第8話 忍び寄る足音

 ――ダンジョン。

 それは魔石の採掘場全般を示す俗称だ。

 精霊の住処と呼ばれるほどに高濃度に精霊が集まる場所。

 そこには多くの魔石が生まれる。そしてそれを狙って魔獣たちも集まるのが共通の特徴なのだが、それ以外は実に多種多様だ。

 遺跡や洞窟。他にも密林や砂漠のオアシスなどもあるそうだ。

 そして、いまリタたちが潜っているこのE級ダンジョンは洞窟タイプだった。

 地に深く階層を造る日の光も届かない天然の大迷路である。


「意外と地下も広いわね」


 ダンジョンの第二階層にて。

 頭上を見上げてリタが呟く。

 照明代わりの光弾セイン=ドッドを上に動かして天井の高さを知る。


「こういった洞窟も昔の人が造ったって説があるもんね」


 錫杖を握りしめてカリンが言う。

 確かに洞窟のダンジョンに人為的な造りを感じることは多い。時には階段らしきモノまで存在していて下階層を降りられるからだ。


「まあ、大暴れするには丁度いい広さってことだろ」


 金棒を肩に担いでライラがニカっと笑う。


「ふん。確かにそうだな」


 シャランっとジョセフが長剣を抜いた。


「姫。お気を付けて。影が一つ。来客のようです」


 言って、長剣の切っ先を洞窟の奥の暗闇に向けた。

 神聖騎士のジョセフは自身の神聖魔法で夜目を強化していた。

 そこに巨獣の姿を確認したのだ。

 数瞬ほど遅れて『グルル……』と呻き声が聞こえた。

 リタたちは全員身構えた。


「みんな。戦闘用意!」


 そう告げると、カリンは一歩下がり、殿と務めていたライラは彼女の前に進み出た。ジョセフは動かず、まだ全容が見えない敵を牽制する。リタは大剣を向いて構えた。

 リタとジョセフが前衛。カリンが後衛。ライラが彼女を守る陣形だ。

 そして、


『ガアアアアアッ!』


 魔獣が咆哮を上げて襲い掛かって来る!

 双頭の黒狼だ。大きさは子牛ほどもある。

 ガルボスと名付けられている下級魔獣だった。

 ガルボスは、あえてリタとジョセフの上を跳び越えた。

 リタの大剣、ジョセフの長剣が身体をかすめてもお構いなしだ。

 狙いは最も弱い相手――カリンだった。

 カリンは表情を硬くして錫杖を構えるが、


「――甘いよ」


 ――ゴウッ!

 金棒が風を切った。

 ライラの剛力で力一杯振られた金棒がガルボスの横っ面を殴打した!

 ガルボスが回転しながら吹き飛んでいく。

 が、巨体でありながらも猫のように着地する。そしてすぐさま攻勢に戻ろうとするが、今度はリタもジョセフも見過ごさない。


「真っ先にか弱き女性を狙うのは騎士道精神に反するな」


 そう呟いて、駆けるジョセフがガルボスの前脚を斬り落とした。


『ギャインッ!?』


 前脚を失ってガルボスが立ち上がって絶叫した時。


「カリンに手を出そうとしてんじゃないわよ」


 間合いを詰めてリタがそう告げる。

 右手に大剣を携えているが、その左拳には炎が宿っていた。


火焔拳フレム=ダダン!」


 その炎の拳をガルボスの剥き出しの腹部に叩きつけた!

 同時に拳の前面に小爆発が起きる。

 ガルボスは吹き飛ばされて、ダンジョンの壁に叩きつけられた。

 爆発する炎の拳。

 随分と肉体的な攻撃方法だが、第三階位のフレム系精霊魔法である。

 急所である腹部への直撃。ガルボスは今の一撃で絶命した。


「よし!」


 リタは左の拳をグッと固めた。

 ジョセフは「ふ。他愛もない」と納剣し、ライラも金棒を肩に担いだ。カリンはホッと豊かな胸元に片手を当てていた。


「どうするリタ?」


 ライラが壁際にて沈んだガルボスに近づき、膝を屈めた。


「未消化の魔石がないか調べてみるか?」


「いえ。それは止めておきましょう」


 大剣を鞘に納めてリタが言う。


「下級魔獣だとあんまり期待できないし。今日のところは最下層まで辿り着くことを目標にしましょう」


「う、うん。そうだね」


 魔獣の解体は苦手なカリンが頷く。


「そんじゃあ先に進むか」


 すくっとライラが立ち上がった。


「ええ。行くわよ」


 リタが頷き、ジョセフが「御意」と応える。

 そうして、リタたちはさらにダンジョンの奥へと向かった。

 その場にガルボスの死体だけを残して。

 ややあって。


 ――カツカツカツ。


 複数の足音が、ダンジョン内に響く。

 それは三人の男たちの足音だった。

 足音はガルボスの死体の前で止まった。


「ああ~、もったいねえな」


 死体の前で膝を屈めて男の一人が呟く。

 いわゆる罠解除などのレンジャーの役割を担う戦士風の男だった。


「魔獣の価値は魔石だけじゃねえのにな」


 そう言って、ナイフを取り出した。

 牙の一つを掴んで切込みを入れる。少し力を込めてへし折った。

 それを四本続ける。


「例えばガルボスの牙は薬の元になる。まあ、真っ当じゃない薬ではあるがな」


 そう言って、牙を腰に付けたポーチに入れた。


「……連中、意外と実力があるな」


 別の男が両腕を組んで呟く。

 牙を回収した男が軽戦士なら、その男は全身甲冑の重戦士だった。

 口元だけ浅黒い肌を見せるライラよりも背の高い巨漢だった。

 背中には大剣を担いでいる。


「新人って話だったが、少し高く見積もっておくか」


「ああ。そうだな」


 もう一人の男が頷く。痩せすぎた印象を持つ男だ。

 腰に長剣を差し、アーマーコートを纏う男は魔法剣士だった。


「全員がE級程度のレベルだと考えておこうぜ」


「け。それでも素人に毛が生えた程度だろ」


 牙を回収した軽戦士が立ち上がって言う。


「実力はあるが、残心がまだ甘ぇよ。ダンジョン内の敵が目の前の魔獣だけだって思っている時点でまだ素人さ」


 一拍おいて、


「いつもの必勝法なら確実さ。それより相手を決めておこうぜ」


 軽戦士の男はニタリを笑った。


「今回の依頼は殺しだが、別にいつもみたく楽しんでからでもいいんだろ? なにせ三人とも相当な上玉だしな」


「おいおい。男も一人いただろ」


 重戦士がそう言うと、軽戦士は肩を竦めた。


「野郎なんぞどうでもいいさ。すぐに殺しちまえばいい。つうかあの野郎、勇者でもねえのにハーレムパーティーかよ。糞ムカつくよな」


「……まあ、そうだな」


 重戦士の男が苦笑を浮かべながら同意した。


「話を戻すか。なら俺は鬼人オウガ族の娘がいいな」


 兜を取る。そこには額に二本の角が生えた顔があった。


「久しぶりに会った同族だ。ああいった気丈な娘をねじ伏せるのは愉しいからな」


「けけ。悪趣味だな。だったら俺は神官の娘だな」


 軽戦士の男が言う。


「あのおっぱいも気に入ったが、まだ戦闘に慣れていない怯えた表情がいい」


 互いに希望を告げた男たちは残った魔法戦士の男に目をやった。


「残り物には福がある」


 魔法戦士の男は肩を竦めた。


「いいぜ。あの娘は最初から俺が狙っていた」


「はは。相変わらず息が合うな。俺らは」


 軽戦士の男はケラケラと笑う。


「まあ、いつも最後はローテすっから同じだけどな。さてと」


 男はダンジョンの奥に目をやる。

 他の二人も視線を向けた。


「……じゃあ、先輩として教えてやろうぜ」


 男たちは嗤う。


「この世界。強さだけじゃ生きていけねえってことをよ」


 そううそぶいて、男たちも奥へと進むのだった。



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