第16話 愛娘と愛弟子
さて。場所はマキータ王国に戻る。
その日の夕方。
冒険者ギルドの一階食堂の一席にて。
「「「乾杯っ!」」」
感謝の祝杯があげられていた。
メンバーはリタとカリン、ライラにジョセフ。
そして招待された者としてジュリがいた。
テーブルの上には多種多様の料理。
リタたちの手には果実酒が握られていた。
アルコール度は極めて低く、強炭酸ではあるが限りなくジュースに近い代物だ。十代の冒険者を配慮してギルドで常備されている模造酒である。
とはいえ、それでも気分だけは盛り上がる。
リタたちは果実酒をあおった。
ゴクゴクと喉を鳴らして、ぷわあと息を吐く。
「ありがとね。ジュリ」
リタが隣に座るジュリに礼を言う。
ちなみに四角いテーブル席にはリタ、ジュリ、カリンが一列に座り、ライラとジョセフがその向かい側に並んで座っている。
「気にする必要はないわ」
ジュリが苦笑を浮かべて答える。
「そういう依頼だったしね。けど、今後はもっと気を付けた方がいいかもね。リタたちは綺麗な子ばかりだし、新人狩りって年々悪質になっているって話だし」
「……そうだね」
ライラが骨付き肉を手に取って頷く。
「本当に迂闊だったよ。まさか毒ガスなんてありかよって思ったよ」
「このジョセフ、一生の不覚っ!」
ジョセフが天を仰ぎ、わなわなと手を震わせた。
「姫に傷を負わせるなどあってはならぬことだというのにっ!」
「だからその『姫』も止めろ」
リタがジト目でジョセフを睨みつける。
「あたしはブルックス道具店の看板娘に過ぎないんだから」
そう告げる。
すると、ジュリが少し苦笑めいた笑みをリタに向けていた。
「どうしたの? ジュリちゃん?」
と、その様子に気付いたカリンが尋ねる。
「ああ。気にしないで」
ジュリは、親友によく似た雰囲気を持つ少女に目をやって笑う。
「よくある名前だなって思っただけよ」
「よくある名前で悪かったわね。ジュリ」
今度はジュリにジト目を向けるリタ。
ジュリとリタたちは、すでに互いに名前程度だが自己紹介をしている。
その際に、ジュリはリタの家名も聞いているのだが、『ブルックス』はそこまで珍しい名前ではない。むしろどちらかと言えばよくある名前だった。
リタが全く彼に似ていないこともあってジュリはただの偶然だと思っていた。
「ごめんね。けど、私の知り合いにも一人同じ家名の人がいるから」
ジュリはリタにそう返す。
「私の魔法の先生も『ブルックス』だったのよ」
「へえ~。そうなんだ」
カリンがポンと柏手を打つ。
「偶然だね。確かに多い名前かも」
「そうさね。けど、それはともかく私はジュリの先生ってのが気になるね」
ライラが骨付き肉にかぶりつきながら言う。
「あの時、私も倒れながら見てたけど、あのとんでもない炎の拳の乱打を教えてくれた人ってことなんだろ?」
「ええ。あれも先生から教わった魔法の一つよ」
ジュリがライラを見て答える。
「私は
そこでジュリは少し自慢げに語る。
「先生は本当に凄いの。どんな精霊魔法でも使えるの。上位魔法さえもよ」
「え? マジで?」目を見開いてリタが呟く。
「それじゃあ、まるでティア=ルナシスみたいじゃない」
一度だけ会う機会があったS級精霊魔法師。その実力は防御魔法のほんの一端しか見られなかったが、完全に格の違う相手だと思った。
「もしかしてその人もS級なの?」
リタがそう尋ねると、ジュリはかぶりを振って、
「S級じゃないけど、先生はきっと彼女に並ぶぐらいの実力があると思うわ」
少し自慢げにそう告げる。
そして、
「あの人は本当に強くて、とても優しい人なの」
ジョッキを手に微かに頬を朱に染める。
その様子に、ジョセフ以外のメンバー……すなわち女性陣は瞬時に気付いた。
「はは~ん」
ライラがニマニマと笑う。
「その先生って男だろ?」
「え? あ、うん。先生は男性よ」
唐突な問いかけにジュリは困惑しつつも答える。
「「ほほう」」
リタとカリンが声を揃えてそう呟くと、全く同時に左右からジュリの腕を掴んだ。
「それは詳しく教えて欲しいものね」
「うん。聞きたいな。その先生とジュリちゃんの関係」
「ん? 師弟関係ではないのか?」
と、一人取り残されているジョセフが首を傾げた。
「まあ、あんたはこれでも食ってな」
言って、ライラは新しい骨付き肉を掴んでジョセフの口に突っ込んだ。
しかし、視線だけはジュリの方に釘付けだった。
男勝りなライラも乙女だ。
そして乙女たちは恋バナが大好物だった。
当然、ジュリも乙女なので自分の置かれた状況にすぐに気付いた。
包囲陣がすでに完成されていることも。
「さあさあ、ジュリさん」
ジュリの腕を掴んだままのリタが微笑んで告げる。
「その愛しい先生さんとの出会いから語ってもらおうかしら」
「あ、あう……」
ジュリは耳まで真っ赤になった。
しかし、もう逃げられない状況だった。
仕方がなくジュリは語り出す。
未知の化け物に襲われて貞操と命の危機に陥ったこと。
それを助けてくれたのが先生であること。
「「「おお~」」」
乙女たちは瞳を輝かせる。
「まるで王子さまね」「ああ。王子さまだな」「王子さまだね!」
全員が同じ感想を抱く。
対するジュリはますます赤くなっていた。
ちなみにジョセフはもぐもぐと骨付き肉をまだ食べている。
「それが縁で私は先生から魔法を習うことになったの」
ジュリはそう続ける。
「何だかんだで一年間ぐらい。たまに顔を合わせて。たまに仕事がかち合ったりもして。けど、先生はもうこの国にいないの……」
そこでジュリは声のトーンを落とした。
ジュリの様子にリタもカリンの手も少し緩む。
「あの人は旅立ったのよ。だから私は……」
と、ジュリが呟いた時だった。
「……ジュリエッタ。まだこの国にいたんだな」
そんな声を掛けられた。
ジュリ、そしてリタたちが声の方に視線を向けると、そこには一人の女性がいた。
年の頃はリタたちより少し上か。
細剣を腰に差し、
紺色の瞳に同色のショートボブ。切れ長の面持ちを持つ美しい女性である。
「とっくに男の後を追って出て行ったとばかり思っていたぞ」
嫌味が混じった口調で彼女はそう告げる。
険悪な様子に流石にリタたちも眉をしかめた。
「ちょっと、あなた――」
リタがそう注意しようとした時だった。
「……止めろ。シンシア」
不意に別の声が割り込んでいた。
シンシアと呼ばれた女性剣士が振り返る。
リタたちも視線をそちらに向ける。
そこには三人の人物がいた。
一人は武闘家らしき黒髪の青年。額を押さえて「あちゃあ」と呻いている。
一人は神官衣姿の錫杖を持つ栗色の髪の少女。
リタたちと同世代か。神妙な眼差しでジュリを見つめている。
そして最後の一人は長剣を腰に、
少年はゆっくりとリタたち――いや、ジュリに近づいていく。
他の二人も追従する。
少年はテーブルの前で足を止めた。
そうして、
「……ジュリ」
「……アレス」
ジュリエッタ=ホウプスと、アレス=ハルク。
幼馴染であり、違う道を選んだ二人は静かに見つめ合うのだった。
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