第22話 卒業。そして遂に
そうして。
さらに一ヶ月の月日が経った。
――ガタゴトン、ガタゴトンッ!
晴天の空の下、軽快なリズムと共に汽車は進む。
緩やかなカーブに差し掛かり、車輛が大きく揺れた。
それに合わせて、枕を抱えて横になっていた彼女はゴロンと反転した。
リタ=ブルックスである。
彼女は今、その汽車の寝台車に乗っていた。
一つの部屋にベッドだけのスペースが四つ積み立てられているような車輛だ。
荷を詰め込んだボンサックバッグと、
こんな場所にすでに二日。疲れも結構溜まる頃合いだ。
しかし、そこに横たわるリタの心自体はとても軽やかだった。
「……ふふふ」
思わず笑みも零れてしまう。
なにせ、遂にファラスシア魔法学校を卒業したのである。
それも首席卒業だ。
卒業生たちは、卒業と同時に冒険者ギルドからF級冒険者の資格を授けられる。
リタはその優秀な成績を認められてもう一段階の上のE級資格を得た。
目的のC級にはまだまだ届かないが、上々の出だしだった。
リタのパーティーメンバーであるカリンやライラ。そしてジョセフも無事卒業してF級の資格を得ていた。
カリンたち三人は今、王都ラーシスにいる。
貴族であるジョセフと、有名な商家の娘であるカリンの実家は王都にあった。ライラはカリンの家――外商を主にするカーラス商会の護衛者を代々担う一族であり、立場的にはカリンの専属の護衛者だった。ライラは今も変わらずカリンの傍にいる。
そうしてそれぞれが一度実家に戻った後、改めて冒険者としてパーティーを組もうと約束していた。四人でまずは王都近くのダンジョンに潜るつもりだった。
学校の講習に使われていた最下級のF級ダンジョンではない。
そこよりも採掘できる魔石が上質なE級ダンジョンである。
ダンジョンとは精霊の住処とも呼ばれる場所だった。
古代の遺跡や深い洞窟などと場所は様々だが、どこも常に精霊の密度が濃く、そこでは魔力が結晶化した水晶――『魔石』が創り出される。ダンジョンの奥地になるほど上質な魔石が発生しやすかった。大きさとしては人間の中指ほど。内包する魔力量によって上質なモノから順に赤、青、紫、緑の四種類がある。
汽車や街灯など、一般家庭のコンロなどまで様々な動力源に使用される魔石は生活にかかせないモノであり、採掘すれば冒険者ギルドにて高額買取されていた。
ダンジョンのランクとは、すなわち採掘できる魔石のランクでもあった。
ただ問題点として、ダンジョンは魔獣にとって住みよい場所らしい。
なにせ、魔石はすべての魔獣にとって大好物だからだ。
魔石とは消耗品だ。
使うほどにそのサイズは少しずつ縮まっていき、最終的には消失してしまう。
魔獣たちは魔石を喰らって消化し、自身の活力にしていた。
魔石を喰う獣なので、総称として魔獣と呼ばれているのである。
まあ、魔石のみならず他の生物も普通に喰らうため、厄介な存在ではあるのだが。
ともあれ、ランクの高いダンジョンほど強力で獰猛な魔獣が住み着いていた。
A級以上ではドラゴンまでいるという話だ。
ダンジョンランクが高いほど、リスクが高くなる理由である。
なお、魔石を多く摂取している強力な魔獣の体毛や牙などは武具や防具の素材に適しており、それに加えて、腹の中に消化前の魔石を抱えていることがあるので、冒険者にとって魔獣退治は高収入なメインの仕事の一つになっていた。
魔獣狩りを専門にする冒険者は『魔獣ハンター』とも呼ばれていた。
閑話休題。
何にせよ、そんな初の本格的なダンジョン探索も二ヶ月後の話だ。
今はリタも帰郷の真っ最中だった。
念願の――実に三年ぶりの帰郷である。
(やっとだ! 嗚呼、お父さん……お父さんっ!)
寝台の枕をさらに強く抱きしめて、狭い空間で左右に転がる。
ようやくだった。
ようやくの父との再会の時だった。
まずは喧嘩別れして家を出たことを謝ろう。
その結果、
学長には本当にお世話になったが、卒業時にはアリスが多忙すぎてほとんど話は出来なかった。王都に行ったら、改めて感謝と謝罪を述べようと思っていた。
まあ、それも同じく二ヶ月後ぐらいの話である。
今は父のことだった。
(お父さんっ……パパァ、パパァ!)
人前では恥ずかしくなってきて呼ばなくなった『パパ』も心の中では言える。
まずは謝る。
それから色んな話をしようと思う。
学校で過ごした日々や、そこで出会った友達のこと。
冒険者になりたいという話も。
三年前は言い出す機会がなかったが、冒険者は実は副業として考えていることもだ。
しかし、副業といっても冒険者は油断すれば死に繋がる仕事だ。
真剣に取り組むため、仲間たちと一緒にダンジョンに潜りたいということ。
それらを父に告げなければならない。
今度は、ちゃんと説得しないといけないと思っていた。
ただ、その後は甘えたかった。
なにせ、三年間も会うことも出来なかったのだ。
たくさん、たくさん、甘えたかった。
――ギュッと抱きしめて欲しい。
――頭をナデナデして欲しい。
――今夜は添い寝をして欲しい。
――流石に一緒にお風呂はお願いしたらダメだろうか?
(パパが入浴中に突撃するのはどうかな! うん! 背中を流してあげるとか!)
枕を掴んだまま、そんなことを考えるリタ。
あまりに成分が欠乏しすぎて、その碧色の瞳はグルグルと回っていた。
それはもう相当に過激な妄想まで頭の中に浮かんでいた。
「~~~~~~~っっ」
ぎゅうゥっと。
枕を力一杯抱きしめるリタ。
はふうっと吐息を零した。両足を激しくバタつかせた。
そうこうしている間も汽車は進む。
そして遂に目的地――ホルターの駅に到着した。
リタは駅から飛び出すと、華やかな富裕層地区には見向きもせず、近くに停まっていた辻馬車に乗った。
「東地区までお願い!」
「あいよ」
馬がいななきを上げて、辻馬車は走り出す。
リタは落ち着かない様子で馬車の席に座っていた。
そうして一時間ほどして見慣れた街並みが目に入って来る。
リタの故郷であるホルターの東地区だ。
「ここまででいいよ! ありがと!」
待ちきれなくなったリタは、その場で辻馬車から降りた。
バックを肩に、腰に大剣を吊るして街中を走る。
本当に懐かしい。
三年経っても大きく変わっていない街並みだった。
(もうじきだ!)
走る。
走る。
三年間の訓練でこの程度では息も切れない。
入り組んで複雑な迷路のような街でもリタは迷わない。
「あれ! リタちゃんかい!」
知り合いのおばさんが道にいた。
リタはすれ違う際に「ただいま!」と返して「また後で!」と告げて、走る速度を緩めなかった。ここまで来て足を止めることなんて出来なかった。
走る。
走る。
走る。
(パパ! パパっ!)
リタは角を曲がった。
もうすぐそこだ。
あと一つ角を曲がればもう見えるはずだ。
――『ブルックス道具店』。
リタの父が待つ実家が。
リタは心躍らせて地面を強く蹴った。
そして、
(帰って来たっ!)
角を曲がった。
そこには確かにブルックス道具店があった。
リタの口元に笑みが浮かぶ。
だが、彼女はすぐに気付いた。
「…………え?」
彼女の実家に。
父の店に。
全く活気がないことに。
まるで灯火がなかったことに。
それは近づくと、さらにはっきりと感じ取れた。
「…………え」
リタは困惑しながら店の取っ手をとった。
しかし、平日の日中だというのに鍵が掛かっている。
「………留守?」
そう考えたが、すぐに自分で否定する。父が『閉店』の看板もつけずに店を留守にするとは思えなかった。
言い知れない不安を抱きつつ、リタは鍵を取り出してドアを開けた。
だが、店舗内に入ってさらにギョッとする。
――何もなかったからだ。
いつもなら棚に置かれているはずの商品が一つもなかったのである。
「……なに、これ……」
ドスンとバッグを落として、リタは唖然とした。
店の中に入り、棚を触った。
指に埃がついた。長らく掃除もしていないということだ。
――ぞわぞわぞわ……。
不安は強い悪寒へと変わった。
リタは店舗奥の階段から二階へと駆け上がった。
「お父さんッ! パパッ!」
迷わず父の私室に行く。
ドアを開けた。簡素なベッドに机。書棚。それらは最後に見た時と変わりない。
しかし、そこには一切の生活感がなかった。
「パパ! パパあァ! どこにいるの!」
リタは自分の部屋や、他の部屋も見て回った。
だが、どの部屋も生活感がない。
何より、どこにも父の姿がなかった。
「なんで!? なんでッ!?」
リタはもうパニックを起こしていた。
過呼吸になりながらも、再び一階に戻る。
最初から父を探し直すつもりだった。
と、その時だった。
「……リタ」
不意に声を掛けられた。
リタはハッとして声の方に振り向いた。
その声の主は、店舗の入り口に静かに立っていた。
日の逆光で一瞬見えなかった、その人物は――。
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