第24話 リタの旅立ち
『 親愛なるオレの娘、リタ。
この手紙を読んでいる頃はきっとお前は卒業したんだな。
卒業、おめでとう。
ごめんな。直接祝ってやれない父さんを許してくれ。
リタ。話はシータさんから聞いたな。
すまない。ずっと隠していて。
父さんのことも。
お前の本当の母さんのことも、きっとショックを受けているよな。
そんな時に傍にもいてやれない父さんですまない。
父さんの事情は、すべてシータさんが話した通りだ。
父さんは旅立つことにした。
それが最善だと思ったからだ。
ただ誤解しないで欲しい。
父さんはお前が嫌いになった訳じゃない。
お前が初めて立った日。
オレを初めて『パパ』と呼んでくれた日。
幼いお前が嘘をついて大泣きした日。
お前が初めて料理を作ってくれた日。
そのすべてがオレの宝物だ。
お前を育てるために、オレが少年期を犠牲にしたと思うのかも知れない。
多くの人がそう言う。
だが、そんなことはない。
それに勝るとも劣らない輝かしい日々をお前はくれたのだから。
オレが少年だった頃の日々は間違いなく喜びで満ちていた。
ありがとう。リタ。
オレの娘になってくれて。
オレを父さんと呼んでくれて。
お前の本当の母さんと仲良くなって欲しいとは言わない。
お前の母さんは強がりで本当は脆く弱い人だった。
勝気なようで臆病な人だった。
幼馴染だったオレはそれをよく知っている。
本来なら、お前を捨てるなどという理不尽な真似をする人じゃなかった。
オレが聞いた話以上に、彼女に何かしらの理由があったのだと思う。
決して、それが免罪符になることではないが。
母さんを嫌ってもいい。憎んでもいい。
お前にはその資格がある。
けれど、願わくば、どうか二人で話し合って欲しい。
今日までのことを。
これからのことを。
最後にアドバイスだ。
実は、父さんも昔、二年ほどの間だけ冒険者をしていた。
だからお前にアドバイスをしておきたい。
冒険者にとって大切なのは剣の腕でも魔法の才能でもない。
出会いだ。
背中を預けられる仲間と出会うことだ。
E級以上のダンジョンは学校の講習に使われるようなF級とはまるで違う。
講習のように安全の保障などない。
常にサポートしてくれる講師たちもいない。
だからこそ、本物の危地やダンジョンで大切なのは仲間なんだ。
父さんも信じられる仲間と出会えたことで冒険者として生きていけた。
どんな苛酷な状況であっても、生き延びることが出来たんだ。
彼らとの絆は、お前と同じぐらいの父さんの宝だ。
お前にもそういった仲間と出会って欲しい。
リタ。
オレの大切なリタ。
例え、どれほど離れていても。
もう二度と会うことが出来ないとしても。
父さんはお前を愛している。
どうか健やかに生きて、幸せになってくれ。
ライド=ブルックス 』
……夜。
宿屋ニックスの二階にて。
リタはベッドの上に座って、何度も繰り返してその手紙を読んでいた。
涙を大切な手紙に落とさないように、何度も拭って読んでいた。
何もかもがショックだった。
大切なモノ。
守りたかったモノ。
そのすべてが奪われたような衝撃だった。
事実、リタは何も知らない内にすべてを失っていた。
実家である店も。
ずっと傍にいて欲しかった父も。
母親なんて知らない。
確かにあの女には何度も世話になった。
学長は少し過保護だとも思っていたぐらいだ。
けど、きっとそれはあの女の自己満足のためだ。
捨てた娘への罪悪感を誤魔化すためだけの行為だ。
結果として、リタの一番大切な人は奪われてしまった。
あの女が自分の親権を持っているなどどうでもいい。
話し合って欲しいと願う父には申し訳なく思うが無理だった。
もう顔も見たくなかった。
「……パパ……」
涙が再び溢れてくる。
手紙を濡らしてしまわないように、すぐにゴシゴシと顔を拭いた。
今日だけでもう一生分も泣いたような気分だ。
少し目が痛い。
(……あたしは……)
そっと手紙の文字に触れた。
(……ずっと泣いたままなの? パパに守られたままなの?)
