第20話 彼女たちの再スタート

 その日の夜。

 宿屋ニックスの二階にある一室にて。

 二人の美女が対峙していた。


 レイとティアである。

 レイは黒のタンクトップにボトムスは下着のみ。

 ティアはうっすらと透けた薄紫色の寝間着ネグリジェを着ていた。

 二人は並んでいる互いのベッドの上で正座をして、向かい合っていた。

 窓から差し込む月光。

 長い沈黙が続く。


「……まさか」


 ややあって口を開いたのはレイの方だった。


「ティアがライドと恋人同士だったなんて思わなかったよ」


「…………」


 ティアは無言だった。

 表情もないのだが、困った様子なのはレイには分かった。


「ティアって昔から色んな男の人に言い寄られてるけど、いつも全然相手にしなかったじゃん。男の人に興味ないからなんだって思ってたけど、あれってボクが同じふうに男の人に言い寄られても相手にしなかった事と同じ理由だったりする?」


「…………」


 ティアは返事をしない。レイは「はあ」と嘆息した。


「ごめん。愚問だったね。はっきり十一年間も色褪せなかったって言ってたし」


「……ごめんなさい」


 ティアは指先をベッドについて、頭を下げた。


「あなたの気持ちを聞いた時に話しておくべきだった」


 一拍おいて、


「私も、あなたがライドのことが好きだなんて思っていなかった」


「いやいや」


 すると、レイはジト目でパタパタと手を振った。


「ボクが子供の頃から何度ライドに助けられたと思ってるの? 魔王領の頃なんて先走って行方不明になったボクを見つけてくれたのはライドだったし。しかも怪我をしていたボクを抱きかかえたまま、ティアたちと合流するまで守ってくれたんだよ」


 レイは微かに俯いて小さく息を零した。

 あの時のことは今でもはっきりと思い出す。

 魔王領は広大な魔の森だ。

 そんな中で仲間と外れ、足も負傷してしまった。

 当時のレイは、まだ治癒魔法までは習得していなかった。

 大樹のうろの中に隠れて、ただただ震えていた。

 そんな時だった。


『……良かった。無事だったか。レイ』


 迎えに来てくれたのはライドだった。

 魔王領の遺跡で手に入れた魔剣を手に、ホッとした優しい笑顔を見せてくれた。

 気付いた時には、レイは彼に抱き着いていた。

 ライドも『もう大丈夫だ』とレイの背中をポンポンと叩いてくれた。


「あの時、ライドに抱きしめられてボク思ったもん」


 指先を絡めてレイは言う。


「ああ。きっとボクはこの人のために生まれたんだって。この人の女になるために生きてきたんだって」


「……それってあなたが十一歳の時の話?」


「うん。十一の時の話」


 少し戦々恐々とした口調になったティアに対し、レイは迷いなく言う。


「ホントならもっと早く会いに来たかったんだけど、気付けばボクたちも別大陸とかかなり遠くまで行っちゃってたからね。戻ろうと思ったら年単位だよ。だから、ダグたちの結婚は思い切る良い切っ掛けになってくれたって内心で思ってたんだ」


(………う)


 ティアは内心で呻いた。

 奇しくも、それはティアも思っていたことだった。

 このタイミングでしかライドに会いに行く口実と機会がないと思ったのだ。


 そしてレイは言う。


「いずれにせよボクは本気だよ。ずっと本気だよ」


「……………」


 レイの意志の強さに、ティアは気圧された。


「ティア。まずはライドに再会しよう。話はそれからだよ」


 レイは言葉を続ける。


「そこからは競争だよ。ライドに選んでもらおう。ボクか君かを」


「……レイ」


 ティアはレイを見据えた。

 相棒の眼差しは真剣そのものだった。

 そこに一切の迷いはない。


(……なんて強い子)


 純粋にティアはそう思った。


「正々堂々。だから恨みっこなしだよ。ティア」


 笑顔を見せてそう告げるレイ。

 ティアは迷いつつも「うん」と頷いた。

 退けない想いがあるのはティアも同様だった。


「……分かった。私も覚悟を決める」


「うん。それでいい」


 レイは力強く頷く。


「じゃあ、ライドがどっちを第一夫人に選んでも文句はなしだね」


 …………………………………。

 ……………………………。

 ……………ん?


 ティアは無表情のまま小首を傾げた。


「けど焦ったよ。ライドに子供がいるって聞いた時は」


 レイは言葉を続ける。


「子供は別にいいんだ。ライドの子供なら愛せるから。けど、奥さんがいたら第一夫人の座ってすでに埋まっちゃってるってことだったからね」


 …………………………………。

 ……………………………。

 ……………んん?


