第4話 虚無が来たりて
翌朝。
杖や大剣などの最低限の物だけを持ってティアたちは宿を出た。
目的地はまずこの王都キグナスの冒険者ギルドだ。
そこで
運が良ければ、その場にすでにいる可能性もあった。
ティアたちは宿の従業員に冒険者ギルドへの道筋を聞いていた。
辻馬車を使わずとも徒歩圏の距離だった。
ティアとレイは二人並んで路地を進んでいた。
空は晴天。
馬車も人通りも多い広い道だ。
平日の朝だけあって忙しさが伝わってくる。
「どんな子たちかな?」
そんな中、レイが楽しそうにそう呟く。
ティアは杖を片手にレイを見やる。
「楽しみなの? そう言えばレイ以外の勇者と出会うのは二人目」
S級冒険者の中には勇者パーティーが多い。
まあ、全世界でも十三組しかいないのだから、むしろ当然なのかもしれない。
いずれにせよ、ティアたちには三組ほど顔見知りがいるのだが、その内、勇者パーティーは一組だけだった。
「……むむ」
ティアの指摘にレイは楽し気な笑顔から一変して眉をしかめた。
「嫌な人を思い出したよ。あいつでしょう? 勇者グッタフ。女の子だらけのパーティーのリーダーで、ボクもティアも、当時ダグと婚約してたソフィア
「……うん。ダグに殴られた人」
「正確には殴り合いだったよね。馬鹿みたいに一晩中。そんでその後、野次馬とかガラサスも混じって大宴会してたよね」
「うん。あれには呆れた」
ティアも少し懐かしそうに双眸を細めた。
「まあ、悪い人ではないんだけどなあ……」
歩きながらレイは両腕を組んだ。
「けど、ダグと仲良くなった後でも、ボクとティアは何度も声を掛けられたよね。流石にソフィア
「うん。別の街に出立するまで毎日しつこかった」
ティアも少しうんざりした様子で思い出す。
「考えてみると、今度の勇者もパーティーは女の子だけ」
「……う。それは嫌な情報だったね」
レイは額に片手を当てた。
「勇者にはハーレムが付きものだしなあ。勇者パーティーに所属する子ってそれを最初から決意して入っている子も多いしね。まあ、そこは人それぞれだけど」
ボクだってある意味、ハーレム目指しているし。
そう呟く。
ティアは小さく嘆息した。ティアとしてはまだ割り切れていないのだが、レイの中ではもう確定しているようだ。
「結局、どんな子なのかは会ってみないと分からない」
「ん。そだね。あっ! ティア!」
そこでレイが前を指差した。
「あそこ! あそこが冒険者ギルドじゃないかな!」
この道を真っ直ぐ進んで少し離れたところ。
そこに冒険者ギルドらしき四階建ての建屋があった。
ギルドはどこの街も似たような造りだ。まず間違いないだろう。
「ホントに近かったね!」
そう言って、レイが少し早足になって一歩踏み出した。
――その時だった。
ぞわり、と。
二人の背中に悪寒が奔った。
「レイ!」
「分かってる!」
ティアの呼びかけにレイが応える。
大剣の柄を片手で掴んだ。
一方、ティアも
「……ティア。これって……」
神妙な声でレイが呟く。
ティアも「……うん」と緊張した声で頷く。
そして、
「……
そう呟いた。
レイが一歩踏み込んだ途端、世界の色が変わったのだ。
晴天だった空は紫がかった曇天に。
街並みもすべてが紫色の染まり、淡く発光している。
だが、あれだけ多かった人はいない。
公道を走る馬車も、御者も馬さえもいなくなっていた。
この現象が何なのか。
ティアとレイはよく知っていた。
「
周囲を警戒しつつ、レイがティアに問う。
これにはティアも「分からない」としか答えられなかった。
――
それはかつて魔王領で初めて知ることになった化け物の名前だった。
魔王領に存在する誰も知らない王国でその話を聞いたのだ。
言葉こそ話せないが高い知能を有し、特徴として外骨格のような体のどこかに角を持っている。さらに人型が多い。魔石を喰らう魔獣とは全く別系統の化け物。
それが魔王領内に徘徊する未知の怪物。
死を迎えると塵となって虚無に還る。そこから付けられた名前らしい。
だが、それ以外の生態はほとんど謎に包まれている。
分かっていることはその残虐性。生物は弱らせてから生きたまま喰らう。ただし、女性――人類以外も含まれるので正確には『生物的に雌』と表現すべきか――の場合は生殖に使えるのかも分からない生殖器で犯してから攫うそうだ。
魔獣の中には他種族を利用して繁殖する人型の種族もいる。
恐らく、それに類似した行為ではないかと考えられているが、『王国』での話では
そしてもう一つ分かっていることは怪異のようなその狩りの方法だった。
べちゃりと。
罠だらけの自分にとって都合の良い狩場を現実世界の上に貼り付けるのである。
そこに狙った獲物のみを取り込むのだ。狩場を作り出した
――そう。それがこの紫色の世界。
すなわち、ティアとレイは獲物として取り込まれたということだった。
「
レイがそう尋ねるが、ティアにも分からない。
なにせ、人類圏で遭遇するのは彼女も初めてだった。
「分からない。そもそも生態が謎だらけの相手だから。大邪神の眷属って話も『王国』の人の推測だったし……」
そこで一拍おいて、
「とにかくこの
ティアは相棒にそう告げた。
大剣の柄を掴んだまま、レイは「うん」と頷いた。
ティアも杖を構え直した。
紫に灯る街に沈黙が降りる、と。
……コツン。
不意に音が響いた。
コツン、コツン、コツン。
それは
レイもティアも目を瞠った。
誰もいない街。そこに現れたのは一人の紳士だった。
年齢は五十代ほどか。
灰色の髭が印象的な、茶色のトレンチコートを纏う人物である。
そして、
「いやはやご機嫌麗しく」
帽子を脱ぐと胸元に置いて、彼は告げる。
「
「……あなたは」
ティアは杖を紳士に向けた。
「……誰? この世界に巻き込まれた人?」
そうではないと直感が告げている。
そもそも、ただ巻き込まれた人物が自分たちを名指しする訳がない。
レイもティア同様に警戒している。
男が怪しい動きを見せれば、即座に抜剣する姿勢だ。
「いえいえ。実は私があなた方をこの世界に招待したのです」
男はそう答えた。
「以後、お見知りおきを」
そして、男は深々と頭を垂れてこう名乗るのであった。
「我が名はイリシス=ガド。
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