第19話 ひと時の休息
そうして現在に戻る。
場所は宿屋ニックス。
「……それが、私がライドから聞いた話さね」
長い語りを終えて、シータが一息ついた。
レイもティアも言葉が出なかった。
「結局、そっから二ヶ月半後ぐらいにライドは店を畳んで旅に出ることにしたんだよ。三年間はあの子も学校にいるから会うことはない。けど、卒業しちまったら、あの子は絶対に納得しないだろうからね」
シータは腕を組んだ。
「ライドが距離を取ってもあの子の方から近づいたら意味がない。だからライドはホルターから……いや、この国から出て行くことにしたんだよ。少なくとも八年以上。もしかしたら二度と戻って来ないかもしれない旅にさ……」
小さく肩を落とす。
「あの子宛の手紙をライドから預かっている。あの子が学校を卒業したら渡して欲しいって頼まれている。そこであの子にすべての真実を伝えることもね」
「……一つ」
その時、ティアが口を開いた。
「確認したいことがある」
「……? なにさ?」
シータが首を傾げた。
「ライドの娘……もしかして名前は『リタ』と言うの?」
「………え?」
シータは目を見開いた。
レイもティアに顔を向けて「え?」と目を瞬かせていた。
「そしてその子の母親は……『アリス』?」
「え? いや確かにそうだけど、あんた、なんで知ってんだい?」
シータが少し驚いた顔を見せる。
「ええっ!? ちょっと待って!? ティア!」
レイが愕然とした顔でティアを凝視した。
「それって三日前に王都の学校で会ったリタちゃんのこと!? それに『アリス』ってあの綺麗な学長さんのこと!?」
「……うん」
ティアは頷く。
「シータさんの話から、多分その二人だと思った」
「いやいや。待っておくれよ。ティアさん」
シータは困惑した表情を見せる。
「私は一度も二人の名前を出していなかったよね? それに容姿とかも特に言ってなかったと思うんだけど……」
「……幾つか重なる符号はあった。『王都の学校』とか『学長』とか。何よりリタさんの方は明確な特徴があったから」
ティアは少し双眸を細めて答える。
「精霊数が二十万。いま思えばライドの関係者と気付いてもよかった」
「……え? どういうこと?」
ティアを見つめて席を立ったまま、小首を傾げるレイ。
ティアは少し沈黙するが、
「……実は隠していたことがある」
と、切り出して、
「ライド本人には自覚はないけど、ライドには不思議な力があるの」
その台詞に、レイもシータも目を瞬かせる。
ティアは言葉を続ける。
「ライドは普通の人とは別次元のレベルで精霊に愛されている。そして、彼に大切に想われている人は彼から精霊の加護を得るの」
レイは「え?」と目を見開いた。
それから少し困惑した顔で「そうだったの?」と相棒に訊く。
ティアはレイを見つめて「うん」と答えた。
「例えばシータさんも私が見たところ、三百ぐらいある。常人の三倍の数」
「ふ~ん。そうなのかい……」
全く自覚がないため、シータがピンとこない顔をする。
精霊数は魔法を使う者でなければ意味のないステータスだ。
宿の女将の立場では全く無関係なので実感がなくても当然だった。
ティアはさらに言葉を続ける。
「ジニスト学長は二千ぐらいあった。昔はもっと多かったのかも知れないけど、今の話だと十五年前に激減したんだと思う。それでもかなり多いのは、ライドが今でも彼女を心からは憎みきれないせいだと思う」
一拍おいて、
「ダグたちは一万五千ぐらい。レイは一万八千」
「へえ~。ボクたちの精霊数が異様に多いのってそういうことだったんだ。それって要するにライドの好感度ってことなの?」
レイがそう尋ねると、
「そこまでシンプルな話ではないと思うけど……」
ティアがそう返すが、レイは自分の両肩を抑えて、
「えへへ。そっかあ。ボクってダグたちよりライドに愛されてるってことだね!」
クネクネと体を動かすが、すぐに小首を傾げた。
「え? ちょっと待って。じゃあティアの二十万ってなに?」
ティアは一瞬「う……」と呻いて視線を逸らした。
その様子にシータは「ははん……」とあごに手をやった。