自問する。
この三年間。自分は成長したはずだ。
守られるだけの存在ではなくなったはずだ。
リタは部屋の壁の一角に目をやった。
そこには愛用の大剣が立てかけられていた。
リタは手紙を片手に掴んだまま、ベッドから降りる。
ゆっくりと前に進む。
そして彼女は大剣の柄を取った。
「……パパ」
強く柄を握りしめる。
「あたしはもう泣き虫なだけのリタじゃない」
そう呟いた。
◆
翌日の早朝。
宿屋ニックスの前にて、リタは立っていた。
黄金の髪はいつもサイドテール。身に纏うのは赤いブラウスと黒のプリーツスカート。その上には白銀の
腰には少し傾けて吊るした愛用の大剣。
そして肩には荷物を詰めこんだ白いボンサックバッグを担いでいる。
空は晴天だった。
リタは碧色の瞳を眩しそうに細めた。
「……決めたんだね。リタ」
その時、声を掛けられる。
シータだった。
その隣には後ろ手に後頭部を抱えるカイトの姿もある。
シータにはもう一人子供がいる。カイトの兄だ。リタにとってはカイト同様に幼馴染と呼べる相手でもあるのだが、すでに家を出て自立した彼はここにはいない。
なおシータの夫は王都に出稼ぎに行っていた。
従って、見送りは二人だけだった。
「……うん。シータおばさん」
目元に少し隈のある顔で、リタは振り向いた。
「あたしはパパを探す。パパのところに行く。このままお別れなんて嫌だから」
「……そうかい」
シータはふっと笑った。
「好きにするといいよ。私は何があってもあんたとライドの味方さね」
「……ありがとう。シータおばさん」
リタは、ぎゅうっとシータにしがみついた。
シータも力一杯リタを抱きしめる。
ややあって、リタはシータから離れた。
「一晩考えて、あたし思ったの。パパに近づいちゃダメなんて酷い話はこの国の中だけのことよ。他の国だったら別に問題ないでしょう?」
「アハハ。確かにね」
シータは苦笑を浮かべた。
リタは「ふふん」と鼻を鳴らして言葉を続ける。
「むしろパパがこの国にいないのなら好都合だわ。あたしもこの国を出て行く。そしてあたしが大人になったらパパと一緒に帰ってくるわ」
「そうかい。けど、一人でライドを探しに行くつもりかい?」
少し心配そうに尋ねるシータに、リタは「ううん」とかぶりを振った。
「王都にあたしの仲間がいるの。一緒に卒業したあたしの同級生たち。カリンたちに相談して、出来ることなら協力をお願いしようと思うの」
片手を胸元に当てて、
「あたしなんてまだ駆け出しの冒険者ですらないわ。ソロなんて無茶はしない。パパも手紙で言っていた。冒険者にとって仲間こそが一番大切なんだって」
「……そっか」
シータは優し気に双眸を細めた。
「それが分かってんのならいいさ。あんたは大丈夫さね。頑張りな」
そう告げるシータに、リタは「うん。頑張る」と頷いた。
それからカイトの方を見やり、
「カイト。今度会う時は彼女ぐらい作っときなさいよ」
「うっせ。泣き虫リタ。ファザコンのお前と一緒にすんな。もういるよ」
「うげ。マジで?」
そんなやり取りをする幼馴染たち。
カイトは「リタ」と幼馴染の名を呼んで拳を前に突き出した。
「ライド兄ちゃんの店。たまには掃除しといてやるよ」
「……ん。ありがと」
リタも拳を突き出して、コツンとぶつけた。
「じゃあ、シータおばさん。カイト」
リタはニカっと笑った。
「行ってきます!」
そう言って、リタは走り出した。
シータとカイトはその様子を静かに見守っていた。
「……あの子も行っちまったね……」
感慨深くシータが呟く。
と、その時、カイトが「ああ。そう言えば」と口を開いた。
「母ちゃん。リタにあのことは話したのか?」
「ん? 何をだい?」
「いや、三ヶ月ぐらい前に来たお客さんたちのことだよ。ほら。もの凄く綺麗な姉ちゃんたちの二人組。あの人らってライド兄ちゃんの昔の仲間だったんだろ? あの人らもライド兄ちゃんを探すとかって話じゃなかったっけ?」
「…………あ」
息子に指摘されて、シータは目を瞬かせた。
「ああ。そいつはすっかり忘れていたね……」
片手を腰にボリボリと頭をかくが、
「ま、いっか。縁があればあの二人とも出会うさね」
そう言って、朗らかに笑うシータだった。
「それより、そろそろ店の開店準備をするよ」
「へ~い」
そう言って宿に入るシータ親子。
空は晴天。営業日和。
宿屋ニックスは今日も盛況になりそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます