第3話 さて。元カノと妹分は
時は二ヶ月ほど遡る。
その日。マキータ国の王都キグナスに一台の汽車が到着する。
ゆっくりと停車して数分後。
――ガヤガヤガヤ。
ようやく長旅から解放された多くの乗客たちが我先と下車し始める。
瞬く間に駅は人で埋め尽くされた。
そんな喧騒の中に、彼女たちの姿があった。
二人組の美女である。
一人は、見た目的は十七、八か。
緑色の大きな三角帽子に、ゆったりとした袖に、動きやすいように足にスリットの入った同色のローブ。右手には大きな
――ティア=ルナシスだった。
もう一人は、二十代半ばほど。
金糸を襟や裾に施した軍服に似た白い服に、黒い
サラリとしたボーイッシュな黒髪。瞳の色も黒だ。髪も瞳も少し青みがかっている。幻想的なティアとはまた違う健康的な美貌が輝いていた。大剣のベルトでスラッシュされる大きな胸も対照的だった。
――レイ=ブレイザーである。
手にはティアと同じく荷物を詰めた小さなトランクを持っている。
「う~ん。ようやく着いたね」
少しずつ人もはけてきてレイが大きく伸びをした。
「流石に八日間の汽車の旅は堪えたよ」
「うん」
ティアはコキンと首を軽く鳴らした。
「私も久しぶりに肩が凝った」
「え? 久しぶりなの?」
レイが目を瞬かせてティアを見やる。
「ボクなんて何故か年がら年中なんだよ。羨ましいなあ」
片手を首に当ててそんなことを言う。
同時に、たゆんっと豊かな胸が揺れた。
「…………」
ティアは無言でレイを見つめた。
その眼差しはジト目だ。特にレイの胸を睨み据えている。
レイに一切の悪意はない。
長い付き合いでそれははっきりと分かっていた。
ティアは小さく嘆息した。
「? どうしたの? ティア?」
レイが無邪気に尋ねてくるが、ティアは歩き出して、
「何でもない。それより宿を探そう」
そう返した。
そうして一時間後。
ティアたちはとある宿で部屋を借りることが出来た。
宿の質は中級ほど。今回も同室の二人部屋である。
S級冒険者であるティアたちは、貯蓄的には相当な余力があるのだが、今回の旅は目的を果たすまでどれだけかかるのか分からない。細やかでも極力浪費は抑えようと二人で決めたのだ。
『
それがレイの台詞だった。
ともあれ、二人は荷物を置くと、それぞれのベッドに腰を掛けた。
レイは
「この国にまだライドはいるのかなあ」
と、ティアに話しかける。
ティアは「分からない」と一言入れて、
「少なくともこの国にライドが向かったことは確かだと思う」
そう答える。
ホルターから再スタートしたティアとレイは、まずカンザル王国の王都ラーシスで情報収集を始めた。ライドの娘に改めて会いに行くか、一度ぐらいは元凶の学長を殴りにいこうかとも思ったが、それよりライドの行方を調べることを優先した。
なにせ、ライドが旅立ったのは三年も前のことだ。
面倒事を起こすよりも、情報収集を急いだ方がよかった。
その予想通り、情報を入手するには時間が結構かかってしまった。
情報をまとめると、どうやらライドは冒険者資格を再発行せずに取り直したようだ。
F級冒険者として近くのダンジョンに数回潜ったらしい。
F級なので、当然ダンジョンもF級だった。
ブランクがあってもライドならまず失敗するはずもないランクである。
そこで体と勘の慣らしと、ある程度の資金を貯めてこの国を旅立ったようだ。
目的地の調査は中々に難航したが、ライドと親しかったという冒険者の一人から、彼はマキータ王国に向かったらしいという話を入手したのである。
そこまで知るのに三週間もかかってしまった。
ティアたちは早速カンザル王国を出立して、この国にまで来たのである。
「ああ。そういやさ。ティア」
レイがベッドに倒れ込みつつ、ティアに声を掛けた。
「さっき一階の食堂で聞いた話なんだけどさ。何でもこの国ではついこないだ
「え?
ティアは少し驚いた。
ティアが受付で宿泊の手続きをしている時、レイは食堂にいた冒険者風の男性たちに声を掛けられていた。どうやらナンパをされていたらしい。
それは軽くあしらっていたレイだが、情報収集に抜かりはないようだ。
「この国のダンジョンは最高でB級って話だったけど……」
あごに手をやって呟くティア。
事前に、これから向かう国については調べている。
この国はカンザル王国よりはマシだが、最高のダンジョンはB級とのことだ。
ドラゴンが棲むようなダンジョンはA級以上ばかりだ。B級には皆無とまでは言わないが、その遭遇率は相当にレアであるのは確かだった。
「うん。そのB級のダンジョンにレッドドラゴンの幼生体が飛来したんだって。多分そのダンジョンを縄張りにするつもりだったんだろうね」
レイはベッドの上で、ぐでえっとなりつつ、顔だけティアに向けて語る。
「それを迎え撃ったのが、たまたまその場に居合わせちゃった三人の冒険者たち。E級だけど勇者パーティーだよ」
「……それって」
ティアは気の毒そうな顔を見せた。
「……勇者の
「アハハ、多分そうなんだろうね」
自身も勇者であるレイも自嘲気味に笑った。
「全員が十六歳っていう凄く若いパーティーだって。精霊魔法師と神官の女の子たち。そんで勇者の男の子。彼ら三人でレッドドラゴンの幼生体を討伐したんだよ」
レイは上半身を上げて、ベッドの上に座り直した。
「ドラゴンの討伐に王都は戦勝パレードまでしたんだって。勇者くんたちは一気にC級にまで昇格。ドラゴンは幼生体でも極上の素材の山だし、この国としては、ドラゴンが住処にしようとしていたダンジョンはA級以上のポテンシャルがあるって証明されたもんだし、浮かれるのも仕方がないよね」
「……そう」
ティアは小首を傾げた。
「それは面白そうな話だけど……」
そう呟いた時、レイが「ふっふっふ」と前のめりになってティアに視線を向けた。
「この話、怪しくない?」
「……え?」ティアが眉をひそめた。「どういうこと?」
「ドラゴンってマジで強いよ。昔の神さまたちによって種族名を名付けられたっていう唯一の魔獣。紛れもない最強種だよ。しかも竜種の中でも特に狂暴なレッドドラゴン。ボクやティアでも一対一だと相当にしんどい相手だよ」
「それは成竜や古竜の話でしょう。幼生体なら倒せても不思議じゃない」
ティアがそう返すと、レイは「チッチッチ」と指先を振った。
「それでもE級がたった三人でだよ? 流石に無理があるよ。ボクはね。この一件、ライドが関わっているんじゃないかって思っているんだ」
「………え」
ティアは目を大きく見開いた。レイは言葉を続ける。
「ライドならブランクがあっても幼生体ぐらいだったら倒せるよ。バチモフを喚んだら尚更だね。ボクが思うにその勇者パーティーはライドの知り合いで、ライドと一緒に戦ったんじゃないかなって思うんだ」
「…………」
ティアは無言でレイを見つめた。
「けど、ライドって昔から目立つの嫌がってたでしょう? だから勇者くんたちに手柄を全部譲ったんじゃないかな?」
と、レイが自分の推測を告げる。
ティアは少し考え込んだが、
「……凄くあり得そう」
そう呟いた。レイは「うん!」と笑った。
「そんで、もしもそれがホントだとしたらさ。それってその勇者くんたちはライドのことをよく知っているってことだよね!」
「……その可能性も高い」
ティアは片手を頬に当てて「……うん」と頷いた。
「これはいきなりの有力情報かも」
「ティアもやっぱりそう思うよね!」
言って、レイはベッドから身を乗り出して片手を上げた。
ティアも同じように片手を上げて、二人はパンとハイタッチした。
「今日は旅の疲労もあるし休もう。明日は早速そのパーティーに会いに行く。その人たちの名前は分かる?」
「うん。もちろん抜かりはないよ!」
ニカっと笑って、レイはその名を告げた。
「C級パーティー・
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