第18話 指導強化合宿
合縁奇縁。
かくして出会った愛娘と、愛弟子。
果たして。
彼女たちの出会いが何をもたらしたかというと。
「とにかく走りなさい!」
ジュリの声が飛ぶ。
「持久力は冒険者の基本よ!」
続けてそう叫ぶ。
彼女は木剣を逆手に構えて杖代わりにしていた。
一方、リタたちは整地された訓練場を延々と走り続けていた。リタやライラ、ジョセフはまだ息が続いているが、カリンは「はあ、はあ」と相当に辛そうだった。
「カリン!」
ジュリが叫ぶ。
「神官は特に狙われやすいわ! いざという時に動ける体力がないと死ぬわよ!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
カリンが体力を振り絞って走る。
愛娘と愛弟子の出会いがもたらしたモノ。
それは指導強化合宿だった。
指導強化合宿とは上位パーティーが下位パーティーを鍛えるための合宿である。
冒険ギルドに申請し、ギルド管理の専用施設を借りて行うのである。
今回、指導する側はC級パーティーの
受ける側はE級パーティーの
当然ながらこの場にはアレスたちもいる。
アレスにララ。そしてシンシアとバンの姿もあった。
指導官となるジュリから少し離れたところでリタたちの様子を見ている。
ジュリはすでに
しかし、アレスたちとの同意でこの場に参加していた。
いや、むしろここではジュリが主役だった。
「リタ! 少し遅れ始めてるわよ!」
「わ、分かってるわよ! ジュリ!」
「ジュリじゃない! 私のことは『マム』か『ママ』と呼びなさい!」
「ママ。このジョセフ、そろそろ限界なのだが」
「お前はママと呼ぶな!」
そんなやり取りをしている。
「ああ~、相変わらず厳しいよな。ジュリの奴」
アレスが苦笑を浮かべてそう言った。
ジュリは勝気な性格そのままにスパルタだった。
アレスも昔、似たような目にあっていた。
「あはは。確かにそうだね」
ララが笑う。
「笑い事でもないぞ」
シンシアがジト目で二人に言う。
「二人ともジュリエッタに甘すぎだ。何も私たちまで付き合う必要はないだろう」
「いやいや、こればかりはな」
アレスが走り続けるリタたちを見据えて、
「まさかのおっさんの娘じゃな。おっさんには本当に世話になったんだ」
「うん。これぐらいは恩返ししないと」
「しかし、その男のせいでジュリエッタは脱退したんだぞ」
シンシアはまだ納得していないようにそう告げるが、
「それはもうええやん。シンシアちゃん」
バンが後頭部に手を置いて苦笑を浮かべた。
「それより俺らもそろそろあの子らの指導に入ろうや。つうか俺、これを機会にしてカリンちゃんと仲良くなりたいねん」
と、身も蓋もなく目的を告げる。
「ホント、正直者なんだよなあ、バンって」
苦笑いを浮かべるアレスに、
「そんなん隠してもしゃあないやん。つうか、そもそも俺はモテたいからアレスのパーティーに入ったのに……」
そこで「ヌヌヌ」と呻くバン。
「シンシアちゃん然り、近づいてくる女の子はほとんどアレス目当てやん」
「……おい。どういう意味だ。バン」
シンシアが険悪な表情でバンを見やる。今にも細剣を抜きそうな雰囲気だ。
バンは「うひゃあ!」と悲鳴っぽく叫んで、リタたち――まあ、正確に言えばカリンの元へと走り出した。何かとお調子者のイメージが強いバンだが、頼りになる人物でもあった。恐らく指導は真面目にするだろう。
「……仕方がないな」
言って、シンシアも一歩前に出る。
「不本意だが、彼らが悪い訳でもないしな。私も協力しよう」
「ありがとうな。シンシア」
アレスがニカっと笑ってそう告げると、シンシアは顔を赤くして「き、気にするな」と視線を逸らした。そして誤魔化すように彼女もリタたちの元に走って行く。
残されたアレスとララは顔を見合わせた。
「じゃあ、俺らも行くか」
「うん。そだね」
アレスの声にララは頷いた。
そうして――。
その日の夜。
「……いたた」
リタが片腕を前に出して擦って呻く。
同時に湯に小さな波が広がった。
そこは同訓練施設の入浴場。
それも大きな露天風呂である。強化合宿はパーティー同士の親睦を深める目的もあるのでこういった施設も充実していた。
空には満天の星。夜風も心地よい。
日中の地獄のしごきがなければ堪能したいところだった。
「……ジュリって容赦ないわあ」
ブクブクと湯に沈んでリタが言う。
「……うん。厳しかった」
同じく入浴するカリンが頷く。
「明日絶対に筋肉痛になっているよ」
言って、ザパァと両腕を上げて伸びをする。
裸身なので当然その双丘もたゆんっと大きく揺れる。
リタが「ぐぐぐ」とジト目でカリンを見やる。
カリンは美少女ではあるが、リタとて決して劣ってはいない。
スラリとした脚線美に引き締まった腰。肌のきめ細かさ。複雑な気分ではあるが、母親から譲り受けた美貌は一級品以上だった。
しかし、あの胸にだけは敵わない。あれには届かない。
(……グヌヌ)
湯の中で無駄とは思いつつ、自身の胸を揉んでみるリタ。
「まあ、カリンは神官だしね。こういった体力強化は辛いか」
その時、三人目が声を掛けた。
風呂の縁に両腕を置いてくつろぐライラである。
当然、彼女も裸体。カリンをも凌ぐ軍艦にリタはまたヘコんだ。
「私的にはしごきはそこまできつくなかったかね。ただそれでも少し鼻をへし折られた気分さ。C級パーティーってのはあそこまで違うもんなんだね。特にアレスには驚いた」
そこでライラが双眸を細めた。
「
「まあ、あれは無茶くちゃよね」
気持ちを改めてリタも頷く。
「全然見えないし。気付いたら首の前で剣が止まっているんだもん」
「勇者って凄いよね。あれならドラゴンにだって勝てるよ」
カリンも会話に混じる。
と、その時だった。
「ドラゴンはそんな簡単な相手じゃないわよ」
四人目の声が聞こえてくる。
リタたちは振り返った。
そこにはジュリとララ。そしてシンシアがいた。
三人とも裸体の正面をタオルだけで隠した姿である。
(……よし)
リタは湯の中でグッと拳を固める。
ジュリもまた美少女だ。
腰の細さ、肌の白さはリタ以上かもしれない。しかし、その胸には勝った。
僅差の辛勝かもしれないが確かに勝っている。
そしてシンシア。少し年上の女性。
その胸は互角だ。目算ではほぼ互角だ。負けてはいない。
これで一勝一分けだ。
だが、
(……グヌヌヌ)
リタは心の中で呻く。
最後の一人であるララ。
カリンによく似た雰囲気の少女。奇しくも同じ神官職だ。
その胸の大きさもカリンによく似ていた。
ほぼ同格と言っていい。すなわちリタの惨敗であった。
結果、一勝一分け三敗の負け越しである。
(……グウゥ)
敗北感に打ちのめされるリタをよそに、
「それに先生はアレスの剣をあっさりと防いでたわよ」
ジュリはそんなことを言う。
カリンとライラは「え?」と驚いた顔をした。
「え? マジで?」
父親の話にリタもすぐに復帰する。
「うそ。パパってそんなに強いの?」
「だから先生は凄く強いって言ってるじゃない」
ジュリが呆れたように言う。
ララ、シンシアと共に湯に近づき、桶で体に湯を掛けると入浴した。
「ふう~」と三人とも息をついてから、
「というより、なんで先生の娘のあなたが知らないのよ?」
と、リタに尋ねるジュリ。
リタは「むむむ」と腕を組んで唸った。
「だって、パパが戦うところなんて一度も見たことないし。私の知っているパパは冒険者じゃなくて、ブルックス道具店の店主だったもの」
「……まあ、なんかそれはそれで似合ってそうね。ちょっと見てみたい」
ジュリが少し頬を赤らめてそう呟くと、
「あはは。そうだね。他にもライドさんなら喫茶店のマスターとかも似合いそう」
ララが、ポンと手を叩いてそう告げる。
一方、リタはあごに指先に当てると、
「あ、けど、時々自分の部屋で逆立ちの腕立てを片手でしてたわ」
「……それも見てみたいわね」
ジュリが口元を隠して呟いた。
が、すぐにブンブンとかぶりを振って、
「ま、まあ、それはともかく。ここにはシンシアもいるし、丁度いいかもね」
「……? 何がだ?」
湯を堪能していたシンシアがジュリに視線を向けた。
「ん。先生の話よ」
と、ジュリは返した。
そして続けて彼女はこう告げるのであった。
「いい機会だからシンシアにも詳しく話しておくわ。私たちが先生と一緒にレッドドラゴンと遭遇した時の話をね」
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