第9話 新人狩り
その時。
一つの人影がダンジョンを進んでいた。
ふと足を止める。
壁際に倒れたガルボスの死体に目をやった。
「………」
無言で近づく。その場で膝を屈める。
まず腹部の損傷を見やり、それから折られた牙を観察した。
人影は双眸を細めると、再び立ち上がった。
そうして、ダンジョンの奥へと向かうのだった。
………………………。
………………。
「――はあ!」
大剣が風を切る!
リタの放った斬撃は人の二倍はある巨大な牛男の腹部を斬り裂いた!
『ブオオオッ!』
長い体毛に覆われた牛男――中級魔獣・ブロウスズは絶叫を上げた。
石を削って作った斧を薙ぐが、すでにリタは間合いにいない。
代わりに氣と魔法で身体能力を強化したジョセフが風のような速さで疾走する。
そしてブロウスズをすれ違い、大腿部を長剣で斬り裂いた。
ブロウスズは再び絶叫をガクンと姿勢を崩した。
「ライラ! 足場を造るよ!」
カリンが叫ぶ。
そして「
ブロウスズの正面にドーム状の光の結界が張られた。
神聖魔法の一つ。対象者を覆う防御結界だ。
だが、今回の規模は小さく、そもそも結界内にはライラがいない。
けれど、今回はこれで良かった。
「おらあ!」
ライラが氣で脚力を強化して結界の上へと飛び乗った。さらに間髪入れずに結界を足場にして大跳躍する!
ブロウスズの遥か頭上だ。
上昇するライラをブロウスズが見上げるがもはや遅い。
「これで終わりだ!」
ライラは金棒をブロウスズの眉間に振り落とした!
――ドゴンッ!
凄まじい轟音と共にブロウスズの頭蓋が陥没し、巨体が膝をついて倒れていった。
ライラはその巨体の上に着地した。
頭蓋を粉砕されたブロウスズはもう動かない。
「しゃあッ!」
ライラは金棒の血を払って肩に担いだ。
リタとジョセフも勝利を確信して剣を納める。
「大丈夫? みんな怪我してない?」
カリンがトコトコと皆の元へと駆け寄った。
「ああ。流石に手強かったがな」
ライラがブロウスズの死体の上から降りて答える。
「流石は中級ね」リタが呟く。
「負傷はないけど一発でも当たったらまずかったかも」
「それでもこのジョセフの敵ではありませぬ」
ジョセフがリタの前で片膝をついた。
「御身に傷など負わせませぬぞ」
「……ありがと。けど、いちいちあたしの手を取るな」
リタがジト目で言う。
ライラが苦笑をし、カリンがクスクスと笑う。
「とりあえず今回の目標は達したな」
第四階層の深層部に到着したライラが言う。
「そんじゃあ、お宝回収と行こうぜ」
そう告げて、この広い深層部の周囲に目をやった。
ここには魔石が乱立していた。
大体は最下級の緑色だが、中には一つランクが上の紫魔石もある。
「ええ。そうね」
ジョセフの手を冷たい眼差しと共に振り払い、リタがポンと柏手を打った。
「持ち帰れるのも限りがあるから紫魔石を重点的に採掘しましょう」
それからライラを一瞥して、
「さっきのは、多分このダンジョンのボス級だろうからもう大丈夫だと思うけど、まだ魔獣が出てくるかもしれないからライラは見張っていて」
「ああ。了解さ」
ライラが頷いた。
そしてリタとジョセフ、カリンの三人は散開して魔石を回収し始めた。
携帯していた袋を開いて上質なモノから採掘していく。
リタも言っていた通り、回収できる数には限りがあるので見極めには集中していた。
ダンジョン内では最も危険な作業だ。
だからこそ、ライラが警戒に専念していた。
と、その時だった。
(……?)
魔石を採掘していたリタが不意に違和感を覚えた。
不意に風が頬に触れた気がしたのだ。
(……洞窟で風?)
そう疑問を抱いた直後、
――ドサリ。
不意に背後から音がした。
リタが「え?」と目をやると、そこには倒れたライラの姿があった。
「ッ!? ライラ!?」
リタはギョッとして駆け寄ろうとするが、全身に力が入らない。
ズザザっとその場に倒れ込んでしまった。
(な、なにこれ?)
リタが青ざめていると、
「……ようやく効いて来たか」
不意に知らない男の声が聞こえて来た。
リタが動かない体でどうにか見やると、そこには重装備の巨漢がいた。
その男はライラの片腕を掴むと、軽々と持ち上げた。
そして彼女を肩に担ぎ上げた。
「て、めえ……」
ライラは震える拳を男の背中に叩きつけるが、まるで力が入っていない。
「ほう。まだ動けるのか。流石は
リタ同様に意識はあるのか、ライラが呻いていた。
「お。そっちもGETしたか?」
すると、別の声がする。
リタが視線だけで見やると、そこにいたのは軽装備の戦士だった。
肩にはライラと同じようにカリンを担いでいた。
男はカリンの足を手でなぞる。カリンは「~~~っ」と全身を震わせた。
「間近で見ると想像以上だったぜ。ただ今回はどうも効きが悪かったみたいだな。いつもなら意識をすぐに失うんだが、まだあるみてえだ。まあ、おかげで怯え切った顔を拝めたけどな。こりゃあ今から楽しみだ」
ニタニタと男は笑った。
リタは女の直感でゾッとした。
最後の仲間であるジョセフの姿を探すと、彼はリタと同じく倒れていた。
もがくように腕が動いている。意識はあるようだが、やはり動けないようだ。
「いずれにせよ、お前の毒は凄いな」
そこにまた違う男の声が聞こえてくる。
「無味無臭の毒ガス。恐ろしいもんだ」
そう呟きながら、その男はリタの方に近づいて来た。
そしてリタのサイドテールを掴んで彼女を無理やり起こす。
男は魔法戦士のようだった。
「こっちも大当たりだな。今回の依頼はマジで役得だ」
そんなことを言う。
(……依頼?)
