第15話 シータは語る
その日の夕暮れ前。
ティアとレイは、宿屋ニックスの生活部屋に招かれていた。
「いやはや」
仕事が一段落して、シータはテーブル席の一つに腰を下ろした。
テーブルを挟んだところにはティアとレイが座っている。
大剣と杖は宿の部屋の中だ。ティアは三角帽子も脱いでいる。
「まさか、こんな可愛いらしい子たちがライドの昔の仲間とはね」
「アハハ。ありがと。それで女将さん!」
レイが大きな胸を揺らして前のめりに尋ねる。
「ライドは今、どこにいるの?」
「直球だね。なら、まず結論から言うけど、ライドはこの街にいない」
「「………え?」」
レイもティアも目を瞬かせる。
「というか、この国にいるのかも分からない。今頃どこにいるんだろうね……」
「え? ちょ、ちょっと待って!」
レイがテーブルに手をついて立ち上がった。
「どういうこと!? なんでライドがいないの!?」
レイは動揺していた。
ティアも顔には現れていないが、内心では動じていた。
会えることを待ち望んでいただけに、そのショックは大きかった。
そんな二人にシータは「ふむ」と瞳を細める。
「一つ聞くけど、あんたらはどれぐらいライドの事情を知っているんだい?」
「じ、事情?」
レイが眉根を寄せた。シータはボリボリと頭をかき、
「例えばさ。ライドに『娘』がいるってことは知っているかい?」
「「………え?」」
レイとティアは再び声を揃えた。
数秒ほどの沈黙。
そして、
「――娘えェ!? ライドって子供がいるの!?」
と、レイが激しく動揺するが、すぐに自分の指を数え始める。
「そ、そっかあ。ライドって今年で三十だよね。子供がいてもおかしくないのか……」
その可能性を完全に失念していたのでレイは珍しく渋面を浮かべた。
「……ボク、ちょっと無意識に考えないようにしていたかも……」
そう呟くレイ。
一方、ティアは無表情のまま完全に固まっていた。
「け、けど、だとしたらさ……」
とても不安そうな顔でレイがシータに尋ねる。
「奥さんは……やっぱり奥さんもいるの?」
――ズキンッと。
自分自身で尋ねておきながら、レイの心は酷く疼いた。
それはティアも同様だった。
すると、
「いないよ。つうかあいつはこれまで一度も結婚していない」
「え? そ、そうなんだ……って、え? あれ? だってさっき子供がいるって……それってどういうこと?」
安堵しつつも、レイは小首を傾げた。
それに対し、シータは少し困ったような表情を見せて、
「どうやら話すべきはそっからみたいだね」
シータはそう切り出して、ライドの事情を話し始めた。
ライドの幼馴染のこと。
彼女から一通の手紙と共に渡された赤ん坊のこと。
その子を育てるために起業資金を稼ぐのに二年間だけ冒険者をしたこと。
無事、自分の店を開いて、その子と共に暮らしてきたこと。
それらは、レイもティアも初めて聞く話だった。
正直なところ、あまりにも想定外すぎる話だった。
流石にしばらく二人とも言葉もなかったが……。
「……なに、それ……」
沸々と。
徐々に表情を険しくしてレイがバンッとテーブルを両手で強く叩いた!
「何だよそれ! 何なんだよ! その腐れクズ女は!」
レイは激怒していた。
「ライド全然関係ないじゃん! どっかの鳥の托卵でもまだマシだよ! 絶対に自分の子じゃないのが分かってる赤ん坊を押し付けるって何なんだよ!」
バンバンッとテーブルを叩き続ける。
普段は天真爛漫な彼女がここまで怒るのは非常に珍しかった。
一方、ティアもまた静かに怒っていた。
ライドの幼馴染とやらに対しては当然だ。
同じ女性としても到底許せるような話ではない。
けれど、それと同時にライドにも強く怒っていた。
今の話からすべてを理解してしまったのだ。
この事情こそが、自分とライドが別れることになった理由なのであると。
(……ライド……)
ティアは膝の上で静かに拳を固めた。
ライドは、自分と一緒にその子を育てて欲しいとティアに言い出せなかったのだ。
当時まだティアは十代の少女だった。
そんな彼女に『母』になって欲しいとはとても言えなかったのである。
(……ライドの馬鹿……馬鹿……)
キュッと唇を噛む。
話してくれればよかったのだ。
確かに、あの頃はお互いにまだ少年であり、少女だった。
あまり実らないとも言われる初恋でもあった。
けれど、それでも真剣で真摯で本気だった。
心から彼を愛していた。
彼に愛されていた。
だから、もしライドが一度でもそのことを話してくれていたら、きっと――。
「…………」
ティアは小さく息をはく。
過ぎ去った日々に仮定は何の意味もない。
重要なのは今だった。
「……シータさん」
ティアは未だ憤慨し続けるレイをよそにシータに問う。
「ライドの事情は分かった。けど、結局、ライドの店は潰れたの? ライドとその子供はどうなったの?」
「あ、うん! そこ重要!」
レイも両手をテーブルにつけたまま、シータを見つめる。
シータは少し天を仰ぎ、「……はあ」と息を吐いた。
「店は潰れたんじゃないよ。ライドの意志で畳んだんだ」
一拍おいて、
「あいつは店を畳んで再び冒険者に戻ったんだよ」
「「―――え」」
その事実には、ティアもレイも驚いた。
冒険者復帰を誘いに来たのだが、まさかすでに復帰しているは思いもしなかった。
「あいつはまず王都に行くって言ってた。王都なら他国への汽車も出てるからね。その後は分かんないよ。そんでライドの娘の方なんだけどね……」
そうしてシータは語った。
三年ほど前の話だ。
ライドの娘が冒険者になりたがっていたこと。
危険な職業だけにライドは強く反対していたこと。
そのタイミングでライドの幼馴染が戻って来たこと。
幼馴染が王都で相当な地位に就いていること。
結果、娘の親権が幼馴染に移ったこと。
「な、何それ……」
レイは唖然としていた。
ティアも顔には出ずとも言葉を失っていた。
「正直あの馬鹿娘がノコノコ顔を見せるようなら、ぶん殴ってやるところだよ」
――ギシリ、と。
人生の重みを宿した拳を見せてシータが吐き捨てる。
彼女はライドの年の離れた姉のようなものだった。当然、ライドの幼馴染であるアリスのこともよく知っている。それだけに苛立ちも大きい。
シータは「……ふう」と息と共に怒気を吐き出しつつ説明を続けた。
「そんで結論を言うと、ライドの娘は、あの馬鹿娘の保護の元で今は王都にある魔法学校に通っているって話だよ」
「………はあ?」
レイが極めて不快そうに眉をしかめた。
「何それ? ライドが自分の人生を引き換えにしてまで育ててくれたのに、その子は自分を捨てた母親に乗り換えたの? なんで? クズ母の方がライドより経済力があったから? 自分の夢のためにライドを捨てたの? その子もクズなの?」
レイの口調は淡々としている。
そろそろ殺意まで籠ってきそうな雰囲気だった。
まあ、それはティアも同じことだったが。
「それは違うさね」
しかし、それに対してシータはかぶりを振った。
「断じてあの子はクズなんかじゃないよ。昔からライドが……お父さんが大好きでね。本当にいい子だよ。母親が現れたところでライドと天秤にさえかけないだろうね。自分の夢にとって母親についた方がいいとか、あの子にとって考える価値もないと思うよ」
「……じゃあなんでさ?」
レイの声はまだ淡々としている。
「どうしてその子はクズ母についているの?」
「……あの子はまだ知らないんだよ」
シータは言う。
「自分の親権が変わっていることに。ライドがそう願ったからさ。そんで」
小さく嘆息する。
「
「………え?」
シータの言葉にレイが目を丸くして、
「……それはどういうこと?」
ティアが静かな口調で問う。
シータは深く視線を伏せた。
そして、
「……ああ。そう。すべてはあの日さ」
シータは語り始める。
「ライドの店にとある男が現れてから、すべてが崩れちまったんだ」
三年前にライドに起こった事実のすべてを。
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読者のみなさま!
いつも読んで頂き、ありがとうございます!
毎週火曜日投稿の予定でしたが、新作として投稿している話数が少ないと感じましたので、今日から四日間は毎日投稿しようと思います!
何卒よろしくお願いいたします!
そして少しでも面白いな、続きを読んでみたいなと思って下さった方々!
感想やブクマ、『♥』や『★』で応援していただけると、とても嬉しいです!
読んでくださった証でPVが増えていくことは嬉しいですが、やはり『♥』や『★』は特に大きな活力になります! もちろん、レビューも大歓迎です!
作者は大喜びします! 大いに執筆の励みになります!
感想はほとんど返信が出来ていなくて申し訳ありませんが、ちゃんと読ませて頂き、創作の参考と励みになっております!
今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからもよろしくお願いいたします!m(__)m
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