 固まるティアをよそに、レイはニコニコと笑って話を続けた。


「ホントに良かった。けど、ティアっていわゆる元カノなんだよね? ライドとのエッチも経験済みなら、もしボクが第二夫人になった時は少し優遇して欲しいかな。その、夜の営みの回数とかさ。だってボク、全然未経験だし、慣れるまでしばらくの間はボクの方を少し多めに回してくれるとか――」


 指先同士を突き当てて、上目遣いにそんなことを言ってくる。


「……ちょっと待って」


 片手を突き出して、ティアは尋ねる。


「……さっきから何の話をしているの?」


「え? 何って……」


 レイはキョトンとした顔で答える。


「ボクとティア。第一夫人と第二夫人。どっちがなるかって話」


「……うん。待って」


 ティアは無表情に言う。


「もしかして私もレイも二人ともライドの奥さんになるって話?」


「うん。そだよ」


 レイはあっけらかんと頷いた。


「だって奥さんが一人だけなんて国によって違うじゃん。獣人族なんて一夫多妻の方が一般的だし、貴族でも側室がいるってのはよく聞くでしょう。他にも昔立ち寄った東方大陸の将軍さまが治める国なんか『大奥』とかいう大後宮があったじゃん。結局、一夫多妻なんて土地柄が変わればよくある話なんだよ」


 そこで「それにさ」と言って、レイは親指を立ててニカっと笑った。


「勇者パーティーにとってハーレムはもはや常識だし!」


「……変な常識を入れないで」


 思わずティアはツッコんだ。


「確かに勇者パーティーにはそういう人もいるけど、それは勇者がハーレムを造るのであって勇者がハーレムに入る話じゃない」


「そんなの些細な違いだよ」


 レイは大きな胸を揺らして堂々と言う。


「そもそもライドはドラゴンなんだよ。エンシェントノクターンドラゴンさんだよ。ドラゴン相手ならパーティー戦は必須なんだから」


「そ、その例えは……」


 ティアは気まずそうに眉をひそめた。


「それじゃあ訊くよ。ティアさん」


 レイは眼鏡もかけていないのに縁を上げるような仕草をした。

 そして、


「実戦経験者のティアさん。あなたはソロでドラゴンを討伐された経験は?」


「―――――え」


 ティアは目を丸くして少し腰を浮かせた。

 対し、レイはにこやかな顔で訊く。


「いかがでしょうか? ティアさん」


 ティアは言葉が出なかった。

 ただ、かつての日々を思い出して――。


「~~~~~~~~~っっ」


 瞳を泳がせると、片手で頬をふにっと持ち上げた。

 次いで、もじもじと内股になると顔を真っ赤にして俯いた。

 うなじからは湯気でも立ち昇りそうな様子だった。


「うわあ」


 レイは目を瞬かせた。


「凄く新鮮だよ。ティアのこんな感じ。ですが、やはりソロ討伐はない模様。毎夜、美味しくドラゴンさんに食べられていたご様子です」


 肩を竦めてレイが言う。


「ま、毎夜までしていた訳じゃない」


 珍しく涙目になってティアが反論する。

 すると、レイは深々と溜息をついて、


「元カノだからかな。そもそもティアは危機感が薄いよ」


「……え?」ティアは眉根を寄せた。「それはどういう意味?」


 そう尋ねると、レイは大きな胸をたゆんっと揺らして前屈みになった。

 腰に手を当てた彼女の眼差しはジト目だ。


「パーティーにいた頃、ライドが凄くモテてたって自覚ある?」


「…………え?」


 ティアは目を見開いた。


「ぶっちゃけライドって天然の人たらしだったからね。もう凄くモテたよ。けど、ソフィアねえとかティアとか凄いレベルの美女や美少女が傍にいたから、あんまり近づけなかっただけ。それでも近づいてくる子はボクが威嚇して排除してたけど」


「……そんなことをしていたの?」


 ティアは驚いた。

 レイは「うん。そう」と当然のように答えた。

 ちなみにこれはレイも知らないことだが、ブルックス道具店が健在だった頃は、リタがレイと全く同じことをしていたりする。


「ともかく、あの頃は防壁があったんだよ。道具屋の主人だった頃も出会いが少なそうって思いこんでいたからどこか安心していた。けど今は違うんだ」


 そこでレイは珍しく焦ったような顔で爪を噛んだ。


「ライドが旅立ってすでに三年も経っているんだよ。しかも一人旅。はっきり言うよ。ボクの女としての。そして勇者としての直感」


 レイは真剣な眼差しで宣言する。


「絶対にライド、色んなトラブルに首を突っ込みまくって、行く先々で女の子をトキめかせているよ!」


 それに対し、ティアは「え?」と困惑した。


「……ムムっ!」


 レイは呻いた。

 ここまで言っても、ティアが危機感を抱いていないのが分かる。


「ティアはもうライドに愛された側だから、この危機感が分かんないんだよ!」


 そう叫ぶと、レイは自分のベッドから降りてティアの目の前にまで迫った。

 ティアの両手を強く掴み、


「とにかく連合を組むよ!」


 そう告げた。ティアは「れ、連合?」と目を丸くする。


「うん! ボクとティア! それぞれ第一夫人と第二夫人になる連合!」


「な、なにそれ?」


「敵は全くの未知数なんだよ! 果たしてどんな子たちなのか、下手をしたら軍勢なのかも知れないんだ!」


 困惑するティアに、レイはさらに詰め寄る。


「それぞれが勝手に動いたら各個撃破されるよ! 序列争いで負けちゃうの!」


「そ、そうなの?」


「そうなの!」


 レイの眼差しはどこまでも真剣だった。

 なので、


「……う、うん。じゃあ分かった」


 完全に勢いに押されて承諾してしまうティアだった。

 この連合結成が今後どう活躍していくかは分からない。

 いずれにせよ、


「じゃあ二人で愛されようね! 目指すはドラゴン討伐だ!」


「う、うん」


 彼女たちはやはり仲のよいコンビなのは確かだった。

 改めて、二人の旅は始まったのである。


 しかし、彼女たちは後に唖然とすることになる。

 愛する青年の足跡の――冒険の数々が、あまりに想定外だったからだ。

 まあ、流石に今の彼女たちには知る由もないことだが。





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