気になる台詞だ。
だが、今は考える余裕はない。
(こいつら……新人狩りだ)
駆け出しの新人をダンジョンで狩る輩。
ダンジョン深層で新人を襲撃して身包みを剥ぐ。その後、男は殺し、女は犯してからやはり殺す。死体はダンジョンの魔獣に始末させる。
講習では習っていた。昔から問題視されている最悪の連中だという話だ。
襲撃そのものは警戒していたが、まさか毒ガスまで使うとは思っていなかった。
いずれにせよ、このままでは最悪の結末が待っている。
「さて。どうする? 男は始末して場所を変えるか?」
魔法剣士の男がリタの髪を掴んだまま、仲間に顔を向けてそう尋ねた。
リタはその一瞬の隙を突いた。
上空にて照明として待機していた四つの
それらを目の前の男に叩きつけた。
「うおッ!」
男はギョッとしてそのまま吹き飛ばされた。
四つの
「……おいおい」
ライラを担ぐ男が驚いた声を上げる。
「凄いな。まだ意識は残っているとはいえ、その状態で魔法を操れるのか」
「……ぐうゥ、くそ! やってくれたな!」
苛立ちの声と共に、魔法剣士の男が立ち上がる。
額から少し血を流しているが、戦闘不能には程遠い。
怒れる魔法剣士は腰に差していた長剣を抜いた。
「けけ。油断するてめえが悪い」
軽戦士の男の軽口に「うるさい!」と魔法剣士が返す。
そんな男たちをリタは睨み据えていた。
その瞳はまだ絶望していない。
どんな逆境であっても必ず打開策はある。
父から習った教えだった。
それは若き日のリタの母にはなかった強さだった。
(どうする……)
リタは今にも消えそうな意識の中で考える。
そして、
――ギュンッ!
四つの
それらは男たちには向かわず、上空へと飛翔した。そうして男たちが見上げる中、真下に落下する。リタの背中へとだ。
――ガガガガッ!
鮮血が飛び散り、男たちは唖然とする。と、
……ぐぐぐ。
リタは両腕を使ってどうにか上半身を起こした。
自分を傷つけることで気付けにしたのだ。
その闘志に、男たちも流石に顔色を変えた。
それぞれ肩に担いでいたライラとカリンをその場に落とした。
ライラは「ぐ!」と呻く。
カリンの方はすでに意識がないのか、地面の上でぐったりとしていた。
「悪いが、その女は先に殺すぞ」
重戦士が背中に担いでいた大剣を抜いた。
「もうほとんど抵抗も出来ないだろうが、こういった覚悟を見せる奴は危険だ。最後の一瞬まで何をするのか分からん」
「ああ。了解だ……」魔法剣士が頷いた。「だが殺るのなら確実に殺すぞ」
「まあ、これも仕方がねえか」
軽戦士の男は肩を竦めた。それからリタを見やり、
「そんな根性を見せたのがまずかったな。人生の最後にせめて夢心地な気分を堪能させてやるつもりだったんだが、残念なこった」
言って、その男もナイフを抜く。
一方、リタはまだ諦めていない。
意識さえあれば充分だ。まだ勝機はある。
今の状態では第一階位の魔法が限界だろうが、リタには殲滅陣があった。
男たちが動くよりも早く陣を展開する。
リタは背中の痛みと戦いながらタイミングを見極めようとしていた。
――が、その時だった。
「……待ちなさい。そこまでよ」
不意に新たな声が現れたのである。
男たちはギョッとした。
リタも驚きつつも視線を声の方に向けた。
そこにいたのは一人の少女だった。
赤い三角帽子。黒い杖を持つ精霊魔法師の少女だ。
ボリュームのある、まるで炎のような真紅の髪を持っている。
恐らくは、リタたちとそう変わらない年齢の少女だった。
眼差しも赤いその少女は、リタを見やる。
「新人さん。よく頑張ったわね。もう大丈夫よ」
優しい声でそう告げてから、今度は男たちを鋭く睨み据えた。
「この子はあんたらみたいな下衆が触れてもいい人間じゃないわ」
そう言い放つ。
そして、
「ここから先は私が相手になる」
カツンと黒い竜骨の杖を突いて、彼女はこう名乗った。
「このC級精霊魔法師。ジュリエッタ=ホウプスがね」
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