである薄い桃色の髪に、同色の瞳の少女。スレンダーなリタやジュリとは対照的に、小柄ながらも、ゆったりとした神官衣の上からも分かるほどに見事なスタイルを有している。

 神官のカリン=カーラスだ。

 錫杖はジュリエッタ同様に壁に立てかけている。


 四人目は鬼人オウガ族の少女だった。

 浅黒い肌に白い総髪。額には二本の角。背は男性並みに高く、カリンを大きく凌ぐ大きな双丘と、相反するような割れた腹筋。黒い革製のタイトパンツを履き、ビキニだけの上半身の上に丈の短いジャケットを着こなしている。

 戦士のライラ=グラッセである。黒い金棒はテーブルに立てかけていた。


 そして最後の一人は唯一の男性だった。

 ブロンドの髪を持つ長身の少年。線の細い美形だ。

 軽鎧ライトメイルの上に貴族の証である赤い外套を纏い、腰には長剣を差している。

 神聖戦士のジョセフ=ボルフィーズだった。

 同席者は女性ばかり――しかも美少女ばかりだというのに全く動じることもなく、彼は優雅に紅茶を楽しんでいた。


 全員がまだ十代半ばという若きD級パーティー。

 星照らす光ライジングサンの面々だった。


「う~ん。こんな感じかな?」


 と、カリンが呟く。

 彼女は今、写実をしていた。

 全員がカリンの方に目をやる。

 特にリタとジュリは食い気味で身を乗り出した。

 食堂車輛の一席に座るリタたちの座席は、窓際からジュリとリタが並んで座り、その対面の形でカリン、ライラ、ジョセフの順で並んで座っている。

 ちなみにジョセフは紅茶をオーダーしていたが、リタたちは全員がコーヒーだった。


「どんなの? どんなの?」


 リタが瞳を輝かせる。

 ジュリも似たような表情だ。

 カリンは少し自信なさげにだが、写実をテーブルの上に置いた。

 そこに描かれていたのは、リタの父――ライド=ブルックスの似顔絵だった。

 優し気な青年の絵である。中々に特徴を捉えた似顔絵だった。

 ライドを知る者なら似ていると言うだろう。

 しかし、


「「ボツ」」


 愛娘リタ愛弟子ジュリは納得いかないようだ。


「パパは」「先生は」


 声を揃えて言う。


「「もっとカッコイイ」」


「……ええェ」


 カリンは滅多に見せないうんざりした表情を見せた。


「あんたらいい加減にしときなよ」


 ライラが呆れた様子で言う。


「これでいったい何回目のリテイクだい」


 カリンがライドの似顔絵を描くのはこれが初めてではなかった。

 指導強化合宿の時から、何度も描き続けているのだ。


「……流石にしんどいよォ」


 遂にカリンも愚痴を零した。

 リタの写実の腕前は壊滅的だった。

 ならば面識のあるジュリ、アレス、ララの誰かにお願いしようと考えたが、彼らはリタたちのように冒険者の育成学校には通わず、直で冒険者になった者たちだった。

 そのため、写実の講習など受けたこともなく絵心もさほどなかった。

 結果、カリンがライドの特徴を聞いて描くことになったのだ。


 しかし、そこで問題が一つ発生した。

 早速似顔絵を描いて、アレスとララは「よく似ている」と言ってくれたのだが、乙女フィルターの入ったリタとジュリが全く納得してくれないのである。

 おかげで合宿中も、この汽車の旅の中でも、ずっとリテイクされ続けていた。


「人探しのための似顔絵なんだよ。そこまでそっくりでなくてもいいんだ。特徴が掴めてんのならこれでいいだろ」


 そう言って、ライラは似顔絵を手に取った。


「うん。これで充分だよ。つうかこれ以上やったら崩れるよ」


「……ふむ。確かに」


 その画を隣から凝視してジョセフが呟く。

 それから、リタの方を見やり、


「姫。グラッセの言には理があります。人物像は客観視が重要です。姫はお父上とは三年以上もお会いしておりません。募る想いもありましょう」


 そこで一拍おいて、


「ならば、アレスの客観視で似ていると判断した絵に近いこちらの方がよいのではないかと具申いたします」


「……むむむ」


 リタが呻く。

 そうして、ぐでえっとテーブルの上に上半身を投げ出した。

 一方、リタの隣に座るジュリは「……そうね」と小さく呟いた。


「ララも充分似ているって言ってたし、これ以上、拘っても仕方がないかもね」


 どうやら愛弟子は納得したようだ。


「……ううゥ。パパはもっとカッコイイもん……」


 ただ愛娘の方はまだ少し不満そうだったが。


「もう。シャキッとしなさい。リタ」


 パシンとリタの頭を叩きつつ、ジュリはカリンの方を見やり、


「カリン。じゃあこれを何枚か描いておいてくれる?」


「うん。いいよォ」


 リタ同様にテーブルに身を投げ出してカリンが応える。


「これで終わってくれるのなら幾らでも描くよォ」


 疲れ切った顔でそう言った。


「ごめんね」


 ジュリが気まずげに微笑んだ。

 流石にリタも椅子に座り直して「ごめん。カリン」と謝った。


「本当にうちの義娘が迷惑ばかりかけて」


 リタの頭を抑えてジュリが言う。


「誰がジュリの義娘よ」


 そんなジュリの腕をリタは払う。互いに「「イー」」と歯を見せた。

 が、ややあってジュリの方が嘆息して、


「ともあれよ。そろそろグラフ王国も近いし、もっと重要な案件があるのよ」


 言って、横に置いていた手荷物から何かを取り出した。

 それをゴトンッとテーブルの上に置く。

 全員がそれに注目した。


「……なにこれ?」


 カリンが眉をひそめて呟く。

 それはいわゆる首輪だった。

 菱形の紫水晶が付けられた黒鋼の首輪である。

 だが、これはサイズ的に恐らく獣用のモノではない。


「これって魔石具よね……」


 リタが首輪の紫水晶――魔石を指先で突く。


「見たことがないモノだけど……」


「私だってそうよ」


 ジュリが少し不快そうに言う。


「合宿中に裏市にまで行って探して手に入れたの。あなたたちと一緒にグラフ王国に行くのなら必ず必要だと思ったから」


 そこでジュリはライラに目をやった。

 ライラはもの珍しそうに首輪を手に取っていた。

 ジュリは一度唇を噛んでから、


「それは隷属の首輪……」


 ライラの持つ魔石具の名を告げる。


「これから行くグラフ王国では当たり前なモノらしいわ。ライラ。ごめんなさい」


「ん? ジュリ? どうしたんだい? いきなり謝って」


 ライラが目を瞬かせながらジュリを見やる。

 そんな仲間に、ジュリは沈痛な表情を見せた。

 そして、


「……本当にごめん。ライラ」


 もう一度謝ってから、彼女は告げる。


「あなたにはこれから奴隷になってもらうわ」


 ――と。


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