第10話 爆撃のジュリエッタ

「……てめえ」


 軽戦士の男が歯を軋ませた。


「爆撃のジュリエッタか! 竜殺しドラスレパーティー、勇者アレスの仲間かよ!」


「……今は違うわ」


 ジュリは少し眉をひそめて答える。


「私はパーティーを抜けたの。今はソロよ」


「ふん。勇者に捨てられたのか?」


 重戦士の男が大剣を肩に担いで鼻で笑う。

 それから、まじまじとジュリの体を凝視して、


「まあ、顔はともかくその貧相な体ではな。抱き飽きるのも仕方がないか」


「……ぶっ殺すわよ。お前」


 ジュリが氷より冷たい眼差しを向けた。


「そもそも私とアレスはそんな関係じゃないわ」


 言って、竜骨の杖を男たちに向ける。


「それよりあなたたちはもうおしまいよ。ギルドを舐めすぎね」


 一拍おいて、


「あなたたちの行動はギルドも目を付けていた。今このダンジョンには私以外にもC級の冒険者たちが多くいるわ。あなたたちを拘束するためにね」


「――なんだと!」


 魔法剣士が声を荒らげる。


「くそ! どうする!」


 仲間たちの顔を見る。


「どうするもこうするもねえ」


 軽戦士の男が答える。


「まずはこいつを殺す。そんでそこらに寝てる奴を人質にして強行突破だ」


「そろそろこの国での活動も潮時だったからな」


 重戦士が大剣を構える。

 三人の男は、ジュリを囲んでそれぞれ身構える。


 一方、横たわるリタは脂汗を流しつつもその状況を見据えていた。

 三対一。しかも接近戦に不利な精霊魔法師だ。

 恐らく男たちの力量はD級ぐらいだ。

 いくら格上のC級冒険者であっても、自分も加勢した方がいい。

 リタがそう考えていると、


「無理しなくてもいいわよ」


 ジュリがリタに言う。


「すぐに片付くから」


「言ってくれるじゃねえか! 勇者に捨てられた情婦が!」


 魔法剣士が駆け出した!

 同時に別方向から軽戦士も跳躍してくる!


(危ない!)


 リタは目を見開くが、


「馬鹿ね」


 ジュリはどこか妖艶に笑った。


地爆陣フレム=ベルドラ


 そう唱えて竜骨の杖で地面を打った。

 直後、大地から噴火のように爆炎が噴き上がった。

 それらは一瞬で二人の男を呑み込んだ。

 絶叫も上げる間もなく、二人は黒焦げになって倒れ伏せた。

 即死はしていないが、全身をビクビクと動かしていた。


「お、お前ら!」


 重戦士が息を呑んだ。


「私が呑気に話し込んでいるとでも思ったの?」


 一方、ジュリは最後の犯罪者に告げる。


「三対一なのよ。当然、設置型魔法の仕込みぐらいしておくわ。ああ、それと」


 一拍おいて、唇に人差し指を当てる。


「あなたたちは生死問わずデッド・オア・アライブよ。来るのなら覚悟することね」


「――くそが!」


 重戦士は兜を地面に叩きつけた。

 鬼人族の特徴である浅黒い肌と角が露になる。

 さらに男は大剣をジュリに向かって投げつけた!

 流石にジュリも驚いてかわすが、その隙に男は間合いを詰める。

 途中で魔法剣士の長剣を拾い、ジュリに対して斬撃を繰り出した。

 何度も何度も斬撃が襲う。

 ジュリは巧みに竜骨の杖を操って斬撃を凌いでいた。

 武器を軽くし、手数を増やして精霊魔法師のジュリを追い込むつもりのようだ。


(――まずい!)


 この状況に、リタは唇を強く噛んだ。

 流石にこれはあまりに不利だ。

 しかも相手は鬼人族。その体力は人族とは比べ物にならない。

 リタは魔法での加勢を考える。

 が、その時。


「舐められたものね」


 ジュリの竜骨の杖の捌きが一気に速くなる。


「のろまな剣技。先生の足元にも及ばないわ」


 言って、驚くべきことに鬼人族の男の長剣を弾き飛ばしたのだ。

 これにはリタも男自身も唖然とした。


「先生からは接近戦も習っていたのよ。このまま杖で打ちのめしてやってもいいけど、まあ、私は精霊魔法師だしね」


 言って、ジュリは竜骨の杖を手離した。

 そして両手に拳を作って、


焔羅拳フレム=ダダンロウズ


 そう唱えた。直後、両の拳が炎に包まれる。

 奇しくも、リタがガルボスを仕留めた魔法だった。


(……あれ?)


 しかし、微妙に違うことにリタは気付いた。

 よく似ているが、別物の魔法のような気がしたのだ。


「これは言わば常時展開型の火焔拳フレム=ダダンよ。私の魔力が尽きるか、私自身が終わらせない限り消えない。そして発動は簡略した呪文で済むわ」


 ジュリは微笑む。

 そうして、


火焔拳ダダン!」


 その小さな右拳を重装甲の大男に叩きつけた!

 前面に小爆発が起きて装甲が弾け飛ぶが、それだけでは鬼人族の男は倒せない。


火焔拳ダダン!」


 続けてジュリは左の拳を叩きつける。これも爆発を起こして装甲を打ち砕いた。

 ――が、これも致命傷には至らない。


「この小娘がッ!」


 男は自身の耐久力にモノを言わせてジュリを捕らえようとするが、


火焔拳ダダン!」


 今度はアッパーが打ち出される!

 これも爆発を起こした。男は大きく仰け反った。

 そして――。


火焔拳ダダン! 火焔拳ダダン! 火焔拳ダダン! 火焔拳ダダンッ!」


 胴体を射抜く神速の四連撃。どれも爆発を起こした。

 黒煙と共に粉々に砕け散っていく装甲。横から見ているリタは呆気にとられていた。


 ジュリの猛攻はまだ終わらない。

 ふううっと呼気と共に左手を前に、右拳を腰だめに構え直して、


火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダンッ!」


 もはや精霊魔法師とは思えない動きで爆拳を打ち続けた。

 時には背後にまで回り込んで繰り出していく。

 ジュリの加速が止まらない。


火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダン火焔拳ダダンッッ!」


 洞窟内に爆発音だけが続いた。

 振動で地面が少し揺れている気さえする。

 リタはただただ蒼白な顔で「あわわ」と慄いていた。

 そうして、


「……ふう」


 満足したように背を向ける。

 拳の炎が消えて、ジュリは赤い髪を払う。

 男はまだ立っていたが、全身が火傷だらけですでに気を失っていた。


「誰が貧相な体よ。私はまだ成長期なだけ。ララが早熟なだけよ。それに私だってこれからあの人に大きくしてもらうんだから」


 ジュリは少し赤らんだ顔でそう呟いてから、


「とにかく地獄で後悔しなさい」


 と、言い捨てる。

 男が倒れたのはその直後だった。



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