第19話 レッドドラゴンの災難

 最強種とは何か。

 それを問えば、多くの者が『ドラゴン』と答えるだろう。

 高熱に強く、極寒地でも平然と生き、全身の竜鱗は鋼よりも硬い。

 その巨躯を支える筋肉は強靭であり、爪の一撃は大地を砕く。自在に空を舞い、とあるレッドドラゴンの炎の息吹は街一つ焼き尽くしたこともあると伝えられている。

 その知能も高く、古竜に至っては人語さえ操る個体もいるという。


 ――あまりにも別格。

 古の神々に名付けられた唯一の魔獣。


 神々の眷属だったとも呼ばれ、属性の七色に分類される竜種は、英雄譚には必ずと言っていいほどに登場してくる魔獣だった。

 冒険者にとっては遭遇することは最大の恐怖であり、また憧れでもあった。

 ましてや討伐など最高の栄誉である。


「だあああッ! くそッ!」


 両腕でララを抱きかかえて、アレスが舌打ちする。


「ア、アレスくん……」


 ララが不安そうに眉根を寄せていた。

 彼女が数秒前までいた街道は真っ黒に焦げ付いていた。

 地面には未だ炎の欠片も残っている。


「何なんだよ! あのトカゲは!」


 上空を見上げてアレスが叫んだ。

 そこには巨大な翼を持つ赤いトカゲがホバリングしていた。

 王都近くのダンジョンに向かっていたアレスたちにいきなり火球をぶっ放してきたのだ。

 戦士級の脚力でなければ回避できない広範囲攻撃だ。

 咄嗟にアレスは、ララを抱きかかえて跳躍した。

 幼馴染の三人組。

 ララを選んだのはすぐ横にいたからだ。

 そしてジュリに関しては見捨てたのではなく、を信じて任せたのだ。


「あれはトカゲじゃないぞ」


 事実、は信頼に応えてくれていた。

 ジュリを両腕で抱きかかえた――ライドが双眸を細めて言う。


「赤い竜鱗……炎熱の『赤』か。レッドドラゴンだな」


「――――え」


 ライドに抱きかかえられて真っ赤になっていたジュリが上空に目をやった。


「ドラゴン!? あの伝説の!?」


「はあっ!?」「……うそ」


 アレスとララも愕然とする。


「ドラゴンは確かに強いな。伝説に残るほどに」


 一方、ライドは上空のレッドドラゴンを見据えたまま言葉を続ける。


「だが、あれは成竜じゃないぞ。体格が随分と小さい。そもそも成竜ならもっと慎重だ。こんな雑な攻撃はしない」


 そう告げてから、ジュリをその場に降ろす。


「恐らくは生後二十年ぐらいの幼生体だな。それぐらいの歳ならまだ・・魔法も使えない・・・・・・・。一応ドラゴンではあるが、アレスの言う通り、火を吐いて空を飛ぶ大トカゲ程度と考えてもいいかもな。ジュリ」


 ライドは愛弟子に視線を向ける。


「ドラゴンについての講習は憶えているな?」


「う、うん」


 ジュリは頷く。ライドは「良い子だ」と言ってから、


「アレス」


 ララを降ろすアレスに向かって声を掛ける。


「なんだよ! 殿なら俺がやるよ! おっさんはララとジュリを連れて逃げてくれ!」


「心意気は買うが、そこまで気負う必要はないぞ」


 ライドは一歩前に出て告げる。


「さっきも言った通りあれは慎重さもない空を飛ぶ火吹きトカゲだ。一つの条件を取り除けば今のお前たちなら勝てる相手だ」


「――はあッ!? なに言ってんだ、あんたッ!?」


 アレスが目を剥いた。ララとジュリは言葉を失っている。


「どちらにせよ、冒険者がドラゴンの襲来を見過ごす訳にもいかないだろう。勝てる相手なら尚更だ。さて」


 ライドは魔剣を抜いた。次いで切っ先を地に降ろして、


「久しぶりだが、やってみるか」


 そう呟いた。

 そして、


風天裂刃エア=ボロガレス


 魔剣を横に薙いで魔法を唱えた。

 直後、地表で風が渦巻き、巨大な竜巻と成ってレッドドラゴンを呑み込んだ。


「う、うそ!? 第八階位のエア魔法!?」


 ジュリが目を瞠る。

 だが、幼生体であっても最強種。暴風に呑み込まれても健在だった。

 ただし、絶叫は上げて、その両翼は大きく軋んでいたが。


「やはり単発では無理か」


 ライドが双眸を細める。

 そして今度は魔剣の切っ先をドラゴンに向けた。


「ララ。オレたちに防御結界を」


「あ、は、はい……」


 ララは動揺しつつもライドの指示に従い、全員に防御結界を張った。

 それを見届けてから、


氷魔落涙アイス=バストール


 魔剣を振り下ろし、今度は別種の魔法を唱えた。

 天に昇る竜巻。その上空が凍気を帯び始める。

 それは瞬く間に渦巻く氷天と成った。凍える曇天には巨大な窪みが生まれて、死の息吹をドラゴンに叩きつけた。そのまま地表にまで押しやる。

 衝撃と猛烈な寒波が地表を覆う。防御結界がなければ、余波だけでアレスたちも氷結していたかも知れない。

 事実、防御結界は寒波をどうにか凌いだだけで砕け散った。


「う、うそォ……」


 呆然とするジュリ。

 今の魔法は第九階位のアイス系精霊魔法だった。

 苦手な系統であることを差し引いても、今のジュリには到底使えない大魔法である。

 A級以上の冒険者であっても、果たしてどれだけの人間が使えることか――。

 だが、その脅威の魔法にもドラゴンは耐え抜いた。


『……グルゥ』


 ――ズズンッと。

 唸りを上げつつも、四肢でしっかりと大地に立っていた。

 鎌首を上げて竜尾で強く大地を叩く。

 全身に傷を負っているが、どれも致命傷ではなかった。

 その存在感は全く衰えていない。


「……あれに耐えたのかよ」


 アレスが唖然としていると、


「よし。上手く行ったな」


 魔剣を納めて、ライドがそんなことを呟く。

 続けて、


「これでもう飛ぶことは出来ないだろう」


 そう告げる。

 確かに今の一撃でドラゴンの両翼はボロボロになっていた。

 あの翼ではもう飛翔は望めないだろう。


「これで条件は満たした。五分と五分だ。さて」


 ライドはアレスたちにこう告げる。


「頑張れ。お前たちなら勝てる」


「――はあッ!?」


 アレスが目を剥いてライドを見やる。

 ララとジュリも、パクパクと口を動かしてライドを凝視していた。

 なお、ドラゴンもずっとライドを睨み据えていた。

 ライドはその場から離れつつ、若き勇者パーティーを見やり、


「オレがこれ以上出張るのは野暮だ。アレス。英雄の資質を見せてくれ」


 そう願う。

 そして、


「大丈夫だ。危険なようだったら所々でオレも加勢するよ」


 そんなことを言うのであった。






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