「なるほどね。その精霊数ってのはライドの愛情の証みたいな奴なんだろ? なんだい、ライドの奴、やることはやってたんだね」
「え? どういうこと?」
レイがシータの方を見て小首を傾げた。
すると、シータはニタニタと笑って。
「察するにティアさん。あんたってライドと良い仲だったんだね」
「…………」
シータにそう指摘されるが、ティアは無言だった。
視線も逸らしたままだった。ただその首筋は朱に染まっていたが。
一方、レイはキョトンとしていた。
が、数秒後、
「――えええっ!?」
愕然と目を見開いた。
そしてティアの両肩を掴むと無理やり振り向かせて、
「どういうこと!? まさかティアってライドと付き合ってたの!?」
「……うぐ」
ティアは呻く。
「そう言えばティア、この前、処女じゃないって言ってたよね! 浮いた噂なんて全然聞いたこともなかったのに! それってあの頃に、初チューとか初エッチとか、全部ライドにあげちゃってたってこと!?」
「い、言い方っ!」
ティアは顔を真っ赤にして、両手でレイの頬を押し返した。
「レ、レイはデリカシーがない!」
「その反応はマジか!」
頬を押されながらレイが叫ぶ。
同時にレイは青ざめた。
「その、ティアの華奢な体で大丈夫だったの? いや子供体型とは言わないよ? 一緒にお風呂に入った時とか凄く綺麗だと思ったし。けど、ボク、子供の頃に一度だけお風呂でライドと遭遇しちゃったことがあったんだけど、その……」
レイは顔色を青から赤に変えた。
「あんなのドラゴンじゃん。ボク、いつか、あのドラゴンと戦わなきゃいけないんだって子供心にガクブルになってたもん……」
「それは子供心とは言わないと思う。気持ちはよく分かるけど、その、私はゆっくりと慣らして――何を言わせるの!」
珍しく感情を露にしてティアはレイの頬を引っ張った。
レイは「むぎゅうっ!」と呻いた。
すると、そんな二人のやり取りにシータが「アハハ!」と笑った。
二人はシータに視線を向けた。
「仲がいいねえ。嬉しいよ。ライドの奴は一人じゃなかったんだね」
シータは双眸を細めた。
「あいつは、たった一人で旅立っちまったよ。けど、もし、あんたらが傍にいたらきっと違ってたんだろうね……」
そう語るシータに二人は無言だった。
「あんたらはライドを冒険者に復帰させたくてここまで来たんだよね?」
シータがそう尋ねると、二人は頷いた。
「そんで、もしかして二人ともライドと男女の仲になりたいって思っているのかい?」
続けてそう訊くと、ティアもレイも頬を微かに朱に染めて視線を逸らした。
シータは「アハハ!」と再び笑った。
「やれやれ。こんな美女二人相手にライドの奴はモテるねえ。けど、あいつはもうここにはいないよ。二人ともこれからどうするさね?」
そう問いかけると、
「「ライドを追う」」
これにはレイもティアも声を揃えて即答した。
「ライドを放っておけないよ。仲間としても。けど、それ以前にボクはずっとライドのことが好きだったんだ。そう。子供の頃からずっと……」
レイは自身の豊かな胸元に片手を当てた。
「ボクは成長した。大人になった。ライドには今のボクを見て欲しい。弟分や妹分じゃなくてボクを女性として見て欲しいんだ」
「……私は」
ティアは言う。
「少し怒っている。私とライドが別れた理由はずっと曖昧なままだった。今日の話を聞いてやっとその理由を理解した」
ティアは、膝の上でグッと拳を固めた。
「言ってくれれば良かったのに。まずはライドを叱る。それから想いを告げる。あの日から十一年間、色褪せなかった私の想いを」
「……そうかい」
シータは優しく双眸を細めた。
ティアは「レイ」と相棒に声をかけた。
「明日には旅立つ。ライドの足跡を追う。いい?」
「うん。当然だよ」
腰に両手を置き、大きな胸を張ってレイが快諾する。
そんな二人にシータは笑みを零した。
「二人とも、ライドのためにありがとよ」
そして朗らかな声で、彼女は二人に告げた。
「ならせめて今日はゆっくり休んでおくれ。狭い宿だけど心から歓迎するからさ」
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