第14話 風を乗せる翼
ソフィア=ルーグス。
彼女は全世界においても最高の神官の一人である。
その結界は津波さえも防ぎ、その癒しは死者をも呼び戻すとまで謳われている。
二つ名である法皇以外にも聖女や聖母とも呼ばれるほどだった。
しかし、実際のところ、彼女は真っ当な神官ではなかった。
そもそも、ソフィアが神官衣を着たところは仲間たちでも見たことがないのだ。
冒険者として分類するなら、彼女は間違いなく神官だ。
ただし、それはあくまで神官の適性が高かっただけの話だった。
実は、彼女にとって神官は副業であり、魔石具開発者が本業だったのである。
その証明ではないが、冒険者時代の彼女は黒いタンクトップの上に白のつなぎを着ていた。理由は動きやすいからだ。神官であることを完璧に無視である。その上、錫杖の代わりに自作の機械杖を握っていたのである。変形して三種の武器になる杖だった。
珍妙過ぎて、初見で彼女の職業を当てることは誰にも出来なかった。
さて。そんなソフィアが没頭する魔石を組み込んだ道具――魔石具。
多種多様な道具だが、それでも大きく分類すると二種類になる。
一つは武具や防具に魔石を組み込んで魔法を付与するといったシンプルなもの。
そしてもう一つは複雑な機械機構に動力源として魔石を組み込む機関である。例を挙げれば汽車にも魔石が組み込まれているので魔石具になる。言わば魔石機関だ。
ソフィアは後者を専門にしていた。
魔石はあくまで動力源。
機械機構の開発そのものにとり憑かれた人間だった。
元々彼女が冒険者になったのも、発明品の研究に使う消耗品の魔石を自分で採掘するためだったぐらいだ。実のところ、ソフィアはある程度経験を積んで、ソロでも動けるようになったら、パーティーも抜けるつもりだったのである。
まあ、そんな予定もいきなり魔王領に跳ばされたせいで破綻したのだが。
故郷においては残念美人と噂されるほどの研究の虫だったソフィアとしては、自分が結婚して母になるなど考えてもいなかったので人生とは不思議なものだった。
それはさておき。
王都の外れに位置するバラトス王立魔石具開発研究所。
その屋外試験場の倉庫にて。
「これが私の最新作よ!」
ソフィアは自信満々にそれをお披露目した。
その場には少しざわつく白衣の研究員たち。
そして、いつもの姿のレイとティアの姿があった。
ちなみに、ソフィアはマタニティードレスの上に白衣を羽織っていた。
なおダグは王宮の仕事のために不在だった。
「なにこれ? バハタクの模型?」
と、レイがそれを見て正直な感想を告げた。
バハタクとは大型の鳥の魔獣の名前だ。
火口にあるダンジョンに巣を造り、牛や羊――たまに人間も――を上空から攫うというとんでもない怪鳥である。
目の前の鋼で造られている物体はそれによく似ていた。
ただ背中には二つほど穴があり、翼は広げたまま動かないようだ。足は三脚あってそれぞれ車輪がついており、先端には回転でもしそうな大きな羽が付けられている。
レイがまじまじと見物しながら近づくと、
「あれ? 背中に椅子をつけてるの?」
背中にある穴。そこに椅子がそれぞれ一脚ずつ設置されていた。
「……これって何?」
ティアもその物体に触れて疑問を口にする。と、
「ふっふっふ……」
ソフィアが丸眼鏡をキラリと輝かせた。
「ずばりこれは『飛行機』なのよ!」
腕を振ってそう告げた。
一拍の間。
「え? 飛行?」
ティアが目を見開いた。
一瞬遅れてレイも「え!?」と声を上げた。
「え!? まさかこれ飛ぶの!? ティアの杖みたいに!?」
「ええ。そうよ」
ソフィアが胸を張ってそう答える。
「テスト飛行もすでに百二十五回実施しているわ。これは試作八号機。この飛行機は汽車で七十二時間の距離をわずか六時間で移動したわ」
「え? それって汽車の十二倍の速さで移動したってこと?」
ティアが瞬時に計算して息を呑む。
レイも「え!? マジで!?」と目を剥いている。
と、その時。
「しょ、所長っ!」
研究員の一人が青ざめた顔でソフィアの元に駆け寄ってきた。
痩せすぎの四十後半の男性である。
ティアとレイは知る由もないが、彼はこの研究所の副所長だった。
「困りますぞ! 部外者と勝手に連れてきたばかりか、開発機密まで――」
「ああ。大丈夫よ。副所長」
ソフィアはニコッと笑って告げる。
「彼女たちは部外者じゃないわ。新しいテストパイロットたちよ」
「は? パイロットですと?」
唖然とする副所長に、
「安心して。陛下にももうお伝えしているから」
ソフィアは肩にポンと手を置いて笑う。
「陛下はレイの大ファンだし、あっさりOKしてくれたわ」
「ええ!? あの人にボクが来てること言っちゃったの!?」
