第20話 リタの本心
「……結局ね」
露天風呂の湯につかりながらジュリは嘆息した。
「最初の二撃でドラゴンは完全に委縮してたのよ。その後、先生はあまり参戦していなかったけど、ドラゴンはずっと先生ばかりを警戒していたわ」
「まあ、当然だよね」
ララが苦笑を浮かべた。
「最初にあんな大魔法の二連発。それで翼をもがれたら怖くもなるよ」
「まあ、先生曰く」
ジュリは肩を竦めた。
「最初に喧嘩を売って来たのはドラゴンの方だから気遣う必要もないだろうって」
「ライドさんって優しい人だけど、決断したら容赦ないから……」
ララが頬をかいてそう言うと、
「ちょ、ちょっと待って!?」
リタが湯から立ち上がって叫んだ。
「誰それ!? ホントにパパの話!?」
「……私も疑問だ」
シンシアも、ポツリと言う。
「そもそもその人物はE級の冒険者なのだろう? それが大魔法の連発だと? そんな無茶くちゃな話があり得るはずがないだろう」
「先生は一度冒険者を引退して最初からやり直しているところなの。以前が何級だったのかまでは聞く機会がなかったけど、本来はもっと高ランクの冒険者なのよ」
と、ジュリが説明する。
「だから、アレスにとってもあの人は先生なのよ。何だかんだ言ってもあいつは先生を尊敬しているし。アレスは口が悪いけど、あいつが先生の悪口や陰口を言っているところなんて見たことないでしょう?」
「……むむ」
と、腕を組んで唸るシンシア。
一方、リタは立ったまま呆然としていた。
もしジュリの話が本当だと言うのなら、リタの父は剣技でアレスを上回り、精霊魔法では第八階位以上の大魔法を平然と連発できるらしい。
これにはカリンもライラも面を喰らっていた。
「……リタ」
ジュリが立ち尽くすリタに声を掛ける。
「これが私から見た先生の姿よ」
「…………」
リタは無言でジュリを見やる。
炎のような真紅の髪がよく映えるとても綺麗な少女だ。
彼女は友人であり、命の恩人でもある。
そしてきっと
「……あたしの想いもちゃんと伝えるべきなのよね……」
リタは小さく息を吐いた。
「この旅に付き合ってくれてるライラとカリンにも。けど、流石に長湯しすぎよね。そろそろ上がりましょう」
そう言って、リタたちは大浴場から出た。
更衣室には各自『浴衣』という東方の衣服が用意されていた。
「実のところね」
タオルで体を拭きつつ、リタが話を切り出した。
「パパと血が繋がっていなかったこと自体はそこまでショックじゃなかったの」
「え? そうなの?」
髪を拭きながらカリンが目を丸くする。
ライラも「マジか?」と少し驚いた顔をしていた。
「うん。だってそれは薄々気付いていたから。考えてもみてよ。パパとあたしの年齢差ってたったの十五歳なのよ。獣人族なら十四とか十五で結婚とかもあるらしいけど、そこまで若い父親なんてそうはいないわ。それにあたしって、パパに似ているところって全くないぐらいだし」
「確かにそうね」
魔法で風を起こして髪を乾かすジュリが頷く。
「先生が年齢よりも若く見えることもあったかもしれないけど、リタが娘なんて何の冗談かって思ったもの」
「あはは。普通は思わないよね」
下着を着けつつ、ララが同意する。
リタは構わず言葉を続ける。
「まあ、それで九歳ぐらいの時からもう気付き始めてたの。戸籍まで調べることはしなかったけど、事情を知ってそうな周囲の大人たちの反応で確信もしてた。おかげで自分の気持ちもすっきりとしたわ。だって」
一拍おいて、
「ここまでお父さんが大好きな実の娘なんている訳ないじゃない」
「おい。全世界のお父さんがヘコむような発言は止めろ」
ライラが呆れた様子でツッコむ。
リタは足に下着を通しつつ苦笑を浮かべて、
「けどね。血の繋がりがなくても親娘の絆は生まれるわ。少なくともあたしの中には娘としてパパを愛する気持ちがある。ただ同時に思ったの」
少し遠い目をして言葉を続ける。
「もうじき分岐点が来るんだろうなって。ほら。女の子って十二歳ぐらいから大きく変わるじゃない。そこがたぶん将来の分岐点。もしその期間をパパと一緒に過ごしたら、きっとパパとあたしは完全に親娘になるんだろうなって思ったの」
「……え?」
浴衣に着終えたカリンが目を丸くする。
「じゃあ、リタちゃんが学校に入学した理由って……」
「いいえ」同じく浴衣に袖を通したリタがかぶりを振る。「冒険者になって家計を支えたかったのが一番の理由よ。そこに嘘はない。けど、頭の片隅ではこのままパパの娘のままでいるのが嫌な自分がいた。それがあたしの決断に影響がなかったとは言えないわ」
リタは大きく嘆息した。
「まさかその結果、こんなことになるなんて思いもよらなかったけど」
「波乱万丈だね」
浴衣を大胆に着崩して羽織るライラが言う。
「そうね。けど、ともあれよ」
リタは気を持ち直して、ジュリの方に目をやった。
すでに彼女も浴衣姿だ。
「はっきり言っておくわ。あたしは確かにパパの娘よ。けどね」
リタは拳を突き出した。
「あたしはあなたの
その宣戦布告にジュリは目を見開く。
傍らではララが口元を抑えて驚いている。
「知っておきなさい。あたしは誰よりもパパと長い時間を過ごした女の子なんだから」
と、リタは言う。
「……よく言うわ」
ジュリは苦笑を浮かべつつ、拳を突き出した。
コツンと少女たちの拳がぶつかる。
「未だに『パパ』と呼んでる時点で相手じゃないわね」
「むむ。うるさいわね。そこはいずれ直すわよ」
と、リタがブスッとして返す。
カリンとライラ。そしてララが優しい目で二人を見やる。
と、その時。
「す、凄い……」
そんな呟きが聞こえた。
今まで沈黙していたシンシアだった。
彼女もすでに浴衣姿だったが、耳も露出した肌も真っ赤だった。
「ふ、二人とも大人の女性だ……」
そんなことを呟いている。
全員が彼女に注目すると、「ひゃっ!」と変な声を上げた。
「……シンシア」
ジュリがジト目で言う。
「あなた、もしかして初恋ってまだなの?」
「えっ!? い、いやっ!?」
シンシアがビクンっと肩を浮かせた。
「ああ、なるほどね。アレスが初恋なのね。当然まだ経験もなしか」
ジュリは小さく嘆息した。それからララの方を見やり、
「ララ。年上の人にこう言うのはなんだけど、この人このままだとマズいわよ。気高いだけならいいけど、こういう初心なタイプって狙われやすいのは知ってるでしょう」
一拍おいて、
「もし最悪の部類の男に目を付けられたら終わりよ。実力はあったのに犠牲になった人の話はよく聞くし。その前に今夜にでもアレスに対処させなさい」
「うん。分かった」
おっとりした少女であるララがポンと柏手を打つ。
それからシンシアの腕を絡めとり、
「じゃあ部屋割り替えよう。今夜は使用者も少ないらしいから融通効くと思うよ」
「え? え? ララ?」
シンシアは目を瞬かせる。
「大丈夫。アレスくんは言葉遣いから誤解されやすいけど優しいから。私の時もね。だから今夜は相手が年下とか気にしないで思い切って甘えてみて」
そんなことを言いながら、ララはシンシアの腕を引いて去っていった。
残されたリタたちは数秒ほどキョトンとしていたが、ややあって、リタとカリンがボっと顔を赤くした。ライラも視線を逸らしてボリボリと頭をかいている。気まずそうな彼女も耳が少し赤かった。
一方、リタたちと同じく未経験であるのにジュリは実にクレバーなものだ。
「流石に明日のシンシアは役に立たないでしょうね。けど」
ジュリは拳を突き出して告げる。
「合宿はまだまだ続くわ。明日はシンシアの分まで私がしごくから覚悟しなさい」
そうして――。
二週間後。
地獄の強化合宿は無事終了した。
リタたちは汽車の停車する王都キグナスの駅にいた。
全員旅支度は終えている。強化合宿中にもダンジョンアタックは何度か敢行し、
今日は出立の日だった。
見送りにはアレスたち――
そこにはジュリの姿もある。
「カリンちゃああん……」
バンが名残惜しそうにカリンの両手を掴んでいた。
「また会おうなあああ、きっと会おうなあああ」
「あ、はい。ご縁があれば」
と、カリンは当たり障りのない返答をする。
「ジョセフ。頑張れよ」
「うむ。アレス。感謝する」
アレスとジョセフが握手を交わす。
「
「はは。俺の剣はまだ拙いけどな」
ジョセフの言葉にアレスが笑みを零す。
「……ジュリエッタ」
その傍らでシンシアが肘に片手を当てつつ、ジュリに声を掛けた。
「色々とすまなかった。辛く当たって」
「気にしなくていいわよ」
ジュリが苦笑を浮かべた。
「それよりアレスのこと頼んだわよ。ララと一緒にね」
「あ、ああ!」
シンシアはコクコクと頷いた。
「その、そっちの方も世話になった。私は奥手だったから本当に感謝している。アレスとララは私が守ると約束しよう」
「……ん。ありがと」
ジュリは双眸を細めてアレスとララに視線を向けた。
ジュリは竜骨の杖を前に出した。
ララが錫杖をそれに重ねる。そしてアレスは長剣を合わせた。
「俺たちは」
アレスが言う。
「どんなに離れていても変わらない。幼馴染で仲間なんだ」
「……ええ」「……うん」
ジュリとララは頷いた。
それからジュリとララは強く互いを抱きしめ合った。
そうして、ジュリはリタの方へと進んでいく。
「それじゃあよろしくね。リタ。みんな」
「うん。よろしく」
リタとジュリが握手を交わす。
「ようこそジュリ。
――そう。
今日からジュリもリタたちの仲間に加わったのである。
ランクが違いすぎる者の加入はギルドが嫌がる。
C級のジュリが加入するための強化合宿でもあったのだ。
「よろしくな!」「ジュリちゃん、よろしく!」
ライラとカリンがにこやかに歓迎する。
ジョセフも「このジョセフ、心より歓迎しよう!」と優雅に一礼した。
「これで準備は万全よ! さあ!」
リタは拳を振り上げた。
そして、
「行きましょう! グラフ王国へ!」
そう宣言する。
こうして新たな仲間も迎えて。
愛する
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