第7話 愛娘、異国に降り立つ
様々な物語が続く中。
リタ=ブルックスはマキータ王国の王都に到着していた。
もちろん、
リタたちは故郷であるカンザル王国で何度かF級ダンジョンに潜って実戦経験を積んだ後、この地にやって来た。
ティアたち同様にライドがこの国に向かったという情報を掴んだからだ。
カンザル王国に本社を持つカーラス商会のコネもあり、冒険者ギルドに直接問い合わせるという裏技で情報収集自体はとてもスムーズに済ませることが出来た。
そうして王都キグナスにある宿屋の一階食堂にて。
リタたちは夕食を取っていた。
様々な料理が置かれた一つのテーブルを囲んで四人が座っている。
「それでリタちゃん」
錫杖を椅子の横に立てかけた神官衣姿のカリンが口を開く。
「これからどうするの?」
「ああ。そうだな」
黒い金棒をテーブルの縁に置くライラが言う。
「流石にこの国の冒険者ギルドにまでカーラス商会のコネも通じねえだろうしな。親父さんの後をどうやって追うつもりなんだ?」
そう尋ねつつ、豪快に骨付き肉にかじりついた。
「姫。進言いたします」
腰に長剣を差したジョセフがナイフとフォークでステーキを切り分ける。
「父君はカンザルでE級にまで昇格されたとのこと。ならば、FからE級ダンジョンに狙いを絞り、そのクラスが多い地方の近く街で情報を収集するのはいかがでしょうか」
「あ。それいい案かも」
ポンとカリンが柏手を打った。
「確かに可能性が高そうだよ。リタちゃんのお父さんも冒険者なら自分に合ったダンジョンの近くに拠点を構えるのは自然だし」
「けど、親父さんはまだソロでやってんのか?」
ライラが首を傾げた。
「カンザルのギルドの話じゃあ、親父さんはE級に昇格こそしたが、あんま目立った成績はなかったんだろ?」
カーラス商会のおかげで本来知り得ない情報も得ていた。
リタの父の成績は一言でいえば無難。
堅実さを重視した活動ぶりだった。
「まあ、ぶっちゃけ地味だな。かなりコツコツ頑張るタイプだな」
と、両腕を組んではっきりと言うライラ。
「ライラ。それは仕方がないよ」
カリンが少しリタに気を遣いつつ、苦笑を浮かべた。
「リタちゃんのお父さんが元冒険者だったのって凄く昔のことなんでしょう? 今じゃあ武具とかも日々進化しているし、昔とは勝手が違うよ。年齢も三十歳って話だし、ソロなら慎重になるのはむしろ当然だよ」
と、一応フォローらしきモノを入れる。
すると、
「……パパはそんなところがいいのよ」
大剣を椅子の背もたれにかけたリタが初めて口を開いた。
平らげたパスタの皿にフォークを置いて、
「服装とかも黒や灰色っぽいシックなのが好きだし。地味とかじゃなくて落ち着いているのよ。本当に穏やかで優しくて大人の雰囲気なのよ。けど、それだけじゃないわ」
リタは、ムフーと鼻を鳴らす。
「パパはスラリとしているけど腹筋はバキバキなの。腕なんかも彫刻かなって感じで力強くてきっとライラぐらいの大柄な子でも平然とお姫さま抱っこが出来るわ」
「……え? マジか」ライラは少し顔を上げた。
「う~ん、それはちょっとだけ興味があるな」
腕を組んでそう呟く。実は密かに憧れているシチュエーションだった。
一方、リタは上機嫌で饒舌だ。
「もうとにかくね。パパは渋くてカッコイイの。モテるのよ。まあ、あたしがいたせいで見合いとか結婚とかの話はなかったけどね」
と、そんなふうに言うが、ライドに女性の影がなかったことは、娘がいたからというよりもリタが全力で阻止していた結果ということまでは改めて指摘するまでもない。
当然、カリンたちもすでに察していた。
このファザコンぶりでよく三年間も家を空ける気になったものであるとも思う。
それだけ冒険者になることは将来を見据えた決断だったということなのか、それとも他にも何か理由があったのかも知れない。
そればかりはリタにしか分からないことだった。
「そういや、今更だけど私らは親父さんの顔も知らねえんだよな」
と、ライラが言う。
「人探しだと辛いな。写真とかねえのか?」
「あ。基本だったね」「ふむ。確かに」
カリンとジョセフも頷く。
しかし、リタは眉をひそめて、
「ごめん。ないわ。だって写真って高価じゃない」
学校では証明書類などにも使われるが、写真機は結構大掛かりな装置であり、個人で撮るにはそれなりに高額だ。写真店もあるが、それは貴族や富裕層の御用達であり、大規模な都市ぐらいにしかない。残念ながら、ブルックス家には縁のないモノだった。
「だったら写実なら……って無理か」
自分で言いかけて、ライラはかぶりを振った。
人物像や風景画を正確に写実する講習が学校にはあった。
人探しはもちろん、遭遇した未知の魔獣。ダンジョンならば遺跡の構造など。
写真が使用できない以上、冒険者にはそういった技能も必要だった。
しかし、主席卒業でほぼ全能に近いと言われたリタも写実だけは苦手だった。
とにかくオリジナリティが強すぎる。
人物画でも風景画でもだ。
これはこれで芸術ではないかと評されるほどにデッサン力がないのである。
それを自分でも自覚しているのでリタも「むむむ」と唸っていた。
「それなら後でお父さんの特徴を教えて。私が代わりに写実してみるから」
と、カリンが告げる。
カリンの写実の腕前は学校でも成績上位だった。
リタは「ありがと」と感謝を述べた。
「では姫」
リタ同様に食事を終えて、ナプキンで口元を拭いてからジョセフが言う。
「方針としてはいかがいたしましょうか。このジョセフの進言はいかかでしょうか?」
「う~ん……そうね」
リタは腕を組んで首を傾げた。
「確かにジョセフの提案が一番可能性ありそうね。けど、もしパパがパーティーを組んでいたら、D級ダンジョンに潜っているって可能性もあるし……」
そこで少し考え込み……。
「まずはジョセフの提案通りに行きましょう。そこでパパの情報収集もするわ。たとえパパがいなくても、しばらくはそこに滞在しましょう」
「え? お父さんがいないのに? なんで?」
カリンが目を瞬かせて問う。と、
「パパのことは心配だし、早く会いたいけど、それでもまずは実戦を積みましょう。全員E級にはすぐになれるだろうから、そこで全員D級を目指しましょう。今後なにがあるのか分からないし、堅実に実力を磨いて本格的な捜索はそれからよ」
そう返した。
「おお」ライラは目を見開いた。「意外と焦らずリーダーしてんな」
「当然よ」リタは苦笑を浮かべた。
「みんなにはあたしの我儘に付き合ってもらっているんだから。せめてリスクだけは最小限にしなくちゃ」
「身に余るお言葉です」
ジョセフは立ち上がり、リタの元で片膝をついた。
「このジョセフ。必ずや姫のご期待にそえましょう」
「……うん。まず人前で片膝をつくとかをやめてくれることを期待するかな」
リタは大きく嘆息してそう返した。
「ともあれよ」
リタは仲間たちに視線を向けた。
そして、
「方針としてパパの情報を集めつつ、全員D級昇格を目指しましょう」
そう告げるのであった。
ただその宣言を他にも聞く者がいた。
少し離れた席にて、一人で酒をあおる男だった。
(……へえ)
双眸を微かに細める。
年齢は二十代後半ほどか。
テンガロンハットに
この宿に相応しい冒険者風の人物だ。
(意外と堅実じゃねえか。愛娘ちゃんよ)
ゴクゴクと酒を呑む。
ぷはあっと息を吐いた。
(あのお嬢ちゃんは取るに足らねえって話だが、辿り着かれたらやっぱ邪魔だな。それに我らが姫さまの伴侶がコブ付きってのも頂けねえ)
男は席を立つ。
(あえて汚れ仕事も請け負う。それも忠義って奴なんだぜ)
そうして。
男は食堂から立ち去って行った。
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