顔を青ざめさせて、レイが愕然とする。
バラトス王国の第二十六代国王陛下。
現在三十歳になる若き王は、レイの苦手とする人物の一人だった。
なにせ、彼は勇者王レイの熱烈なファン。もっと言えば愛しているからだ。
求婚されること、実に四十二回。
レイとティアが中々この国から出国できなかったのも彼の影響が大きい。
「大丈夫よ。陛下はとてもお忙しい方だから。一週間はこっちには来れないはずよ。そしてその間に出発してしまえばいいわ」
と、ソフィアは言う。
「だからこっちも大忙しよ。副所長。今から言うメンバーを集めて」
そうしてソフィアは必要な人員を告げた。
副所長は「うむむ……」と呻きながらも上司には逆らえずリストアップされたメンバーの元に向かった。
「それでティア。レイ」
ソフィアは、ティアとレイに視線を向ける。
「この飛行機を使えば、半年以上の旅を恐らく二ヶ月半ぐらいにまで短縮できるわ」
「「――っ!」」
ティアもレイも目を瞠る。
「だけど、この飛行機にはまだ大きな課題があるの。それが燃費の悪さよ」
ソフィアは説明を続ける。
「さっき七十二時間の距離を六時間で飛んだって言ったでしょう? 確かにそれは事実だけど、そこまで飛ぶのに動力源の赤魔石を五十個も使い果たしたの」
「赤魔石が五十個!?」
レイが叫んだ。ティアは絶句している。
赤魔石は最高位の魔石だ。同じ移動機関である汽車なら、たった一個でも二週間分の動力となるほどの魔力を宿している。当然、極めて高額な魔石だった。
「燃費悪すぎでしょう! どんだけ大喰らいなのさ!」
「それが課題なのよ……」
レイのツッコみに、ソフィアは深々と嘆息した。
「問題は動力源。正直、動力経路を全部見直さなきゃダメみたいなのよ。けど、そんな時にあなたが来たわ。ティア」
「……私?」
ティアが自分を指差して眉をひそめた。
ソフィアは「そう」と頷く。
「精霊数二十万。魔力の永久機関と言ってもいいあなたがね」
一拍おいて、
「生物の魔力は常時自然回復する。総量が多いと回復量も多い。あなたが常に魔力を注ぎ続ければこの子はどこまでも飛べるはずよ」
「……それだと」
ティアが眉をひそめて疑問を口にする。
「私は飛行中、ずっと起きていなければならないの?」
魔力の回復は睡眠中も続く。むしろ全回復する。
しかし、放出は意識的に行わなければ出来ないことだ。
「そこは私も対策を考えているわ。とにかく、これが最速の移動手段であることには変わりないわ。だから」
ソフィアはティアとレイを見据えて、
「これから訓練して一週間で操縦方法を憶えて。いいわね」
そう告げる。
二人は互いの顔を見合わせてから頷いた。
そうして――。
一週間後。
ティアとレイは機上の人になっていた。
メインパイロットはレイ。後部座席にはティアが乗っている。
二人ともパイロット用のヘルメットとゴーグルをつけている。
飛行機自体も形状が変わっていた。主翼の下に細長い舟が取り付けられていた。
これにより水上でも着水が可能になっていた。
「陸地を見つけたら出来るだけ着陸して休息を取るのよ」
と、見送りのソフィアが言う。
「あんま無理はすんなよ」
ダグも今日は非番でこの場にいた。
「特にレイは無茶ばっかすっからな」
苦笑いを浮かべてそう告げる。
「アハハ。分かっているよ」
機上の上でレイが苦笑を返した。
「色々ありがとう。ダグ。ソフィア」
「おう。気にすんな」
ダグが笑う。
「これぐらい些細なことよ。けど、一応建前上は超々距離飛行試験だから、いつか今回の結果について教えてね。それとその飛行機は用が済んだら破壊して。機密のためにネジの一本も残さないレベルでね」
と、ソフィアが言う。
「本当に二人とも無茶はしないでね。ライドのこともよろしく。次は三人で来てね」
「うん。そだね」
レイが頷く。
「その頃にはソフィア
「レ、レイっ!」
ティアが声を上げる。
珍しく顔が赤くなっている。
「相変わらずデリカシーがない……」
「やっぱ変わんねえな。レイは」
ダグは笑いながら、
「まあ、陛下が来る前に早く行っちまえよ」
そう告げた。
レイとティアは頷いた。
ダグとソフィアは離れていく。
そして旧友たちが見守る中、飛行機が滑走路を走る!
かくして。
レイとティアは大空へと飛び立ったのである。
再び愛する人の元へ行くために。
ただ、
「見てろよ! あの髭オヤジ! もしまた出てくるようなら、今度はお前の方を大陸の果てまでぶっ飛ばしてやる!」
「うん。同意」
想定外の遠回りに、二人ともいささか以上に憤慨していたが。
何はともあれ、ティアとレイ。
再々スタートである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます